第86話:冒険者アリシア 11

 あまりに一瞬の出来事に、アリシアたち以外からは声もあがらず、ただ茫然と倒れたエビを見つめることしかできなかった。


「お疲れ様、ゼーアさん」

「お疲れ様です!」

「いや、疲れてもいねぇんだがなぁ」


 頭を掻きながらそう口にしたゼーアは、不完全燃焼といった感じで息を吐いた。

 当然の結果だとアリシアたちは思っているが、ガルアがそう思っているわけはない。


「……おい! エビ! てめぇ、何してくれてんだ!」

「ごはっ!?」

「ちょっと!」


 意識を失って倒れていたエビのお腹を力いっぱい蹴りつけたガルアを見て、アリシアが怒声を響かせる。

 しかしガルアは気にした様子もなく、意識を取り戻したエビの胸倉を乱暴に掴み無理やり立たせた。


「……ぁ……ぁにきぃ……」

「何をあっさりとやられてくれてんだ、てめぇ? ぶっ殺すぞ!」

「……す……すみま……せん……」

「苦しそうじゃない! 放しなさいよ!」

「うるせえんだよ、てめえは! 外野は引っ込んでろ!」

「がはっ!」


 再び響いたアリシアの怒声に負けじとガルアも声を荒らげ、そのまま力任せにエビをガーニの方へ放り投げた。

 背中から地面に叩きつけられたエビは苦しそうにしていたが、それでも呼吸はできているのだから命に別状はないだろうとアリシアはホッとしていた。


「……彼らはあなたの仲間でしょう?」

「仲間だからこそ、無様に負けるのは気に食わねぇんだよ。おい、ガーニ!」

「へ、へい!」

「お前は負けんじゃねぇぞ? 俺様の出番を奪うことになるんだからなあ!」

「ひひ、任せてくれよ。俺の相手は……いい体の女だからなあ」


 ガルアの声に最初こそビクッとしていたガーニだったが、相手が女性のケイナだということを思い出したのか、すぐに舌なめずりをしながら下卑た笑みを浮かべた。


「ケイナ、本当に大丈夫なのか?」

「生理的に無理なら棄権してもいいわよ? 私があいつをぶっ飛ばすから」

「いいえ、アリシア様。生理的に無理ですけど、だからこそ叩き潰しておかないといけません! この街の女性冒険者のためにも!」


 勝手に新たな使命を背負ってしまったケイナだったが、彼女の言葉にはなぜかリティが何度も大きく頷いていた。

 その姿を見たアリシアは、ガーニの視線には多くの女性冒険者が被害に遭っていたのだろうと推測し、ケイナを鼓舞することに決めた。


「そういうことなら徹底的にやっちゃいなさい、ケイナちゃん! もしも致命傷を与えてしまったら、私が魔法で回復させてあげられるしね!」

「わかりました! ありがとうございます、アリシア様!」

「致命傷を回復か。……それ、拷問じゃねぇか?」


 ボソリとゼーアが呟いたものの、二人の耳には聞こえていなかった。

 こうして訓練場の中央に移動したケイナは、そこで初めてガーニが使う武器を目の当たりにした。


「……鎖鎌?」

「ひひ、こいつは中近両方をカバーできる最高の獲物だぁ。その柔肌に傷をつけるところもしっかりと拝めるし、泣き叫ぶ表情をじっくり見物することもできるんだぁ、たまんねぇだろう?」

「……本当に最低ですね、あなたは!」


 絶対に負けられないと心に決めたケイナが剣を抜き構えたところで、メリダが右手を挙げた。


「それでは試合、始め!」

「まずは動けなくしてやるぜえっ!」


 今回も開始と同時に仕掛けてきたのはガーニだった。

 腕をしならせながら鎌を投擲、刃は回転しながら前に出ていたケイナの左足首へと迫っていく。

 大きく横へ跳躍し交わしたケイナは着地と同時に前へ出ようとしたのだが、そこへ襲い掛かってきたのは鎌とガーニを繋ぐ鎖だった。


「打ち据えてやるぜえ!」

「くらわないわ!」


 鎖の軌道を読んでいたケイナは叩き切ろうと剣を振り抜く。

 ガーニもそうはさせまいと腕を振り鎖が上下に揺れると、剣とぶつかり合っただけでどちらにもダメージなく仕切り直しとなる。

 ゼーア対エビのように一瞬で終わらせることはできなかったが、ケイナは焦ってなどいなかった。

 自分の実力がアリシアやゼーアに劣っていることを彼女自身が一番理解しており、その中でガーニを確実に倒す手段を選ぶことが重要だと理解していたからだ。


「ひひ! 近づけねぇだろう? だが、近づかねぇと俺には勝てねぇぜぇ? ぎゃははははっ!」


 鎖を振り回して鎌を操り、奇抜な軌道でケイナへと襲い掛かる。

 普通のアイアンランクであれば最初の攻撃か、そちらをしのいだと次の攻撃でやられていただろう。

 だが、ケイナは普通のアイアンランクではなかった。


「……おいおい……てめぇ……おんなあっ! なんで俺の攻撃を全部、見切ってんだよお!」


 下卑た笑みが消え、ガーニの表情には焦りが浮かんでいた。

 焦りは言葉にも表れており、余裕を帯びてた声を荒らげている。

 ケイナは向かってくる鎌を、鎖を、一本の剣で全て受け流しており、一歩ずつ着実に間合いを詰めていた。


「くそっ! てめぇ、死ね! 死ねええええっ!」

「焦りましたね!」

「んなあっ!?」


 焦りから体に力が入り大振りとなる。

 その一瞬の隙を見逃さなかったケイナは残る距離を鎖に打ち据えられることもいとわずに一気に詰めると――剣を振り抜き勝負を決めた。


「が……はっ!」

「試合終了。勝者――ケイナ」


 背後でガーニが倒れる音を聞いたケイナが剣を鞘に納めると、振り返り彼を見下ろしながら一言――


「女の敵、成敗です!」


 そしてリティへ視線を向けると、満面の笑みでブイサインを決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る