積もりし雪が溶ける時⑪
人を好きになること。
簡単なようで、難しくて、例え好きになったとしても、その思いをどうしたらいいのか分からなくて。
いっそ既成事実を作ってしまえば良いのではないかと考えたけれど、やんわり断られてしまった。
私に魅力が足りないから?それともやっぱり私が子供だから……。
自分でもどうしてこんなに気持ちが膨れ上がっているのか理解していない。まだ出会って間もないし、顔がいいとかそういうわけでもない。でも、確かに気持ちが前に出て、彼を求める。
一緒に居ると安心して、胸のあたりが満たされるような感覚になる。
あの手の温もりが、優しさが心から離れない。またして欲しくてたまらない。
人を好きになるのに理由は要らないなんて言うけれど、その通りなのかも。
大学では今までに会ったことのないような様々な人との繋がりが生まれた。その中には石崎家のことを知らないような人も居る。
言い寄ってくるような男性も何人か居た。それでもずっと彼のことを考えている自分がいて、でも考えたってどうしようもなくって、でも考えちゃって。
気持ちが止められなくなっていた。
ぐるぐると回り続ける思考にため息が漏れる。
お父様に
本で読み、知っていたと思っていたけれど、本は結局のところ創作物であり、現実の恋とはまるで
物語の主人公は
「
「なに?」
「ひゃい!?」
「わっ!びっくりした!」
無意識のうちに声に出してしまっていたのか、急に返事が返ってきたせいでかなり驚いた。
多分、一瞬だけ浮いていたと思う。
「ななな、なんでもありません!」
「そう?」
あからさまに怪しい返事をしてしまったにも関わらず彼は何も気にしてなさそうにテレビに向き直った。
そもそも急に色々考える原因になったのはこのテレビ、正確には彼が見ている映画のせいだ。
恋愛要素があって主人公の男性にあれやこれやと手段を変えてアプローチをかけるヒロインが度々映る。
そのヒロインに感情移入しているうちに何か色々混ざってしまったのだ。そうだ。そんないつでもこんな悩んでるわけじゃない。
と、自分に言い訳をする。
今は戦いへ向かおうとする主人公にヒロインが抱きついてキスを強請っている。それを見てまた羨ましいと思ってしまう。
結局、ヤキモキした気持ちが貼れないまま映画は終了した。
立ち上がって大きな欠伸をする彼の裾を掴んで引っ張り下ろす。なんとなくまだ離れたくなくて。
「なに?どうしたの?」
「…………」
黙ったまま裾を掴む私の頭にポンと手が乗せられる。
「また撫でて欲しくなったのか?」
そうじゃないけど、でも撫でられるのは好きなので退かそうとは思わない。
「えっと……?」
尚も手をはなさないでいると彼は困惑した様子で顔を伺ってきた。
バクバク鳴る胸の鼓動を押さえつけるようにつばを飲み込み、意を決して彼と顔を向き合わせる。
映画のヒロインがやっていたように後数センチまで身体を近づけて、目を閉じる。
「美雪……さん……」
どれほど待ったのかわからない。一瞬なのか、それとも数分か。
いずれにせよ困ったような声と共に肩を掴まれて、そっと身体を離された。
「どうして……?やっぱり、私が子供だからですか?どうしても私を女としては見れないのですか……?」
「それは、その……」
「――っ!」
その瞬間、カッと頭に血が登ったような感覚で眼の前が真っ白になった。
気づいたときには駅まで走ってきていた。逃げたってどうにもならないのに。
煮え切らない態度の先に求めていない言葉があるような気がして。
何やってんだろう私。
駅前に植えられた桜の木にもたれかかって上を見上げると、見頃を迎えようとしている桜は満開とまではいかなくても鮮やかに咲き誇り、一部の花がひらひらと舞い降りてきている。
そんな満開になる前に散る花はとても儚く思えた。
視線を下ろして深い溜め息を吐く。
吐いた息は白くなることもなく、ただただ夜闇に消えた。衝動的に飛び出してしまったため何も持たず服も軽装だけど、もう凍えるほど寒くはない。
冬は終わった。暖かな風は春を運び街に活気を与えてくれている。
でも、私はまだ寒い冬に取り残されたままだ。
***
やってしまった。俺がはっきりと言葉にしないから。
