第2話 会話が面倒くさいインテリ風の男

「ふわぁ〜あ〜」


 健人は大きな口であくびをしながら、真っ白な空間を徘徊する。


「今度は落ち着いたやつと話してぇな……」


 健人はきょろきょろと首を動かしながら、辺りを物色する。


 真っ白な空間には実に様々な人間がいた。眼鏡をかけてシャツをズボンにしっかりとインした、オタクっぽい男子。とてつもなく美人だが、うつむいてほとんど話し相手と目を合わそうとしない極端にシャイな女子。清潔に刈り上げた髪をワックスできちんと整えたサラリーマン風の男性。衣服がボロボロで髪や髭も伸ばしっぱなしの、浮浪者風の男性。


 その他、見た目には取り立てて何の特徴もない人間も沢山いたが、皆が何かしら普通とは違う雰囲気を宿していた。実際、この空間にいるということはそういうことなのだ。


「ここに落ち着いたやつなんていねぇか」


 舌打ちをひとつ。

 それでも健人は、次の話し相手を探す目を休めない。

 ここでは、誰かと話していないと、ひたすら暇で、ひたすら気まずいのだ。


「きみ」


 かけられた声に、健人は気づかない。


「おい、きみ」


 健人はやっと振り向く。


「つんぼかい? きみは」


 黒縁の眼鏡をかけた、インテリっぽい男子だ。


「すまん。考え事してた」


 インテリは不思議そうに健人を見る。


「きみは一見頭が悪そうだが、そうか、考え事ができるのか……」


 健人は虚を突かれたように目を見開いたのち、むっとした表情を見せた。


「お前、俺を何だと思ってるんだ。犬だって日頃からものを考えてるぞ」

「これは失敬。きみは犬だったか」

「そういうことじゃねぇ! 俺は人間だ! 見りゃわかるだろ」


 健人は声を張り上げたのち、ため息を吐き出し、首を振った。


「やれやれ、またとびっきりの変人じゃねぇか……」

「失礼だぞ、きみ。人を変人呼ばわりとは」

「お前は俺を犬呼ばわりしたじゃねぇか!」

「うむ」


 インテリは眼鏡の奥から、何かを検分するみたいに、じっと健人を見つめた。


「な、なんだよ……」


 インテリは答えず、なおも健人を見つめたままだ。奇妙で重苦しい沈黙が健人を襲った。


「チッ」


 健人は、気まずさからか舌打ちをし、インテリから乱暴に目を逸らせ、近くの椅子をぞんざいに引き寄せる。椅子の脚と床がガラガラと騒々しい音を鳴らす。


「ま、とりあえず座ろうぜ」

「そうだな、きみ」


 健人はおもいきりジト目でインテリを睨んだ。


「なんだね」

「あのなあ。その、きみっていうのやめてくれねぇか。俺には健人って名前がちゃんとあんだよ」


 インテリは健人をじっと見つめ、半端な沈黙を置いたのち、おもむろに口を開いた。


「それはすまなかった。犬の健人くんだね。私は武蔵むさしだ」

「あのなあ。俺は……、いや、何でもね」


 そこで会話が途切れた。二人はしばらく何も話さなかった。ただぼんやりと、周囲に視線を漂わせた。


 真っ白な果ての見えない空間で、無数の人々が会話をしている。盛り上がっているところもあれば、会話がはずまず気まずそうにしているところもあった。健人と武蔵は、無論、後者だ。


「武蔵か……、今どき珍しい名前だな」

「テキトーさ。健人くんと話すときの仮の名前だよ。何となく今は武蔵の気分だったから、武蔵にしてみたのさ。どうだい? いっそ君も小次郎あたりにしてみないか?」

「何だよそれ。俺、負けた方かよ。ていうか、お前の会話、付いていくのがめんどくせぇ」


 武蔵は眼鏡のブリッジに中指を添え、押し上げた。


「ふむ。よく言われるよ。私は頭のできが良すぎるあまり、皆と会話の仕方が少々異なるようでね」

「お前、マジでめでたい頭してんな」

「それはどうも」

「褒めてねぇよ……」


 再び会話が途切れた。気まずい沈黙が流れ、健人は何度もまばたきをし、貧乏揺すりを始める。一方、武蔵は全くもって落ち着いており、健人に向けた視線もほとんど動かしていない。


「ところで健人くん、この空間のことをどう思う」

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