スリリングSAL

エリー.ファー

スリリングSAL

 ジャズを聴いて眠る。

 それが習慣になっている。

 いずれ、時間がかかってしまうだろう。

 これが呪いになっている自覚がある。

 さようならを、音に乗せる。

 実際は、自分の知っていることなんて限られている。

 憐れむ唄を知っているかと尋ねられても。

 教養のなさが露呈するだけ。

 寂しいんだ。こんな夜だから。

 眠りたいんだ。



 ジャズを聴いて眠る。

 それが習慣だったのは過去のことだ。

 私は、もうジャズを聴かない。

 心が壊れてしまったから、ジャズが私を癒してくれることはない。

 叩き出した音でワン、ツー。

 一歩、二歩、三歩、四歩。

 私を失うことだけは避けている。

 そこにジャズはいらない。



「ジャズを聴かなくなったそうじゃないか」

「えぇ、そうなの」

「ジャズが好きなら、聴けばいいのに」

「元からジャズが好きじゃなかったの」

「怪しいな」

「本音で喋ってるだけだから」

「本音なんて、自分でも分からないものだよ」

「ジャズはお好きなんですか」

「まぁ、好きかな」

「そう、ですか」

「そ、ジャズは良いよ」

「カッコいいですか」

「うん、カッコいい」



「ジャズなんて呪いに近い何かだよ。そこから何かが始まるわけでもないし、心が躍るのは事実だとしても、次がない。錆びついている感情が少しずつ、多くの白を生み出していくんだ。飽き果てるまで音と遊ぶ、生き方のお手本ではある。参考にできるところが多くあるのは事実だよ。最後は自殺が良いかもしれないけど、それはあくまで一つの道さ。必ず通らなければいけないわけじゃない。誰だって、ジャズを聴いて、ジャズに従おうと思うわけじゃない。成功体験の積み重ねの先にあるものだけが道しるべさ」



 ジャズを聴いて眠る。

 私は、もう一度習慣にしようと考える。

 ジャズに還ってきた。

 心が怪しく踊っているのが分かる。

 一つ一つ、丁寧に確かめる。

 何かを探るような目つきに、紅葉した楓が風に揺れる。

 傘の隙間から見えた地面は世界を反射する水だった。

 一滴だけ、自分の体と同期させて、心臓の音で踊りたい。

 凍えさせて欲しい。

 温めて欲しい。

 欲しがります。勝っても負けても。

 ジャズが好きです。

 愛しています。

 これなしでは生きていけません。



「ジャズを裏切ったことがあります。ジャズは、きっと、二度と私を抱きしめてはくれないでしょう。でも、それでもいいんです。ジャズの中にいたいんです。妄想を膨らませて、そのまま死に至りたいんです」



「二人、いずれ。二人。何もかも。忘れ、二人」

「誰と誰」

「ジャズと私」

「ジャズが好きじゃないんだろ」

「そう、思ってた。勘違いだった」

「大変だな」

「何が」

「幸せになれない人間の思考をしてる」

「今、幸せなんだけど」

「それ、幸せじゃないよ。誤魔化してるだけだよ」

「幸せって、誤魔化すことじゃないの」

「誤魔化せないような人生を送ってるやつほど、そうやって言い訳をするんだよ」


 ジャズを聴いて眠る。

 もう二度と起き上がらないように気を付ける。

 皆が、私を求めていた時期は過ぎてしまった。

 逃してしまったチャンスは戻ってこない。

 だから、私はジャズだけを信じている。

 これ以外の幸せの形を忘れてしまった。

 寂しいことはない。 

 でも。

 虚無感だけはある。

 

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