16歳になった魔王様、勇者を倒しに行きなさいとママに言われて旅に出る

猫山知紀

16歳になった魔王様、勇者を倒しに行きなさいとママに言われて旅に出る

「マオちゃん、起きなさい!」

「う? う~ん」

「マオちゃん!」


 私を眠りから覚ましたのは、ママの声だった。


「ん~ なに~?」

「『何?』じゃないわよ。今日は大切な日でしょ?」

「大切な日?」


 少し考えてみるが特に思い当たることがなく、私は首を傾げる。


「今日はマオちゃんの16歳の誕生日でしょ」

「あー」


 そうか、今日は私の誕生日。生まれ変わって16度目の誕生日だった。

 もう誕生日なんて繰り返しすぎてすっかり忘れていた。

 それにしても、誕生日なんていつも流れ作業のようにケーキを食べるだけなのに、なんで私は叩き起こされたの?


「それで、なんで私は起こされたの?」


 もっと寝ていたかったのに……。私は思った疑問をそのまま口にする。


「何言ってるの、今日はマオちゃんが勇者討伐のために旅立つ日よ」

「え?」


 何だそれは初耳だ。


「ちょっとママ、何で私が勇者を倒しにいかないといけないの?」

「それは、マオちゃんが魔王だからよ」

「いや、私が魔王なのは私自身が一番良く知ってるけど」


 私が魔王であることは私が勇者を倒しに行く理由にはならないでしょ。


「魔王ってお城でふんぞり返って勇者を待ってるもんじゃないの?」

「マオちゃんいつの時代の話をしてるの、今の時代の主流は『おーぷんわーるど』なんだから、お城でふんぞり返ってるだけなんてダメよ。そんな事してたら、始まりの台地から勇者に光の矢で狙撃されて殺されるわよ」


 え、なにそれ、こわ……。


「え、今の勇者って狙撃するの?」

「するわよ『おーぷんわーるど』だもの。狙撃だけじゃなく磁石でぶっ飛んだり、盾でぶっ飛んだり、爆弾でぶっ飛んだりするわよ」

「えー、そんなのと戦いたくないなぁ」


 最近の勇者こわい。


「でしょ? だから向こうから来るのを待つんじゃなくてこっちから、カチコミに行くのよ」


 カチコミて……。こっちが悪者みたいじゃん。悪者だけど……。


「ほら、マオちゃん。早く行かないと勇者の方が来ちゃうわよ」

「え? もう?」

「そりゃそうよ、RTA全盛の今、発売日から1ヶ月も経たずに2時間切りは当たり前なんだから。さっさと行かないと葦名の弦ちゃんみたいに、壁際に誘い込まれて、何もできずに殺されるわよ」


 葦名の弦ちゃんって誰!?


「急がないとマオちゃんだってあっという間にやられちゃうわよ、RTA走者にとって命なんて時間よりも軽いんだから」


 RTAが何のことかわからないけど、RTA走者なんて鬼畜な連中なんだ……。


「でも、出かけるにしても、私まだパジャマなんだけど……」


 なんか武器とかくれないの?


「そこに50Gと『こんぼう』があるでしょ? あと『ぬののふく』がタンスに入ってるから着ていきなさい」

「こんなんじゃ勇者に殺されちゃうよ! もっと、いい装備ないの?」

「もう、わがままねぇ。誰に似たのかしら」


 あんただよ……。


「じゃあ、お城から外に出るまでの宝箱にいろいろ入っているから、取っていきなさいな」

「何でそんなものが……」

「知らないわよぉ。 なんか『れべるばらんす』のため?って役場の人が勝手に置いていったんだから」

「えぇ……、それ持っていっていいの?」

「いいんじゃない? うちにあるものはうちのものでしょ」


 まぁ、そうか。


「あ、あと誰か付いてきてくれないの? 流石に一人だと心細いんだけど」

「マオちゃん友達いないものねぇ」

「そ、そそ、そんなことないし!」


 友達くらいいるし! 10年来の付き合いのイマジナリーフレンドとか、チュイッターで知り合ったヘロちゃんとかいるし!


