第54話:聖女アリシア 7
それからというもの、アリシアは毎日のように模擬戦を繰り返し、短い期間でさらに実力を付けていった。
今までも全力で学んでいたのだが、それでもディラーナ村を離れなければいけないという思いが、アリシアの集中力をいつも以上に高めてくれたのだ。
こうして時間は過ぎていき――その日がやってきた。
――ガラガラ、ガラガラ。
大きな都市へと繋がる街道の先から、多くの護衛を伴った豪奢な馬車が一台、現れた。
ディラーナ村の人々を何事かと声を潜め、馬車の一行には村長と自警団の団長であるアーノルドが対応する。
アリシアを含めた自警団員はその後方、村の入り口を固めるようにして見守っていた。
「失礼いたします。本日は田舎の村までどのようなご用向きでしょうか?」
代表してアーノルドが一行の先頭を進む護衛に声を掛けた。すると――
「……黙れ」
「……は?」
「黙れと言ったのだ、聞こえなかったのか?」
護衛は馬から降りることもせず、睨みを利かせながらアーノルドを見下ろした。
「……知らんな」
「なんだと!」
「私は何ようで参ったのかを聞いただけだ。訪ねてきたのはそちらだろうに、何を言っているのだ?」
「貴様!」
邂逅から一瞬にして一触即発の状況となり、村人からは小さな悲鳴が漏れ聞こえ始めてくる。
「――止めなさい」
馬車の中から柔和な声音でそう聞こえてきた。
(……そういえば、あなたの手法はいつもこうでしたね)
声の主に心当たりのあるアリシアは、自警団員たちの中からそんなことを考えていた。
従者が馬車の扉を開くと、中から声の主がゆっくりと降りてくる。
白を基調とした司祭服。金の刺繍が施されていることから、相手がより高い地位の人間であることがそれだけでわかるようになっている。
そして、司祭の顔を見たアリシアは――あまりの嫌悪から心臓が強く脈打ち始めた。
(……ホールトン、大司祭! 自らの私腹を肥やすために私を聖教会に閉じ込めて、危険が迫るとあっさりと逃げてしまった、反逆者!)
怒りで我を忘れそうになったアリシアだったが、その両肩にそっと手が添えられた。
「……ヴァイス兄、ジーナちゃん」
二人はアリシアを心配そうに見つめながらも、力強い瞳で大丈夫だと言わんばかりに大きく頷いて見せた。
「……ありがとう。もう大丈夫だよ」
二人の手に自分の手を重ね、アリシアは落ち着きを取り戻してからもう一度視線を前に向けた。
「いやはや、大変失礼をいたしました。彼は護衛としては優秀なのですが、どうにも気性が荒いようでしてなぁ」
「……いえ、こちらも失礼をいたしました。ですが、村を守るための自警団ですので、どうかお許しを」
「ほほほ、もちろんですとも。我らが神、アレルフィーネ様はこのようなことで怒るようなことはありませんからな」
アレルフィーネ、という名前を聞いたアーノルドはピクリと体を震わせたものの、表情に出すことはなく淡々と話を進めていく。
「それで、本日はどのようなご用向きでこのような田舎の村へ?」
「あぁ、そうでしたな。実は先日、こちらの方より神聖な気を感じましてねぇ。新たな聖女が生まれたのではないかと思い、探しているところなのですよ」
「……聖女様、ですか?」
「えぇ。そして……うんうん、どうやらこの村で間違いはなかったようだ」
聖女の神託を与えられてからというもの、アリシアからはホールトンが口にしている神聖な気が常に垂れ流されている状態になっている。
前世のアリシアであれば気が流れ出るのを止めることも可能だったが、今のアリシアではそれが難しかった。
まだ体も小さく、体を巡る気の流れが早く、上手く制御できずにいたのだ。
「そちらの女の子、お名前は?」
「彼女は私の娘で、アリシアと申します」
「ほほう。自警団団長の娘さんでしたか」
「アリシア、おいで」
「……はい」
アーノルドが促すと、アリシアは自警団員たちの中から一歩踏み出した。
ヴァイスとジーナの手に力が込められたのを肩越しに感じたが、アリシアは小さく『ごめんね』と呟きながら前へと進んでいく。
「お父さんが仰ったように、私はアリシアと申します」
「礼儀正しい良い子ではないですか。私は聖教会の大司祭を任せられている、ホールトンだ」
大司祭と聞いた人々からはどよめきが起きた。
「アリシア。そなたの右手の甲を見せてもらえるかな?」
「……わかりました」
ホールトンに言われるがまま、アリシアは右手に巻いていた包帯を外していく。
「……おぉっ! これは、紛れもなく聖女の神託! やはりそなたが、新たな聖女様なのですね!」
まるで感動したかのように涙目を浮かべているホールトン。
(くくくっ! こんな田舎の娘に聖女の神託だと? これは、いいカモが生まれてくれたものだ!)
しかし、内心では自らの富をどのように増やそうかとしか考えていない。
(呆れた演技だこと。昔の私なら騙されていたでしょうけど、そうはいかないわ)
とはいえ、アリシアもホールトンのことをよく理解している。彼女は笑みを浮かべながら、そんなことを考えていた。
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