第64話:聖女アリシア 17

 賑やかな夕食を終えると、アリシアや田舎騎士たちは徐々に眠りについていく。

 食事の席ではどうしてアリシアまで野営をしなければならないのかと憤る田舎騎士もいたが、美味しい夕食にありつけたのは彼女がいたからだと言う者が現れると、全員が頷いて申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 当のアリシアは前世でも同じ状況だったので特に気にしていなかったが、改めて言われると確かにおかしな話ではある。

 わざわざホールトンが出向いてまで聖教会へ赴いているというのに、自分たちだけ宿に泊まり、アリシアは野営なのだから文句を言われてもおかしくない状況だ。

 当時のアリシアはそこまで考えることができなかったが、今ならば理解できた。


「……まあ、今さらだよね」


 護衛騎士たちのおかげで一人用のテントで横になっていたアリシアは、そんな言葉を呟いた。

 そんなアリシアだが、横になったものの先ほどまで盛り上がっていたせいか、なかなか寝付けづにいる。

 どうにか寝付けないかとゴロゴロ転がってみたものの目は冴えており、仕方なく剣を片手にテントを出ると、散歩でもしてみるかと考えた。


「おや? どうしたんだ、アリシア?」

「ゼーアさん。まだ起きていたんですね」


 すると、アリシアのテントの近くで警備を担当していたゼーアが彼女に気づいて声を掛けてきた。


「今は俺が護衛担当だからな」

「お疲れ様です」

「それで、どうしたんだ? 眠れないのか?」

「はい。さっきまでの時間が楽しかったので、目が冷めちゃいました」

「ったく、あいつら。だからほどほどにしておけと言ったのに」


 小さくため息をついたゼーアだったが、アリシアはそんな彼に微笑みながら大丈夫だと口にした。


「王都までは皆さんのお世話になるだろうし、これくらいは全然大丈夫ですよ」

「……本当か?」

「はい。これでも村では自警団員だったんですからね!」

「そういや、そうだったな。しかし、アリシアも剣を振るんだな」


 ゼーアは腰に提げていたアリシアの剣を見ながらそう口にした。


「これでも村では実力者だったんですよ?」

「おいおい、アリシアみたいな女の子が実力者って、その村は大丈夫なのか?」

「あー。今、私のこと弱いって思いましたね?」

「えっと、そりゃまあ……すまん、思った」

「そんなことを言っていたら、女性の騎士の方に怒られますよ?」

「だな。あいつら怒ると怖いんだよなぁ」

「告げ口してもいいですか?」

「おいおい、止めてくれよ? 殺されちまうからよ」


 気づけばアリシアはゼーアの横に腰掛けて話し相手になってもらっていた。


「しっかし、ホールトン様はマジで何を考えているのやら」

「どうしたんですか?」

「食事の時に話題に挙がったやつだよ。アリシアまで俺たちと同じ環境だなんてな」

「あー、あれですか」

「お前、自分のことなのに他人事みたいな反応だな」


 前世で経験していたので、などとは言えずアリシアはただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「あははー」

「……まあ、お前が気にしていないならいいんだがな。しかし、扱いが酷過ぎるんだよ。今回も、今までもな」

「今までも?」

「あぁ。俺はこれでも二年ほど、ホールトン様の私設騎士として雇ってもらっている。その間、アリシア以外にも何人かの聖女候補をこうして護衛したことがあるんだ」

「その全員が、私と同じような扱いだったってことですか?」


 アリシアの問い掛けに、ゼーアは無言のまま頷いた。

 そして、苦しい表情のままゆっくりと口を開いた。


「……アリシアは違ったが、ほとんどの聖女候補が野営なんか嫌だと泣き叫び、その度にベントナー様が怒声を響かせて脅していたんだ。中には俺たちの目を掻い潜って逃げ出した者もいた」

「え? でも、野営地から逃げ出すなんて、危険なんじゃ?」

「……魔獣に殺されたよ」


 苦しそうにそう呟くと、二人は黙り込んでしまい、パチパチと焚き火の音だけが周囲に響いていく。


「……あー、すまんな。こんな話を聞かせるつもりじゃなかったんだが」

「いいえ、話してくれてありがとうございます」

「……お礼を言われることか?」

「私にとっては、ですけどね」

「そうか? なら、いいんだが」


 アリシアが何を考えているのか理解できず、ゼーアは首を傾げながらもそう口にした。


(ホールトン……あなたの思い通りになんて、絶対に動いてやらないんだからね!)


 改めて決意を固めたアリシアは大きく伸びをすると、ゆっくりと立ち上がった。


「眠れそうか?」

「はい。話に付き合ってくれて、ありがとうございました」

「俺の方こそ楽しい時間だったよ。交代の奴に自慢してやるぜ」

「あはは。自慢できるようなことじゃないと思いますけど――」


 ――アオオオオオオオオォォオオォォン。


 楽しかった時間が終わりを告げ、二人の表情に緊張が走った。

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