「仲間ならダルーイの墓場で募集してみたら?」

「えぇ……、あそこ飲んだくれのアンデッドしかいないじゃん。腐敗臭と酒臭さにまみれてる場所に行きたくないよ」


 みんなレベル1だし……。


「もっとこう、パイ○ンみたいな、勇者のところまで案内してくれたりするかわいい子はいないの?」

「あぁ、あの原○の……。それならいるわよ」

「ほんとっ!?」

「えぇ。この前マオちゃんに買ってあげたスマホあるでしょ」

「う、うん。……あるけど」


 まさか……。


「『Hey、Si○i 勇者の居場所を教えて』って言うと教えてくれるわよ」


 ちがう、そうじゃない……。


「何よ、不満そうねぇ」

「だって、Si○i可愛くないじゃん」


 っていうか、姿かたちないじゃん。


「そう文句ばかり言わずに使ってみなさいよぉ。使ってるうちに愛着が湧いてくるから」

「えぇ……」


 ほんとかなぁ……。

 ママのニコニコな笑顔に逆らえず、私はスマホを手に取る。

 ってか、いくらSi○iといえど勇者の居場所なんて答えられるわけないでしょ。


「Hey、Si○i 勇者の居場所を教えて」

『勇者は、アーリアハーンの自宅で寝ています』


 Si○iすげぇええー!!


 本当に答えやがった……。っていうか個人情報とかどうなってんのこれ?

 勇者ってリンゴに住所特定されてんの? マジで? ウチは大丈夫?


「スマホがあれば地図も見れるし安心よね」


 プライバシー的に安心できねぇ……。


「でも、場所はこれでわかるとして、どうやってアーリアハーンまでいくの? 私ルー○使えないんだけど」

「あぁ、ウチのお城の前にお地蔵さんがあるでしょ。そこの前で座禅を組めば『ふぁすととらべる』っていうのが使えるからすぐ着くわよ」

「へぇ」


 どういう仕組なん? それ。

 私は頭に疑問符を浮かべたまま、とりあえずママにもらったゴスロリっぽい『ぬののふく』に着替えて城から出た。


 途中にあった宝箱には『エクスカリバーII』が入っていた。どこから時間カウントされているのか知らないが、消滅前に回収できたようだ。

 他にもごてごての装飾の付いた鎧とかかが色々あったが動きづらそうなのばっかりだったので結局回収しなかった。そもそもそんなに鎧ばっかりあったところで持ち運びできないしね。

 あと『エッチな下着』が入ってる宝箱もあったけど、あんなので戦えるわけないじゃん。役場の人は馬鹿なのかな?


 城を出るとママの言う通り、近くにお地蔵さんがあった。

 私がその前で座禅を組むと青白い炎のようなものが湧き上がる。


 なんだ、これ?


