宝くじが当たったので仕事辞めました。

白夏緑自

煎餅布団からの脱却

 朝日がカーテンの隙間から差し込み、その眩しさで目が覚める。

 いつも通りの朝。起き上がり、月日ごとに増していく腰への違和感に、上京してから使い続けている煎餅布団との別れを考え始める。


「といってもお金は節約しないと……」

 まったく、世知辛い。健康を求めようとすれば金がかかるのだ。私はただまともな身体で生きていたいだけなのに。

 今月の出費を色々考えて、頭を横に振る。

 まあ、いいか。まだ、寝られるし。まだ、腰は元気だ。

 ほら、こんなに伸びをしても、横に動いても──

「うんっ……?」


 おっと、今、ピキッて言いました? これは悲鳴? それとも警告?

「いや、でもな。布団、高いしな……」

 うちにはそんな余裕ありません。実際いるのかこんなこと言う親。

 いたわ。私の母さん、こんな感じだったわ。いや、すみません。すぐに新しいゲームを欲しがってばかりで……。家族でのお出かけで一番好きだったのは中古も置いているゲオでした。


 はぁ、世知辛いな、まったく。

 ひとまず、と言った体で洗面所へ向かう。

 二畳ほどのユニットバス。色気もなにもない。トイレと同じ場所は気が引けて、歯ブラシは台所に置いてある。これもどうかと思うが、昔、リビングスペースのペン立ての中にボールペンたちと一緒に突っ込んでいたら、当時の彼氏にマジ引かれて、それで止めた。何してんのかな、アイツ。一カ月前、Twitterマンガでこのことネタにしてちょいバズしていたけど、私は連絡しなかったぞ。どうだ、まいったか。知らんぷりだ。


 歯を磨く。暑くなってきたので冷水で顔を洗う。

 一気に目が覚める。

 そして気が付く。

「今日、私誕生日じゃん」


■■■

 誕生日。それは少し贅沢をしてもいい日。

 そんなわけで私は大型の家具屋にやってきた。

デカい。この三階建て、立体駐車場付きの建物に入っているのは家具屋一店舗だけなのに、この広さ。何をそんなに家に置くものがあるかね。ないだろ。私は今日、布団を見に来たのだ。


■■■

 うっひょー、ハンモックだー。気持ちよさそー。ゆらゆら揺れてぇなあー。

 撫でるようなそよ風。包み込む陽光。そしてハンモック。いいなあ、寝転びながらBOOKOFFで見つけた古本でも読んで、一日過ごす。たまにはいいかもな。静かな緑の中で過ごすのも。

いや、これキャンプ用品じゃん。家具じゃねえだろ。

私は普段使いできる伴侶を見つけに来たんだよ。たまにしか会う気が起きねえ。会うにも遠出して色々準備しなきゃいけない面倒くさい愛人は要らないんだわ。

 てか、こんなの買う人いるのか? キャンプ用品店ならまだしも、ここは家具屋だぞ。家具探しに来てハンモック買う人間いるか?


「ねぇ、見てみて、ハンモック」

「ああ、ほんとだ。買ってみようか」

「置く場所あるの?」

「はは、うちのバルコニーなら余裕さ」


 ……いたわー。

 若い女とちょいと金持ってそうな40代のオッサンカップル。女の方はこれからクラブでも行くのかってボディラインはっきりスタイル。男の方は自信が染み出た半袖の開襟シャツに水着か? ってぐらいの半ズボン。寒くねえの? 無課金装備か?

 はは、って笑うやつも久々に見たわ。久々な理由は社会と断絶しているからだけど。つまり、たまによくいる。うん、別にそこまで変じゃないよ。

 バルコニーって、ベランダだよな? そんなとこに、余裕で設置できるのマジですごくね。

 洗濯物とかどこで干してんだろ。

「やめたやめた。布団見に行こ。布団」


■■■

 今日見に来たのは布団だ。寝具じゃない。いや、もっと正確に言えば折りたためて、寝るとき以外邪魔にならない寝具だ。

 なんて言ったって、我が家は狭い。八畳ロフト付きの1K。ベッドなんて置いたら動線全部潰れてしまう。ちなみにロフトは物置です。


「でけえな」


 今、こんなのもあるんだ。

 見つけたのは子供用のベッド。

 もはや小っちゃい家じゃん。二階建て? あ、二段ベッドか。二段目には壁と屋根があるし。絶対喧嘩だ。こんなの、どっちが上で寝るかで絶対喧嘩だ。

 うわ、いいなあ、これ超欲しい。置く場所……。これぐらいの大きさなら……。それに、二段ベッドだ。一段をロフトみたいに物置的活用するのもアリか……? ま、寝るのは二段目だから、空くのは一段目になるだろうけど。だとすれば、一段目はソファかな。夢が広がる……21万……⁉ 一気に現実が押し寄せてきた。生活費何か月分だ。


 もっと現実的かつ庶民的なやつ。持って帰るのも大変だし。

 と言うわけで、結局、高望みを辞めたというか、身の丈に合う買い物をした。

 布団の下に敷くタイプのマットレス。8,600円。あと、ついでに枕も。6,500円。


■■■

「重い~」

 15,100円の重みを引っ提げて、電車を二回乗り継ぎ、最寄りから15分歩いて我が家まで持って帰る。

 エレベーターが付いていないことに恨みを述べながら、四階まで持ち上げる。

 玄関を開けて、キッチンとユニットバスの間を通り抜ければすぐに居住スペース。

 そこに買ってきたものを半ば放り投げる。


「デカいな……」

 お店で見ていた時はそんなだったけど、いざ自分の家に持ち帰ると想像以上に占有する。

「ま、こんなもんか」


 印象は印象。万年煎餅布団の下にマットレスを敷けばサイズはほぼピッタリ。少し、マットレスの方が飛び出しているけれど、どうせ、私の身長じゃ爪先は煎餅布団の上だ。


「ふぅ、ご飯どうしようかな」

 割と高額な買い物をしてしまった。

 お金には困っていないが、現在無収入の身。出費は出来るだけ抑えたい。


「パスタだなぁ」

 鍋に水をため、湯を沸かし始める。

 今日もいつも通りの食事。

 今日もいつもと少し違う贅沢。

 今日からいつもになっていく布団環境。


「寝るのが楽しみだ」

 湯気が立ち始めたばかりだと言うのに、もう寝ることを考えている。

■■■

 今日の出費。

 マットレス代:8,600円

 枕代:6,500円

 電車賃:往復860円

 合計:15,960円

 残高:5,738,567円

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