第47話:自警団員アリシア 25

 ――場所は変わり、王都ウェルナ。

 ウェルナの一等地に建てられた聖教会の本部の中で、一人の神官が窓の外へ視線を向けた。


「……神聖な気を、感じますねぇ」

「どうかされたのですか、ホールトン司祭様?」


 ホールトンと呼ばれた男性は、呼び掛けに振り返るとニコリと微笑んだ。


「いいえ、なんでもありませんよ」


 そう口にして歩き出したのだが、頭の中ではボソリと呟いた神聖な気についてを考えていた。


(……ふむ、すぐに消えてしまいましたか。どこかで聖の魔力を持つ者が生まれたか、はたまた力に目覚めたか。不安定な気であることに間違いはありませんね)


 ホールトンが神聖な気を感じることは多々あるが、その多くが今回のようにすぐに消えてしまうものだ。

 本来であればそこまで気に留める必要もないのだが、不思議と今回に限っては頭からなかなか離れなかった。


(……不思議ですね、どうしてでしょうか?)


 どれだけ考えても、ホールトンにはどうしてなのかがわからない。


「……あの、やはり何かあったのではありませんか?」


 真剣な顔で黙り込んでいたからか、再び一緒に歩いていた女性に声を掛けられた。


「いえいえ、失礼いたしました。本日はこちらですね」

「はい。お忙しいところ申し訳ございませんが、何卒わたくしたちをお導きいただければと思います」

「もちろん、そのつもりですよ」


 女性の案内で到着した場所は、多くの聖徒が集められた一室だった。

 ホールトンの登場と共に聖徒は祈りを捧げ始め、中には涙を流す者までいる。


「あぁ! ホールトン様!」

「最高司祭様!」

「どうか私たちをお導きください!」


 聖徒の声にホールトンが右手を上げて応えると、歓声やむせび泣く声が聞こえてくる。

 それに満足しているのか、ホールトンは笑みを深めて歩き出すと、聖徒の前に立って両手を掲げた。


「祈りなさい。聖教会が信仰している我らが神、アレルフィーネ様に!」

「「「「ははああぁぁぁぁっ!」」」」


 その場で両膝を床につけ、頭を下げて祈りを捧げる聖徒たちを見下ろして、ホールトンは本当の下卑た笑みを浮かべた。

 彼は聖教会本部を統べる最高司祭である。

 実力でのし上がった回復魔法の実力者であり、聖徒想いの素晴らしい司祭――というのが、世間一般的な評判だ。

 しかし、実態は聖徒を金づるとしか見ていない金の虫であり、権力を何よりも大事にしている性悪な男でもあった。


「……では、お布施をこちらへ」


 下卑た笑みを内に隠したホールトンが口を開くと、聖徒が一人、また一人とお布施を捧げていく。

 その都度ホールトンが右手を上げると、その手から光が放たれて聖徒へと降り注ぐ。


「あぁぁ、ありがとうございます!」

「これからもアレルフィーネ様を、ひいては聖教会をよろしく頼みますよ」

「は、ははああぁぁぁぁっ!!」


 お布施の額によって光の量が変わり、ホールトンが声を掛けるか否かも変わってくる。

 そして、多くの光をその身に浴びること、ホールトンに声を掛けられることこそが聖徒にとってのステータスになっていた。

 こうして聖徒はさらにお布施の額を上げていき、気づけば破産してしまう。

 それでも聖徒は聖教会を恨むことはなく、不思議なことに体を壊すほど働いてはさらにお布施を持ってきてしまう。

 聖徒はホールトンによって洗脳されたと言っても過言ではないだろう。


「では、私はそろそろ失礼させていただきましょう。他にも私を待つ聖徒たちがいますからね」

「「「「あ、ありがとうございました、ホールトン最高司祭様!」」」」


 こうして部屋を出たホールトンは、再び下卑た笑みを浮かべながら歩き出す。

 この時にはすでに神聖な気を感じたことなど忘れていたが、彼は後に思い出すこととなる。

 それは今から――四年後のことだ。

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