 とりあえず心の中で『アーリアハーン』とつぶやくと、ふわりと体が浮かぶような感覚があり、目を開けると私は見知らぬ土地で座禅を組んでいた。

 目の前にはお城の前にあったのと同じようなお地蔵さんがあった。


『ふぁすととらべる』すげぇ……。

 どういう仕組みかは知らんが、瞬間移動できるのは確かなようだ。


「それで勇者は、っと『Hey、Si○i 勇者の居場所を教えて』」

『勇者は、アーリアハーンの公園のベンチにいます』


 勇者起きて移動してるな。

 っていうかSi○iが正確に追跡してるのが恐ろしい。勇者にプライバシーはないのか。


 かわいそうに、勇者。個人情報ダダ漏れな上に、今日私に倒されるなんて。

 ……勝てるかな私? 魔王だしちょっとは強いはずだから、一対一なら負けないと思うけど。

 勇者が『アーリアハーン』の周りでLv99まで上げる系の勇者だったら自信ないな。


「まぁ、いざとなったら世界の半分をあげるって言えばいいか」


 それで万事解決だ。


 ◆◆◆


 さて、公園に来てみたものの、見える範囲のベンチには誰もいない。

 勇者はもう、移動してしまったのだろうか。


 ちょっと疲れたので、私は一番近くのベンチに腰掛けてスマホを取り出す。

 休憩やらなんやらで、すぐにスマホの画面を見てしまうのは悪癖だが、やめられないのよねぇ。


「あ、ヘロちゃんがチュイッター更新してる」


 チュイッターを開きTLをスクロールしていると、ヘロちゃんのチュイートが目に入った。

 ヘロちゃんはいわゆる絵師さんで、チュイッターによくイラストを上げている。

 その絵柄が大変私好みで、フォローして感想を送りまくっていたら、そのうち返信してくれるようになり、ちょくちょくDMでやり取りするようにもなった。

 ただ、私が知っているのはヘロという偽名だけで、それ以外は何も知らない。


 ――でも、友達だもん。


 会ったことがなくても、外見を知らなくても、私はそう思っている。

 そんなヘロちゃんは写真付きで『公園なう』と呟いていた。


「『なう』ってもう古いよw」


 私は誰に届くこともないツッコミを入れる。


「ん、あれ? この公園って」


 私はヘロちゃんが投稿した風景だけが切り取られた画像と、目の前の景色を見比べる。

 スマホに表示されている写真に映る風景は、今私の目の前に広がる風景と全く同じだった。


「これって……ヘロちゃんはここで、この写真を撮った……ってこと?」


 投稿時間は……ついさっき!

 私は顔を上げて、辺りを見回す。何人か人の姿はある。でも、どれがヘロちゃんなのかはわからない。


 っていうか、なんて話しかけるの?


 ヘロちゃんですか?って、チュイッターの写真で場所を特定しましたって?

 それって完全にストーカーじゃない? 写真で居場所を特定されて、いきなり話しかけられるって怖すぎるでしょ。


「なら、偶然を装って私もアップしてみるか」


 幸いヘロちゃんのチュイートにはまだ『いいね』をつけていない。

 これなら私がヘロちゃんのチュイートを見ているかどうかはわからないはずだ。そして迂闊にもこんな画像を上げてしまうヘロちゃんはおそらくネットリテラシーがあまり高くない。


 つまり、私が同じ風景の画像を上げれば、ヘロちゃんの方から絡んで来てくれる……はず!


 完璧な計画だ。さすが魔王と言わざるを得ない。


「となれば撮影撮影っと」


 顔を出すのはヤバいので、手でも入れておくか。ピ、ピースの形でいいのか? うーん、普段写真なんて撮らないから、どういうのがそれっぽいのかわからないな。


 ピースでいいか……。平和のサインだし、争いを生むことはあるまい。


 私は片手にスマホを持ち、もう片方の手を突き出してカメラのフレームに納める。主題は風景なので、あくまで私の手は添え物だ。


 カシャ


 無機質な電子音が鳴って風景は私のスマホの中に切り取られた。


 えーっと、文言は『公園に遊びに来てるよ!』でいいか。私は適当な文言を入れて最終チェックをする。

 写真、特に私を特定できるものは写りこんでいない。

 文章、炎上しそうな文言はない。


 よしっOK。送信!


 私がボタンをタップすると、私のチュイートはネットの海へと旅立っていった。

 果たしてヘロちゃんは気づくだろうか。


 って思ってるそばからリプ来た!


『え!? マジで! 私も今その公園にいる!!!』


 フィッシュオーーーーーーーン!!!!


 めっちゃ簡単に釣れた―ーーー!!


 えぇ……ヘロちゃんのネットリテラシーのなさ、大丈夫かな? マジで犯罪に巻き込まれないか心配になるわ。

 居場所について即時反応とか自分がそこにいるって明言してるようなもんじゃん。ストーカーが泣いて喜ぶムーブだよ。

 ヘロちゃん本人を見たことないので、ヘロちゃんがおっさんの可能性もあるわけだが、仮におっさんだとしても心配になるレベルだ。


 私はドキドキしながらヘロちゃんと思しき人がこのベンチに来るのを待ち構える。

 私の脳内ではヘロちゃんは犬系の美少女なのだが、実際はどうなんだろう。綺麗系のお姉さんだったらどうしよう……。

 それはそれでありだけど……。その場合私が受けになってしまうのだろうか?


 ドキドキ、ドキドキ。


 この状況になると、目に映る人すべてがヘロちゃんなんじゃないかと思えてしまう。

 あのおじいちゃんも、犬を連れている子供も、ジョギングしている男の人も、誰もがヘロちゃんの可能性があり、誰もがヘロちゃんではないかもしれない。


 おじいちゃんだけはやめて! いや、せめて女性でおねがいします!!

 でないと私の中のヘロちゃん像が崩れる!


 私は目を閉じて祈った。


「マオちゃーん!!!」


 名前呼びながら来るんかい!?


