僕は曲がり角で女の子とぶつかる高校生。



「突然だが、俺はパンチラの素晴らしさについて論文を発表しようと思う。世界の研究者たちから一目置かれてぇ」


「世界中に汚名を轟かせるつもりか」



 隣を一緒に歩きたくない男上半期No.1の称号を勝ち取った玉櫛 宗(私的調べ)。彼は坂を登りきっても、未だにさっきのパンチラ光景が忘れられないようだった。



「でも、パンチラから始まる恋も良くね? こーんな、桜舞う坂道の下で帽子を拾ったら、たまたま冴えないクラスメイトのいちごパンツを目撃して、なんか鉄棒しながら告白しちゃうストーリー」


「色々混じってるぞソレ」


「じゃあ、お前はどういうシチュエーションのパンチラが好きなんだよ? ほら、アイデアを出せ。アウトプットだ! アウトプット!」



 ……パンチラ、パンチラうるさい。ゲシュタルト崩壊しそうだからやめてくれ。



 そんな雑談をしながら、ハゲダニまでの道を行く。



 交通安全標識を眺めつつ、T字路を曲がろうとして。




「うわっ!」「きゃっ!?」




 ───唐突に僕は地面に反転した。




 気がつくと空を見上げていたのである。


 青い空、そして白い雲。遠くに映る銀河惑星の数々。そうか、こんなにも世界は輝いていたのか。



「おい……。派手に転んだけど大丈夫か?」



 宗の声が聞こえるので意識はある。


 けど、もうダメかもしれない。多分これから異世界転生の始まりだ。四tトラックに轢かれたんだ。きっとそうに違いない。


 頭がクラクラしたので、目を瞑った。



「痛ったい! もうっ!」



 と、ここで見知らぬ人の声がした。目を開けると涙目をした女の子が僕の前で転んでいた。ミニスカ越しに黒い下着が見える。あ、このシチュエーションのパンチラは好き。



「悪ぃな、ウチのバカが」



 宗が手を伸ばして、彼女を起き上がらせる。うむ、コイツは僕を心配してたんじゃなかったんだな。



「あぁ〜!ほんと腹立つ! おでこ腫れてるじゃないのよ! バッカじゃないの!?」



 眉間にシワを寄せる彼女。激おこプンプン丸な姿にも関わらず、外見がとても美しい女性であった。


 稚拙な喩えではあるが、男なら誰でも振り返るような美形の持ち主だ。


 そんな少女が僕に怒っている。いや、少女にしては大人びている。


 その黒い制服から伸びた長く細い脚も、短いポニーテールも、効果音で例えるならボンキュッボンとしたその身体つきも、まさに圧巻の一言に尽きる。モデルさんなのだろうか。セクスィーな下着も履いていたな。



「えっと、ごめん。会話に夢中で周りをきちんと見ていなかった」



 おでこの痛みから察するに、僕と彼女はぶつかってしまったらしい。おでことおでこをごっつんこ。いや、そんな可愛いものではない。紛うことなき、接触事故である。



「そうよ。アンタの過失よ! 今すぐ慰謝料を払いなさいよっ!」



「い、慰謝料!?」



 指を突き付けられてそう要求される。



 ……突然の言葉に戸惑うも、まさかこれは大変な事態なのかもしれない。脳に何かしらの影響が出てると言ってもいいだろう。



 僕自身は石頭なので既に痛みは消えてはいたが、彼女はそうではないようだ。慰謝料請求も、そういったモデル活動の今後に関わるからなのかもしれない。



 よし、なら腹をくくろう。裁判なんて起こされたらたまったものではない。示談にして穏便に済ませるには、やはり金で解決が手か。



「……わかった、払うよ。後で話し合おう。許してくれなんて甘えた事は言わない。どんな罰だって受ける所存だ。僕はこの贖罪を一生背負い続ける」



「大袈裟過ぎじゃね?」



 堂々と立ち上がって宣言すると宗がぶっきらぼうに苦笑した。



「大袈裟? いいや、宗。この状況を甘くみちゃダメだ。ほら、見てくれ。彼女はすごく美人だ。恐らくモデルさんなんだ。という事は、こんなに可愛い女の子を傷つけてしまった僕の罪は非常に大きいと言える」



「お前それ本気で言ってるなら、今すぐ頭を病院で診て貰った方がいい」



 なぜ僕が通院しなければいけないのかは疑問だが、今はそんな事よりも先にしなければならない事がある。



「事務所と親御さんにすぐに連絡して、まずは病院に行こう。一緒についていくから。慰謝料は診察代を入れて必ず払うから!」


「は? 事務所ってなによ」



 キョトンとした彼女の手を強引に握る。この辺りだと駅前に病院があるハズだ。



「ちょっ……離して! どこに連れていく気!?」


「病院だよ。痛むんだろう。すぐに行かなくちゃ手遅れになるかもしれない!」


「イッチーあのさぁ……見ず知らずなんだから」



 ん? 言われてみれば確かにそうか。



「あぁ、ごめん。僕は新垣 善一だ。よろしく。手は離すよ」


「どのタイミングでの自己紹介!? 見ず知らずってそういう意味じゃねぇ!」



 その後、なんだかんだで宗が話を要約してくれた。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「つまりはなんだ。海島菜月うみしまなつきさんが遅刻するかと思って焦って走っていたと。で、曲がり角でアホヅラのイッチーと接触。大怪我とかはないけれど、つい頭に血がのぼってしまって、慰謝料を払えと言ってしまったワケだな」


 宗が海島さんに話を聞くとつまりはそういう事らしかった。なるほど、走っていたのか。それならば、仕方ないよな。



「そ、そうよ。焦って言い過ぎたわ。あたしも……ごめん」


「だって。イッチーの見解は?」


「慰謝料を払うお金がないので消費者金融に相談しようかと思ったけれど、学生だから厳しい。他の方法を模索中だ」



「やべぇ!! バカしかいねぇ!!!」



 頭を抱える宗。一体何をそんなに悩む必要があるのか。僕が謝罪をすれば丸く収まる話である。



「でも彼女はモデルなんだろ? ほら、スタイル良いし見た目もめちゃくちゃ可愛い。思わず手を握った時はドキッとしたくらいだ」


「……な、なによ、アンタ。大体、モデルじゃないし」



 素直な気持ちを言うと海島さんは少しだけ照れている様子を見せた。てか、今更だけど、誰がアホヅラだ。



「はい、撤収しまーす。行くぞ、イッチー。じゃあな、海島さん」


「え、慰謝料は? せめてコンビニで菓子折りだけでも!」


「要らないわよっ!!」



 首根っこを掴まれてズルズルと引きずられる。


 海島さんもそれを理解したのか反対方向に走って行く。



 追いかけないとダメだ……!


 謝罪の気持ちをまだ全部伝えきれてない。このままほったらかしで先に進めるか!



「宗、待ってくれ! もう一つだけ。最後に一つだけあるんだ!」


「知らん。お前といたら入学式に間に合わなくなる」



 海島さんと別れてしまう前に確認しておかなければならない事情が一つあった。



「頼む! 聞いてくれ!」


「あぁ!? なんだよ」



 手を離した親友に、僕は見たままの真実を述べる。




「今の子、ハゲダニの制服着ていたんだ」




 おそらく、海島さんは方向音痴だ。

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