第85話:冒険者アリシア 10
地下の訓練場は足元に砂が敷き詰められており、広さは直径二〇メートルほど。
端には石の壁がアリシアの肩くらいの高さで築かれており、壁の外側は段々の観覧席になっていた。
「証人が必要だろう? 他の冒険者たちがそれだ」
「いいわよ。その方が平等だもの」
「てめぇら、絶対に手を出すんじゃねえぞ?」
内心では周りの冒険者が邪魔をしてくるのではと警戒していたアリシアだったが、ガルアは釘を刺すように声を掛けていた。
それでも油断は禁物だと気を引き締め直し、アリシアは勝敗の決め方を提示した。
「一対一の勝負、先に二勝した方の勝ちでどうかしら?」
「いいぜ。だが、こっちが二連勝しちまったらつまらねぇ。もしもそうなっちまっても、俺と戦うって約束しやがれ」
「もちろんよ。こちらが二連勝することもあるだろうしね」
「はっ! 言うじゃねえか!」
そこからお互いに対戦相手が決まった。
一回戦はゼーア対丸刈りの男性、エビ。
二回戦はケイナ対茶髪の男性、ガーニ。
最終戦はアリシア対ガルア。
「いいねぇ、でかぶつ!」
「それはこっちのセリフだ!」
エビが戦斧を担ぎ上げると、ゼーアは大剣を抜いて訓練場の中央に移動する。
「――どうやら、間に合ったようですねぇ」
そこへ女性の声が聞こえてくると、声の主は階段を下りてきたところだった。
「あなたは?」
「私は冒険者ギルドのラクドウィズ支部ギルドマスター、メリダと申します。以後お見知りおきを」
「……ちっ! 面倒くせぇ」
「はぁ、はぁ、お、お待たせ、しましたぁ」
「リティさんまで!」
美しい顔立ちのギルドマスターであり、エルフのメリダにアリシアたちのことを報告したリティ。
するとメリダはその足で地下の訓練場へと向かい、今に至っていた。
「優秀な冒険者を先輩冒険者がいじめていると聞き、馳せ参じました」
「いじめているだぁ? 礼儀を教えてやっているだけだろうが!」
「それを傍から見ればいじめというのですよ、ガルア」
厳しい視線を向けたメリダだったが、ガルアはニヤリと笑い言い放つ。
「だがなあ、ギルマス。この勝負はあいつらから言い出したことだ。それに俺たちは乗っただけ、違うか?」
「リティの報告ではそのように聞いております。なので、この勝負の審判は私が引き受けます。異論は認めませんよ」
「けっ! 好きにしやがれ」
訓練場の砂に唾を吐きながらそう言い放ったガルアから視線を切ったメリダは、そのまま長い緑髪を揺らしながらアリシアを見た。
「あなた方もよろしいですか?」
「よろしくお願いします、ギルマス」
「メリダでよいですよ、アリシアさん」
「……わかりました、メリダさん」
訓練場の中まで歩いてきたメリダはニコリとほほ笑みながら手を差し出すと、アリシアはその手を握り返した。
「おいおーい! もういいかー? 俺はさっさとこのでかぶつをぶっ飛ばしたいんだけどー?」
「ゼーアさんはよろしいですか?」
「おう。俺も構わねえぞ」
苛立つエビとは異なり、ゼーアは冷静に返事をしている。
周りの状況に振り回されている時点で実力差は明白だとアリシアは思ったのだが、エビは自分が負けるとは全く思っていない。
そのことにゼーアも気づいており、だからこそ冷静にメリダの問い掛けにも答えることができていた。
「わかりました。それでは構えを」
メリダがエビとゼーアの間に立つと、右手を挙げる。そして――
「試合、始め!」
合図と同時に右手を振り下ろすと、同時に突っ込んだのはエビだった。
両手で握った戦斧を振り上げ、渾身の力で振り下ろす。
あまりにも単純な動きに何かあるのではと疑ってしまったゼーアだったが、ギリギリまでエビの動きを見ていて気づいた。
「お前、何も考えてねえな!」
「死ねやこらあっ!」
「こんな攻撃、当たるわけねえだろうが!」
斧刃がゼーアの頭上に振り下ろされたが、彼は体を軽くずらすだけでそれを回避し、大剣を振らずに柄頭でエビのみぞおちに強烈な一撃を見舞った。
「ごはっ!?」
「おいおい、マジかよ。ザコじゃねえか」
そのまま巧みに大剣を回転させて切っ先を上に向けると、くの字に体を曲げていたエビの後頭部めがけて柄頭を振り下ろす。
「げべっ!?」
変な声を漏らしたエビは意識を失い、そのまま地面に顔面から倒れこんだ。
「試合終了。勝者――ゼーア」
あまりにも手応えのない試合に、手合わせをしたゼーアは困惑気味に頭を掻いたのだった。
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