第58話:聖女アリシア 11

 翌早朝、ディラーナ村の門の前に再びホールトンたちがやってきた。


「お待たせいたしました、ホールトン様」


 いつもと変わらない表情でアリシアがそう告げるが、ホールトンやベントナー、他の騎士たちも怪訝な表情を浮かべた。


「……ア、アリシア殿? その恰好はいったい?」

「昨日と変わらず、自警団の団服です」


 この日のためにとアリシアは、アーノルドにお願いして真新しい団服を用意してもらっていた。

 アリシアにとってこれは、決意表明のようなものだった。


「……アリシア殿。今後、あなたは聖女候補として聖女教育に努めてもらいます。ですので、こちらと同じ生活を送ることはできない――」

「いいえ、ホールトン様。これは私の日常であり、切っても切れない大事なものです」

「で、ですが……」

「お父さんは王都へ向かうことを許してくれましたが、剣を振ることが許可されないのであれば、私は向かうことができません」

「そんな!?」


 まさか一五歳の女の子が剣を振ることに喜びを覚えているとは思わず、ホールトンは声をあげてしまう。

 ホールトンの視線は父親のアーノルドに向いたが、彼もアリシアと同じ団服を身に付けながら大きく頷いた。


「アリシアは我が自警団でも指折りの実力者です。そんなこの子が剣を振らないなんて、考えられません」

「慣れない環境に身を置くのですから、一つくらいは私の好きなものを手元に置いておく許しをいただけないでしょうか?」


 ホールトンとしては、まさかここまで御しにくい相手だとは思わなかったのだろう。

 眉間にしわを寄せながらも、小さく息を吐き出しながら一つ頷いた。


「ありがとうございます、ホールトン様」

「い、いいえ。確かに、慣れない環境になるわけですからね。さあ、ではこちらへ」


 作り笑いを浮かべながら、ホールトンはアリシアが乗る馬車を指示した。


(……まあ、王都についてしまえば私の思い通りに動いてもらうさ)

(――なんてことを考えているんだろうなぁ、この人は)


 アリシアは微笑みながらホールトンの指示に従い歩き出し、頭の中では彼の思考を完璧に理解していた。


(今世の私が、そんな都合よく動くと思わないでほしいわ)


 強い決意を胸に抱きながら、アリシアは馬車へ乗り込む。


「それでは大司祭様、娘のことをよろしくお願いいたします」

「もちろんです。ご心配なきように」


 二人が挨拶を交わすと、ホールトンは自らの馬車へと向かい、アーノルドはアリシアの乗る馬車の横へ移動した。

 アリシアも馬車の窓を開けると、アーノルドだけではなく見送りに来てくれた人たちへ視線を向けた。


「行ってくるね、お父さん」

「あぁ。気をつけるんだぞ、アリシア」

「みんなも元気でね! 行ってきます!」


 アリシアが身を乗り出して大きく手を振ると、多くの人が手を振り返した。


「アリシアー! 絶対に戻ってこいよー!」

「アリシアちゃーん! 待ってるからねー!」

「次は負けないからね! アリシアちゃん!」


 ヴァイスとジーナとシエナはアリシアの帰りを待っていると声を張り上げる。


「無茶はするなよ、アリシア!」

「何かあれば連絡するんだぞー!」


 ゴッツとダレルはアリシアを心配する言葉を掛けた。

 そんな中、馬車がゆっくりと動き出す。

 見送ることしかできないアーノルドは拳をギュッと握りしめるが、それでもアリシアのことを信じているからこそ、ただ静かに見送ることができた。


「……必ず会いに行くからな、アリシア」


 誰にも聞こえないそんな呟きを残しながら、アーノルドたちは馬車が見えなくなるまで、その場に留まり見送ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る