 はっ! 思わず、目を開けるよりも先にツッコミを入れてしまった。

 すげー能天気そうな声が私の耳に届いた。


 やべーな、まだ私がネット上の『mAo』だと確かめてもいないのに、名前を叫びながら近づいてくるやつがいる。

 ここまで脳みそお花畑だと流石に軽く恐怖を感じるが、向かってきているものはしょうがない。


 私は意を決して目を開き、声のする方を見た。


 ――美少女だった。


 私が今まで見たどの女の子よりもかわいい少女がそこにいた。


「はぁ、はぁ……、あなた『mAo』ちゃんでしょ?」


 駆け寄ってきた少女は、息を切らしながら私に問いかける。上目遣いのその表情がかわいい。


「あ、あれ? 違った?」


 私がぼーっと見惚れていて無言だったのを不安に思ったのか、ヘロちゃんの眉毛が下がった。かわいい。


「いえ、あってますよ」


 私は平静を装って答えた。平静を装わないとキモい声が漏れてしまいそうだ。フヒヒ。


「良かったぁ~! まさかこんなところで会えるとは思わなかったよぉ!」


 そう言って彼女は私に飛びついてきた。

 私はそれを受け止める。ネットリテラシーだけじゃなく距離感もバグってるな、ヘロちゃん。かわいい。

 DMでやり取りしているとはいえ、初対面の人にここまで親しく振る舞えるのはすごい。陰キャの私には考えられない所業である。


「えっと、ヘロさん……でいいんですかね? 私は『mAo』ですけど」

「うん、でも『さん』なんて他人行儀だし、ヘロちゃんでいいよ! っていうか敬語もいいからね!」


 すごい、コミュ力お化けだ。瞬間的に心の間合いを詰める様は剣の達人のようであり、気づかぬうちに私の心は射抜かれている。かわいい。


「わかったよ、ヘロちゃん」

「わーい、ありがとう。ずーっとマオちゃんってどんな子なんだろうって想像してたんだけど、想像より実物の方が断然かわいいね」


 いや可愛いのはお前だよ。

 えっ? 何この子、天使? 私のことを可愛いって言ったのかな? 聞き間違いじゃないよね。


 うーん、かわいい。


「マオちゃんってこの辺の子じゃないよね? 今日は遊びに来たの?」


 うん、ヘロちゃんとデートしに……って違うわ!? 私は勇者を倒しに来たんだった。

 あぶない、ヘロちゃんの可愛さに記憶すら改ざんされるところだった。


 私の返答を待つヘロちゃんが、答えを期待して私を見ている。かわいい。


「えっと、今日はね、ちょっと用事が……」


 当初の目的を思い出し、勇者の居場所を確認しようと、ヘロちゃんに返答しながら私はスマホに目を向ける。


「Hey、Si○i 勇者の居場所を教えて」

『勇者は、今あなたの隣にいます』


 こわっ、メリーさんかよ。


「って隣!?」


 Si○iの返答を聞いて隣を見た私とヘロちゃんの目が合う。かわいい。


「ヘロちゃんって……勇者、なの?」


 天使じゃないの?


「そうだよ?」


 ヘロちゃんは私の問ににっこりと笑顔で答えた。かわいい。

 私が魔王だなんて1ミリも考えていない顔だ。


 っていうかヘロちゃんてネット上だと神絵師なんだけど、絵もうまい勇者ってなんなん?

 可愛くて勇者で絵もうまいって、天から二物どころか何物もらってるんだろう……?


 それにしてもヘロちゃんは勇者で私は魔王、逃れられない宿命がそこにはある。

 ヘロちゃんを倒す? 私が……?


 そんなこと、できるわけない。


 ――こうなったら。


「よくきた ゆうしゃよ。もし わたしの ともだちになれば せかいの はんぶんを ヘロちゃんに あげよう。どう? わたしの みかたに なる?」


 ヘロちゃんは私のセリフにキョトンとしている。かわいい。

 しかし、勇者ならこのセリフの意味がわかるはずだ。


「世界の半分? いいのっ!? なるなる! マオちゃんのともだちになるよー。っていうか前からずっと友達でしょー」


 ヘロちゃんはそう言って私の友達になってくれた! かわいい。


 こうして世界は、魔王に支配され。平和な世の中が訪れたとさ。


 おしまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

16歳になった魔王様、勇者を倒しに行きなさいとママに言われて旅に出る 猫山知紀 @necoyama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