鳥籠の島③

 本当に僕は運が悪いというか間が悪いというか。


 違うな。悪いのは酒癖さけぐせか。


 まさか宿の娘を押し倒してそのまま寝てしまうとは。


 小鳥ことりさんが笑って許してくれたからいいものの、完全にセクハラだ。


 それだけでも十分にアウトだというのに、事故とはいえ風呂に入ってきた小鳥さんの裸まで見てしまった。


 バレたら親父さんに何をされるか分かったものではない。


 小鳥さんが許してくれたとはいえ気が気ではなく、仕事はまったく集中できなかった。


 早ければ2日後には台風が過ぎ去る。そうすればもう関係はなくなる。


 飲みすぎが良くないってのはわかってるつもりだ。調子に乗って飲みすぎるからこうなるのだ。


 酒はひかえよう。そう心に決めた。その夜。


木梨きなしさんって童貞どうていなのかしら?」

「ぶっふぉ!!」

「うわっ汚い!」


 女将さんと住み込みの従業員さんまで参加してにぎやかさの増した酒盛りの最中に爆弾が投下される。


 投げ込んだのは女将さん。かなりのハイペースでグラスを空にし続けているのに顔色1つ変わらない化け物。


「どうなのかしら?」


 あでやかなほほ笑みで問いかけられて、ごくりと生唾なまつばを飲みこむ。まさかとは思うが、昨夜の事を知っているんじゃないだろうな。


「そんなことはありませんよ。経験くらいはあります」


 どうこたえるのが正解かわからないけれど、ここは素直に答えておく。


「ふーん?」


 何やら色々な思惑の含まれていそうな言い方だな。そう思ったのもつかの間。


「その割には据え膳食ったりしないのね。小鳥を抱いて寝てたのに」

「なななななな、は?えっ!?」

「なんだと!?」

「ちょっとお母さん!」


 やばいやばいやばい。


 何がやばいってこの場には小鳥さんの親父おやじさんもいる。


「どういうことか聞かせてもらおうか」


 ひょっとして死んだかな。これは。


 明らかに雰囲気ふんいきが変わりとてつもない圧力を感じる。


「酒の勢いってやつよ。ねぇ?」


 池のこいのごとく口をパクパクさせることしかできない僕を見て、心底しんそこ楽しそうに女将さんが言う。


「小鳥!!」

「うるさっ!」


 耳元で叫ばれた小鳥さんがうざったそうに耳を塞いだ。


「別にやましいことなんて無かったってば」

「ほんとか?本当にか?」

「本当だって……。もう、心配性だなぁ」

「年頃の娘が男と抱き合って寝ていたと聞いて黙っていられる父親なぞおらん!」


 いやー、まったくおっしゃる通りです。


「いや、お父さん。私、もう年頃っていうほど若くないから」


 これもまた、仰る通りです。


―ゴスッ


 急に小鳥さんから肘が飛んできて脇腹に突き刺さった。


「なにすんだよ……」

「なんか失礼なことを考えられた気がしましてー」


 エスパーかよ。


 言葉が途切れて微妙な空気が生まれる。下手に追究させるよりはいいが、なんともいたたまれない。


「童貞じゃないんですよね?」


 なんで掘り下げるんだよ。という意味を込めてジト目を送りながら肯定する。


「ふーん。じゃあチアキってのがそうなのね」

「ぶっふぉ!?」

「汚いなぁもう!」


 なんで知ってるんだ。え?話したっけ?いや話してないはず。あーでも昨日の記憶が曖昧あいまいなんだよなー。というかなんで今言うの、話終わらせればよかったじゃん。ここで追及なんてされたら―


「ほう?詳しく聞かせてもらおうか」


 あかん。俺、死んだ。


 この後、必死に元カノについて説明したのだけれど、中々にみじめな気分になった。


 あいつには結構尽くしてたつもりだったのに、ある日突然別れを告げられてそのままドロンだったからな……。


 結構、良い仲だったと思ってたのに。


「じゃあ、木梨さんは今はお独りなのねー」

「えぇ、まあ」

「らしいわよ。小鳥。よかったわね」

「え、なんで私!?」


 唐突に巻き込まれた小鳥さんがおどろいた様子で叫ぶ。まさに鳩が、じゃなくて小鳥が豆鉄砲まめでっぽうを食らったようだ。



 こんな調子で、この日は女将さんのペースに吞まれっぱなしな酒盛りになった。


 そして翌朝、頭の痛みを覚えながら目を覚ますと、隣には服を着てない小鳥さんの姿があった。


 いや、小鳥さんだけではない。僕もまた服を着ていなかった。そんな状態で同じ布団に入っていた。

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