第53話:聖女アリシア 6

「二人ともすごかったよ!」

「まさかあそこで剛の剣が出てくるとは思わなかったぜ!」


 興奮した様子で駆け寄ってきたのは、ジーナとヴァイスだ。

 審判をしていたヴァイスだが、途中から二人の模擬戦を自分の糧にしようと考えて必死に動きを捉えようとしていた。

 だが、それも途中からどうでもよくなるくらいに、二人の模擬戦は激しくも心揺さぶられるものがあった。

 それは事情を知っている二人だからかもしれないが、だからこそ負けられないという思いも強くなってしまう。


「アリシア! 明日は一番に俺と模擬戦をしようぜ!」

「ダメだよお兄ちゃん! 明日は私とやるんだから!」

「あら、私にリベンジさせてくれないの?」

「「絶対にダメ!」」

「ありゃりゃ」


 シエナも次は負けないと意気込んでいたのだが、二人の勢いには勝てないと踏んだのか軽く肩を竦めて諦めていた。


「まだ時間はあるんだし、明日はヴァイス兄、明後日はジーナちゃんでどうかな?」

「やったぜ!」

「えぇー? 私が明後日なのー?」

「私も柔の剣のあとは剛の剣と戦ってみたいんだよ。それに、シエナさんのあとにジーナちゃんだと、目が慣れちゃって私が買っちゃうよ?」

「うぐっ!? ……悔しいけど、ぐうの音も出ないよ~」


 アリシアの言葉にジーナが悔しそうにそう口にすると、周囲からドッと笑い声が聞こえてきた。

 いつの間にか、アリシアたちを囲むようにして自警団員たちが集まっていたのだ。


「アリシア、すごいじゃないか!」

「まさかシエナに勝つとはなあ!」

「アリシアちゃん、格好よかったわよ!」

「シエナはそろそろ引退か~?」

「ちょっと! 引退って言った奴、出てきなさい! 今すぐにボコボコにしてやるから!」


 最後の言葉にシエナが食って掛かると、再び笑いが沸き上がった。


「はいはい! お前たち、さっさと自分の訓練に戻るんだ」

「「「「はっ! 団長!」」」」


 収拾がつかなくなってきた頃合いで、アーノルドが手を叩きながら声を掛けた。

 自警団員たちはすぐに返事をすると、自分たちが訓練をしていた場所へと散っていく。


「よくやったな、アリシア」

「ありがとう、お父さん!」

「全く、まさかアリシアちゃんに剛の剣を教えているとは思いもしませんでしたよ」


 アーノルドがアリシアの頭を撫でながら褒めていると、苦笑しながらシエナがそう口にした。


「まあ、次は使えない手だがな」

「うん。だからまだ、実力でシエナさんに勝てたとは言い難いんだよね」

「そうでもないわよ、アリシアちゃん」

「え?」


 剛の剣はあくまでも奇襲の一手であり、同じ手が通じるほどシエナが弱いとも思っていない。

 故にアリシアは次は勝てないかもしれないと思っていたが、シエナの考え方は違っていた。


「柔の剣は速度重視の剣であり、その速度を活かしたカウンター攻撃を得意にしている。だけど、その分で威力に欠けるところがある。それは理解しているわよね?」

「もちろんです」

「なら、柔の剣の中に一撃必殺の剛の剣を交ぜることができるとなれば、自ずとこちらの戦術も変えざるを得ないの」

「……理屈はわかりますが、そう簡単には当てられませんよ?」

「それでもいいのよ。相手に戦術を変えさせるということは、一番得意な戦術を使えなくさせるということでもあるの。その時点でアリシアちゃんは一つ強くなったと言えるんじゃないかしら?」


 シエナは今後、一撃で倒されるかもしれないと思いながらアリシアと模擬戦をしなければならない。

 ということは、攻撃を気にせずむやみやたらに突っ込んでいく戦術が使い辛くなということにも繋がっていく。


「一度きりだとか、奇襲だったからとか、そんなことを言っていたら、師匠越えをしたアリシアちゃんを、私は素直に褒められなくなっちゃうわよ?」

「あ……はい、わかりました」

「うんうん、それでよろしい」

「私はシエナさんを超えました! 次も負けません!」

「……うーん、そう真正面から言われると腹が立つわねぇ。ヴァイス君、やっぱり明日も私が――」

「「絶対にダメ!」」

「……はーい」


 最後にシエナが不貞腐れてしまうと、アーノルドも交えてアリシアたちは大いに笑ったのだった。

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