美雪さんが走り去った事を理解できずに呆然としていた状態から回復した俺は携帯も持たずに美雪さんの後を追った。
どのみち彼女の携帯はテーブルに置きっぱなしになっていたため連絡はつかない。とにかく足で稼ぐしか無いだろう。
この辺りは住宅地と駅しか無い。居るとすれば駅の方角のはずだ。
はたして、彼女は居た。思いふけっている様子で駅前の桜にもたれかかって空を見上げていた。
思ったよりも早く見つけられたことに安心すると同時に新たな不安に駆られる。
どの面下げて彼女の前に立てば良いのだろうか。
気持ちにはとっくに気づいていたのに、ちゃんと向き合ってこなかった俺に今の彼女と会う資格があるのだろうか。
『他でもない 美雪が願ったことだから叶えてあげたい』
ふと先日の
『斎藤君には考えてもらいたい。美雪と向き合ってこの先どうするのかを』
俺の考え……。
「美雪さん」
「
「――ごめん」
申し訳無さそうに謝ろうとする美雪さんの言葉に被せるようにして頭を下げた。
彼女に謝らせてはいけない。彼女は何も悪くない。
「どうして、謝るのですか、雅幸さんは何も悪くありませんよ」
「悪いよ。はっきりとした態度を取らなかったせいで君を傷つけてしまった」
「そんなの……私が勝手に」
やっぱり俺が悪い。今だって美雪さんに悲しい思いをさせてしまっている。そうじゃない。俺の気持ちを、伝えなくちゃ。
嘘偽り無い本音を。
「美雪さん。俺は、君のことが好きだよ。1人の女性として、君を見ている」
「なら、なんでキスしてくれなかったんですか?」
今度はちゃんと伝えなきゃ。
「怖かったんだ」
「怖かった、のですか?」
「うん。美雪さんと過ごしている内に、いつの間にか好きになっていて、一緒に居ることに違和感がなくなって。ある日、仕事が終わって家に帰った時に美雪さんが出迎えてくれた時、とても幸せだった。できることならばずっと一緒に居たいと思えるほどに」
良い歳したおっさんが二十歳にも満たない女の子相手にこんな台詞、普通なら通報されたっておかしくない。それでも俺は続けた。
言葉にしなければ伝わるものも伝わらないから。
「幸せだからこそ、変化が怖かった。関係が壊れてしまいそうな気がして、今までと同じでは無くなる気がして」
言葉が途切れて間が空く。
彼女は
「……変化しちゃ、駄目なんですか?」
静かに、だけど確かに力のこもった声が届く。
「私は雅幸さんに好きだと言われて嬉しいです。一緒に居たいと言ってもらえて幸せです。だって私も雅幸さんのことが好きだから!」
眩しく思えるほどに真っ直ぐな気持ちが突き刺さる。
「俺は、美雪さんより一回りも上のおっさんだよ……?」
「それを言ったら私は雅幸さんより一回り下で、しかもちょっと優しくされただけで惚れちゃうようなちょろい小娘ですよ」
「俺だってちょっと一緒に住んで好意を向けられただけで惚れちゃうようなちょろいおっさんですよ」
「ふふふ」
「あはは」
なんだかおかしくなってお互いに顔を見合わせて笑った。
「これからも一緒にいてくださいね」
「こちらこそ」
ひとしきり笑った後、彼女は俺の数センチ前に立ち、俺の顔に腕を伸ばした。
そっと引き寄せられた唇が彼女の唇を重なる。柔らかい感触の後に、歯が当たるような感触がした。緊張して強く押し当てすぎているのだろう。
「ん…………、ぷは。何か、うまくできませんね……」
「こうやるんだよ」
彼女の顎を持ち、クイッと少し持ち上げてから自分の唇を押し付ける。
「む……手慣れていますね」
「まあ経験が無いわけじゃないからな」
「なんかズルいです」
不満そうに唇を尖らせているから、頭を撫でてやると満足そうな顔に
「……ほんとズルいです」
「大人はズルいもんだよ。ほら、帰ろう?」
手を差し出すと彼女は渋々といった様子で手を握った。
歳下相手に強がって見せているけれど、内心はかなり緊張していたし、異様に喉が乾いていた。
いくら経験があると言っても、慣れている訳じゃない。願わくば、この鼓動が美雪さんにバレないことを祈る。
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