第3話:少女アリシア 2

 リビングにはアーノルドが準備してくれた朝ご飯がテーブルに並んでおり、アリシアはそれを見て再び涙が込み上げてくる。

 しかし、今回は涙を堪えて微笑みながら自分の特等席であるアーノルドの向かいに腰掛けた。


「早く食べましょう、お父さん!」

「あぁ、そうだな。それじゃあ、全ての命と育みに感謝して……よし、いただこうか」

「はい!」


 両手を合わせて神に祈りを捧げると、二人は朝ご飯に手を伸ばした。

 パンは買ってきたものだが、皿に盛られたサラダと器に注がれているスープはアーノルドの手作りだ。

 アリシアはパンにサラダを挟んで口へと運び、満面の笑みを浮かべながら食事を勧めていく。


「とっても美味しいです、お父さん!」

「そ、そうか? それじゃあ、お父さんも……うん、美味いな!」


 スープを口に含めば、少しだけしょっぱいと感じたものの、これが我が家のスープの味だと懐かしさが込み上げてくる。


「……本当にどうしたんだ、アリシア?」

「……ううん、なんでもないの。さっきの怖い夢を思い出しちゃって」


 国が――ザナルウェイズ王国が滅ぶ未来が、本当に夢であればどれだけ良いかと、アリシアは内心で思ってしまう。

 聖女となり王都へ向かい、そこで聖女教育を受けて慣れない生活を何一〇年と繰り返し、国のためにと身を粉にして働いた結果、魔獣に食われて死んでいった未来など、夢であってほしいと思うのが当然だ。

 もしかすると本当に夢かもしれないと思いたくもなるが、そこはアリシア自身がダメだと否定する。


「そうか。……なーに、大丈夫さ! 怖い夢なんて、お父さんが斬り捨ててやるからな!」


 アーノルドはディラーナ村で自警団の隊長を任せられている。

 剣の腕は村一番であり、剛剣のアーノルドと自警団員から呼ばれていた。


「うふふ。そうだね、お父さんに斬ってもらうわ!」

「任せろ! ……あー、それとだな、アリシア」

「どうしたの?」


 アーノルドはやや困惑顔を浮かべながらアリシアに声を掛けた。

 どうしたのかと首を横にコテンと倒しているアリシアだったが、その仕草すらもアーノルドには違和感だった。


「なんというか……普段よりも、おしとやかになっていないか?」

「えっ? ……あ、あぁー! そ、そうかな? そんなことないと思うよ!」

「……そうだろうか?」

「そ、そうだよ! だって、お父さんに飛びついていったんだよ?」

「うーん……まあ、言われてみればそうか」


 あははと笑いながらアリシアは誤魔化した。

 アーノルドが違和感を覚えたのは、アリシアの話し方や態度だった。

 子供の頃のアリシアは活発でお転婆な性格をしており、それは行動にも現れている。

 先ほどのように首を横にコテンと倒したりはせず、『どうしたのよー!』と元気よく聞いてくるのが、本来のアリシアなのだ。


(し、しまったー! 聖女の頃の言葉遣いや態度でお父さんと接してたよー!)


 故に、アリシアの話し方や行動がアーノルドには全て普段の彼女とは違って見えていた。


「それにー……ゆ、夢がね!」

「夢?」

「そう! 夢が怖すぎて、ちょっとおしとやかになっちゃってたんだー! あは、あははー!」


 なかなかに無理な理由をつけて誤魔化してみたアリシアだったが、それをアーノルドは全面的に信じてしまった。


「……まあ、そういうこともあるか!」

「そ、そうだよ! もー、変なお父さんだなー!」

「いや、すまんな! さあ、改めて食べるとするか!」

「うんうん! それにお父さん、早く食べないと見回りに送れちゃうんじゃないの?」

「ん? もうそんな時間か?」


 アーノルドがそう口にしたところで、朝の八時を知らせる鐘が村全体に鳴り響いた。


「うおっ! す、すまん、アリシア! んぐっ、父さんは部屋に戻るな!」

「気にしないで! 早く飲み込んで、準備してきなよ」


 バタバタとリビングを出ていったアーノルドの背中を見送り、アリシアは玄関横の窓へ目を向ける。

 小高い丘の上に立てられた家、その玄関横の窓からはディラーナ村を一望することができる。

 ずっと帰って来たかった場所であり、一生を過ごす場所だとも子供の頃は思っていた。

 しかし、アリシアの未来はそうはならなかった。


「……あんな未来になんか、絶対にさせてなるものですか!」


 ザナルウェイズ王国が滅んでしまう未来を否定するために、アリシアは決意を込めてそう呟いた。



※次は15:03更新です!

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