第48話:聖女アリシア 1

 ――シザーベアとの死闘から、四年が経った。

 その間、アリシアは必至に自らの剣術に磨きを掛けて、聖女の神託を受けるその日に備えていた。

 そして今年が、まさにその年になっている。


「……ふぅ」


 庭で素振りをしていたアリシアは汗を拭うと、視線を右手の甲へ向ける。


「……明日には、神託が与えられるのね」


 神託を与えられた日のことを、アリシアははっきりと覚えている。

 この日からアリシアの人生は大きく変わり、一週間後には王都の聖教会から使者が現われ、そのまま馬車に乗せられたのだ。

 やりたくもない聖女教育を無理やり行わされ、馬車馬のように聖女として働かされてきた。

 ディラーナ村での生活よりも多少は楽な生活を送ることができたものの、アリシアとしては楽な生活よりも心豊かな生活を送る方が自分に合っていただろう。


「……今世は、聖教会の言いなりになんてならないんだから」


 決意を言葉にしたアリシアは、もう一度素振りを行おうと剣を持ち上げようとしたが、そこへ声が掛けられた。


「アリシア」

「あっ! お父さん!」


 家の中からアーノルドが出てくると、その手には大剣が握られている。


「軽く剣を合わせるか」

「お願いします!」


 一五歳になったアリシアの剣技は四年前と比べるとはるかに向上している。

 柔の剣であればジーナをすでに超えており、ヴァイスとの模擬戦でも五割以上の成績を残していた。


「さあ、来い!」

「はい!」


 地面を蹴りつけたアリシアの姿が掻き消えると、次の瞬間には鋭い刺突がアーノルドへ襲い掛かる。

 自警団でも屈指の速度を誇る刺突だったが、アーノルドは難なく防いでしまい、さらに反撃までしてきた。


「まだまだ軽いぞ!」

「はい!」


 アリシア自身も年齢に引っ張られて四年前までは幼い言葉遣いのままだったが、一五歳になった今では親子であっても礼儀正しく、アーノルドのことを師匠として慕っている。

 それに応えるようにしてアーノルドも厳しい言葉を使うようになっているが、その言葉にも温かさがしっかりと含まれていた。


「出足はいいが、防がれてからの次が遅い! しっかりと相手の動きを見て、隙を突く攻撃を仕掛けるんだ!」

「はい!」


 アーノルドはあえて大振りにしてみたり、鋭い攻撃を連続で仕掛けてみたりと、様々なパターンでアリシアへ襲い掛かる。

 それをアリシアもしっかりと受け止め、自分にできる最大限の力を出して勝利を掴もうと動き続けていた。


「はあっ!」

「甘い!」


 しかし、アリシアの剣は鋭く思いアーノルドの斬り上げに弾き飛ばされると、そのまま首筋に刀身が寸止めされた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……あぁーっ! また負けたー!」

「もう少しだな」

「まだ一度も勝てたことがないんだよ? あーあ、悔しいなー」

「父親として、威厳を見せつけないとな。シエナにもまだ負け越しているんだろう?」

「それはそうだよ。お父さんもそうだけど、シエナさんも私の師匠なんだからね」


 アーノルドとシエナ、二人から指導を受けているアリシアの実力はメキメキと伸びており、今では自警団の中でも上から数えた方が早いところまで来ている。

 とはいえ師匠越えにはまだ遠く、努力を欠かすことはできないと考えていた。


「……なあ、アリシア」

「どうしたの、お父さん?」


 ここまで気さくな会話を交わしていた二人だが、ふいにアーノルドが真剣な声音で声を掛けてきた。


「明日、聖女の神託が与えられるんだろう?」

「……うん、そうだよ」

「そうか。なら、しっかりと準備を整えておかなければな」

「ダメだよ、お父さん」

「だがなぁ……」


 アーノルドはこの日に備えて、アリシアを渡すわけにはいかないと聖教会と対立する覚悟を決めていた。

 しかし、そのことをアリシアに気づかれると激怒されてしまい、渋々対立の道を諦めていた。


「お父さんが聖教会に喧嘩を売っちゃったら、ディラーナ村の人たちに迷惑が掛かるんだからね!」

「いや、だからその前に私が村を出ていけばいいんじゃ――」

「そんなものはすぐにバレるから! 絶対にダメだからね!」


 アリシアが止めたことはゴッツにも伝わっている。一度だけアリシアが二人を揃えて説教をしたことがあったのだ。

 ゴッツはすぐに納得したものの、アーノルドだけは最後の最後まで諦めきれない様子でいる。


「私は行くわ。そうじゃないと、ディラーナ村に何をされるかわからないもの」

「だったら私も一緒に――」

「大丈夫! 私は今日のために剣を習ってきたんだからね。お父さん、私を信じて?」


 最後の言葉に、アーノルドはグッと口を噤んでしまう。


「……はぁ。そう言われてしまうと、信じないわけにはいかないじゃないか」

「もちろん、それを狙っているからね!」

「こら、アリシア!」

「あはは! 冗談だよ! でもありがとう、お父さん」

「……絶対に、死ぬんじゃないぞ?」

「わかっているわ!」


 こうして二人は朝訓練を終えると、朝食を取ってから自警団詰め所へと向かった。

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