第2話 ヒーローではない日
街の片隅に建つ小さな酒屋。店の外から見える店内には日本酒にウイスキー、ワインが並べられている。
時刻は夜の七時。空も暗くなった店の中で一人の男性が暇そうに店番をしていた。
善継だ。彼はレジの隣でふてくされたように頬杖をついている。
「客が来ねぇ」
深いため息。
契約解除になってから一月、彼は実家の酒屋で働いていた。退職金を元手に潰れかけていた家業を再開……したのは良いが、店は閑古鳥が鳴く有り様。よく今まで潰れず善継を成人するまで保たせたものだ。
ふとレジの後ろに置かれたテレビに目が移る。バラエティ番組で一人の少女が高級料理店の料理を楽しんでいた。彼女の周りには男性アイドルが苦笑いを浮かべながら少女をおだてている。
恐らく彼女は勇者だ。今や勇者は法に縛られない天下人。力こそ、暴力こそ全ての世界で我が物顔で傍若無人に振る舞う。
誰も咎める者はいない。彼らのおかげで魔物の被害を抑えられているのは事実だ。善継達ヒーローよりも早く、より強い魔物を倒す事ができる。勇者がいなければヒーロー達はじわじわと圧され被害が拡大していただろう。彼らに頼り、媚び諂わなければならないのだ。
勿論全ての勇者が我欲にまみれた者とは言わない。故郷である地球を守る為に駆けつけた勇者も確かにいる。
「ったく、勇者様もしっかりしてくれないとな」
「そうだな。あいつら周囲の被害も考えず大技使うからね」
店の扉が開く。入店したのは身長が百四十ちょいの小柄な少女だ。まともに整えていない伸ばしっぱなしの髪、分厚い眼鏡、ヨレヨレのシャツ。洒落っ気なんて言葉とは無縁に見える。
「……ここは酒屋だ。未成年はお断りだぞ」
「残念、あたしは二十歳なんでな。文句は無かろう」
そう言いながら彼女はカウンターによりかかる。
「こんなとこで個人事業か善継。儲けは無いようだがな」
「はっ。それでも大切な場所なんだよ、ここは。で、何の用だ真理。あといい加減敬語使えよ、俺年上だぞ」
ズボラな格好の少女、黒井真理は眼鏡を外す。
彼女は以前所属していた企業、スターカウントの社員だ。ヒーローの装備品の開発部署に所属しており、善継も世話になっていた。
「おやおや。かつての相棒が顔を見せに来たんだぞ。感極まって涙の一つくらい零さないのかい? 軽口も親しさの証だろ」
「何が相棒だ。このメスガキマッドサイエンティストめ」
「ハハハ。そんな事言っていいのか? せっかくヒーローの仕事を持ってきてやったのに」
善継の目付きが変わる。今までの穏やかなものと違い、細く鋭い眼光を放っていた。
「今フリーランスなんだろ? そりゃそうだ、ヒーローや勇者は人類の兵器でありアイドル。見栄えの劣るあんたが雇われないのは仕方ないね」
「これでも固定ファンはいるんだがな」
「そうかい、メタルスパイダー。で、本当の所は?」
善継は再びため息をつく。
メタルスパイダー。それは善継のヒーローとしての名前だ。
「…………そうだな。真理の言う通りこちとらスポンサーすら見つからない状態だ。酒屋だけでギリギリの生活中ってね」
そう呟きながら善継は何かを取り出した。手の内に収まるくらいのメダル。銀色の円に銅色の縁、中心には金色の蜘蛛のレリーフが飾られている。
精霊メダル。勇者と同じ力の根源、ヒーローへの変身アイテムと言っても過言じゃない。
真理はメダルを取り表面を撫でる。まるで子犬の頭を撫でるように。
「実はな善継。あたしスターカウントを辞めた」
「そうか」
「おや? 驚かないんだな」
意外そうに眼鏡の奥の目が見開く。
「ああ。他の契約解除した連中と話したんだが……。どうも切られなかった連中がキナ臭い。女性ヒーロー、それも美人のみと男は新人や業績のパッとしない奴らばかりだろ」
「理解してるなら早いよ。そうさ、あそこに残ってるのは勇者のハーレム要員と踏み台だけ。弱いヒーローが失敗したとこに駆け付ける勇者、三文芝居だな。まあ、男の勇者を抱えるとだいたいそうなるがな」
「つまり……」
「ああ、嫌気がさしてね。それにあいつ、媚薬料理を振る舞うからな。身の危険もあったんで辞めさせてもらった」
真理は笑っていたが目は笑っていなかった。
「賢明だな。で、それで俺に声をかけた理由は? ヒーロー事業に関わってるのか?」
「色々なツテを使ってね。スポンサーも確保したし…………身内にいる勇者を看板にしたヒーロー戦隊を作った」
驚いて言葉を失う。何という行動力だろう。辞表を突き付けすぐに次の仕事を見つけたかと思えば、自ら起業したと言うのだ。実家の家業を頼った自分とは大違い。
「てか身内って何だよ。お前知り合いに異世界に拉致……召還された人がいるのか?」
「まあね」
声のトーンが落ちる。暗く思い詰めたかのように。
勇者は表では救世主ともてはやされているも、その大半は俗物の化身だ。だからこそ善継は職を失った。
「…………妹なんだ。半年前に異世界に召還され、二ヶ月前戻ってきた。向こうで魔物退治をほっぽってな」
「ほっぽって?」
「ああ。妹は……異世界を守るよりも地球を優先してくれた。こっちに帰るのも一苦労だったようだよ」
「そうか……」
勇者の中にもまともな連中はいる。それがこんな近くに。そう考えるだけで嬉しくなってくる。
「ほんで妹をメインにしたヒーローチームを作ってね。善継にはそこの補助役と言うか……」
言葉を選びながら目を閉じる。
「司令官になってもらいたい」
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