第65話:聖女アリシア 18

「な、何事だ!」

「襲撃に備えろ!」

「起きろ! 全員起きるんだ!」


 天幕から田舎騎士たちの声が聞こえてくると、すぐに武具を身に付けて外に出てくる。

 ゼーアもその場で立ち上がりアリシアの隣で周囲を見渡す。


「まさか、魔獣か!」

「でも、こんな都市の近くに現れるものなんですか?」

「普通はあり得ない。だが、相手は魔獣だ。あり得ないなんてことが、あり得ないのかもしれない」


 グッと歯噛みしながら武器を抜き放ち襲撃に備える。


「誰か! すぐに都市に向かいホールトン様へ指示を仰ぐんだ!」

「すでに向かっています!」

「ベントナー様たちが来てくれるまで、俺たちだけでアリシアを守るぞ!」

「「「「おうっ!」」」」


 魔獣の襲来が先か、それともベントナーたちの到着が先か。

 普通であれば都市の内側にいるとはいえ、圧倒的に距離が近いベントナーたちが到着するのが早いと思うだろう。

 ゼーアたちも当然ながらそう思っていた。

 しかし――彼らが望んでいた吉報が届くことはなかった。


「ゼーア! ベントナー様たちがどこにもいない!」

「はあ!? ど、どういうことだ!」

「知らねえよ! ホールトン様もベントナー様も、他の騎士たちもいないんだ!」

「……何が、どうなっていやがる?」


 自分たちがどういう状況に陥っているのか理解できず、ゼーアたちは困惑の一途を辿っていく。

 その中でただ一人だけ、何が起きていて、誰が仕組んだのか、そこまで思考を広げている人物がいた。


(……ホールトン、ベントナー! まさか、私たちをここで始末するつもりなのね!)


 ここに至り、アリシアはベントナーが夕食の前にすんなりと引き下がった意味を理解してしまった。

 自由奔放な田舎娘を演じていたせいで、ホールトンは自分を始末してしまおうと考え、それをベントナーに実行させた。

 つまりそれは――アリシアがゼーアたちを巻き込んでしまったも同然だった。


「……ゼーアさん、皆さん、本当にすみませんでした」


 思わず口から謝罪の言葉が出てくると、ゼーアたちの視線がアリシアに集まった。


「どうしてアリシアが謝るんだ?」

「これってきっと、ホールトン様が私を処分しようとした結果ですよね? それって、私が皆さんを巻き込んでしまったってことですよね? ……本当に、すみません」


 まさかホールトンがここまで短気で我慢もままならない性格だとは思わなかった。

 完全に自分の落ち度だと、アリシアは俯きながら歯噛みする。


「……それは違うだろう、アリシア」

「……え?」


 そんなアリシアに掛けられた言葉は、彼女の言葉を否定するものだった。


「遅かれ早かれ、俺たちはベントナー様に処分されていただろうさ。なら、ここで立ち向かう方が気が楽ってもんじゃないか? なあ、みんな!」

「そうだぜ、アリシアちゃん!」

「いやいや、俺たちの聖女様だろうが!」

「魔獣が何よ! これでも私たちだって騎士なんだからね!」

「ホールトンの私設騎士じゃねえぞ! 聖女アリシアの騎士になるんだ!」

「「「「おおおおおおおおぉぉっ!!」」」」


 自分のせいで巻き込んだと思っていたゼーアたちからは、アリシアを守るのだという強い使命感が湧き上がっていた。


「……どうして?」

「どうしてって、誰かが言わなかったか?」

「……何をですか?」

「アリシアは――俺たちの聖女様なんだよ!」


 そう口にしたゼーアは快活な笑みを浮かべると、大きな手でアリシアの頭を乱暴に撫でた。


(……ゼーアさんの手、やっぱり大きいな)

「よーし、てめえら! こうなったら、俺たちで魔獣を殲滅するぞ! 三人一組で班を作れ! いいか、誰も死ぬんじゃねえぞ!」

「「「「おうっ!」」」」


 ゼーアの号令に合わせて、田舎騎士たちは素早く動き始める。

 それと同時にアリシアも決意する。ゼーアが口にした通り、誰も死なせないと。


「アリシアは俺と来い。絶対に守ってやるからな」

「……違うわ、ゼーアさん」

「何が違うんだ?」

「私も戦う」

「……はあ!?」

「言いましたよね。私は村では実力者だったって」

「いや、それはそうだが――」


 アリシアを止めようとしたゼーアだったが、彼の言葉を遮りながら彼女は剣を抜き放った。


「聖女候補だって連れて来られたけど、私にはこの剣がある」


 剣身を見つめながらそう口にしたアリシアの顔はとても凛々しく、その表情を見たゼーアは目を見張り、これ以上この場に残れとは言えなかった。


「……わかったよ。だが、無茶だけはしないでくれよ。アリシアはそう言うが、君は護衛対象であり、俺たちの聖女様なんだからな」

「……最後の方だけは否定させてもらってもいいですか?」


 そう口にしたアリシアの凛々しい顔はどこへやら、彼女は再びニコリと柔和な笑みを浮かべた。

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