積もりし雪が溶ける時⑩
『―明日は全国的に気温が上がり、春の陽気となるでしょう』
そう言っていたお天気キャスターの言葉通り、見事なまでの快晴。日差しも暖かい。しいて言えば風が多少冷たいけれど気になるほどじゃあない。
少なくとも、外で人を待っていても辛くならない気候だ。
デートだから外で待ち合わせがしたいとのことで、わざわざ家を出る時間をずらして俺だけ先に待ち合わせ場所に来ているのだが、やることがない。
いや、まあ考えるべきことはいくらでもあるのだけど。
例えばデートの事を
最近やたらと距離が近い美雪さんのことを恵介さんに話すべきか、とか。
俺も恋愛経験が無いわけじゃないし、社会人になるまでは3年位彼女が居たし、鈍感と言うわけではない。だからこそ美雪さんが好意を寄せてくれているらしい事はわかる。わかるけど、一回り以上の歳の差があるのだ。
しかも美雪さんは本当なら会うことすら難しい超が3つは付くほどのお金持ちのお嬢様。
どうしたら良いのか、まっっったくわからない。わかるのは手を出したら死ぬということだけだ。
「
「それは違うぞ
「うーん、確かに雲がある、のかなぁ?」
あそこで空を指さしてるカップルみたいに歳が近ければ変わったのだろうか。なんて流石に余念がすぎるか。
奇妙な縁で一緒に住んでいるとは言え、彼女はまだ子供。そう自分に思い込ませた。
例え、どんなに美雪さんが魅力的だったとしても、いい年したおっさんが未成年にうつつを抜かしていたら、あっという間に刑務所行きだ。
そんな考えが浮かんでいる時点で、心が惹かれている事にまだ俺は気づいていない。
「まーさーゆーきーさん♪」
「うわぉ!?」
突然、背後から声がかかると同時に腕を引かれて情けない声が漏れた。
「なんですかその反応。可愛すぎますね」
「可愛くないから……」
腕を取ったまま上目で顔を覗く美雪さんが楽しそうにいたずらな表情を浮かべてから、頭を差し出してくる。これは頭をなでてほしいという彼女なりのおねだりだ。
こんなおっさんよりも彼女のほうがよっぽど可愛いのに。そう思いながら手をポンと乗せてあげると、満足そうに目を細めた。
試験が終わった後くらいに頼まれてから気づけばしょっちゅうおねだりされているのだけど、年頃の女の子って異性に触られるのを嫌がるもんじゃないんですかね……。
「じゃあ行きましょう!」
元気いっぱいな彼女に手を引かれてデートが始まった。
デートコースなどが決まっているわけではなく、美雪さんが“やってみたかった”ことをやっていくことが今回の目的。
映画を見たり、カラオケしたり、ボーリングしたり、ゲームセンターで遊んだり、カフェでお茶したり、アパレルショップを巡ったり。
とにかく目まぐるしくあちこちを回った。
そのどれもを楽しんでいるがとても輝いて見えて、少し愛おしくも思えた。
個人的にはUFOキャッチャーで「ズルいです!こんなの取れっこないじゃないですか!」と叫びながらもコインを投入して何度も挑戦する姿がとても可愛かった。
「はー……。楽しかったですねー……」
丸一日遊び歩いて多少は疲れたのか、昼間よりはトーンの落ちた声が耳に届く。
その腕にはゲームセンターで手に入れた大きなぬいぐるみが抱きかかえられている。何度も連コインして彼女が自身の力で手に入れたものだ。いくら使ったのかについては忘れたほうが良いかもしれない。
「じゃあ帰ろうか」
「……」
「どうしたの?」
彼女は立ち止まって、黙ったまま俺の服の
先程までの元気はどこへやら、急にしおらしくなった彼女は一言も喋らずに、ただ腕を引いて歩いた。
駅とは反対側、暗くなった空とは対象的に明るく照らされた建物が並ぶ通り道。できれば美雪さんを連れて歩きたくはないそんな道にたどり着いた。
「あの、美雪さん……?」
流石にここまでくればどこに行こうとしているかはわかる。
「一緒に、入ってくれませんか?」
いや、これは、流石に……。
ここは道の脇に何件もの宿泊施設が並ぶ場所。はっきり言うとラブホ街。
「大人のデートの最後はこういった所に来ると、その、本で読んだので……」
とんでもねえ本だな!
「そんなに私は魅力がありませんか?」
魅力があるからこそ、困る。どう否定したものか。据え膳食わぬはとは言うけれど、違う。彼女は俺みたいなおっさんが釣り合う相手じゃない。本来ならば住む世界が違うのだから。
手を震わせて答えを待つ彼女の頭をそっと撫でる。
「やっぱり、雅幸さんにとって私は子供にしか見えないのですか……?」
「そんなことはないよ」
「なら!」
黙って首を振ると諦めたような声で「わかりました」と聴こえた。
「気を使わせちゃってごめんなさい。帰りましょうか」
「と言うことがありましてね」
「うん。それを聞かされて僕はどうすればいいんだろうね」
初めて入る高級そうなラウンジバーに気後れしながらも先日のデートについて説明すると、恵介さんは高そうなお酒を一気に
「確かに親として手を出したら殺すとは言っていたけど、それは男としてどうなんだ?ええ?」
「いや、まあ、それは」
「うちの美雪じゃ不満だってのか?」
「そりゃ美雪さんは素敵ですけど……そういう問だ――」
「――んだと!この意気地なし!」
「えー……。じゃあ手を出しても良いんですか?」
「美雪に手を出したら殺す」
どないせえっちゅーねん!思わずエセ関西弁で突っ込んでしまう。
酔っ払いなんてそんなもんかもしれないけれど、面倒なもんは面倒だ。
ぐちぐちと男たるものなどを語り始めた恵介さんの話を半分聞き流しながら適当に返事をしていたら、
「……なんで僕が君との同棲を認めたのかわかってる?」
お酒が回っているのか、座った目で俺を睨んでそう聞いてきた。
「知らない場所に行かれるよりは、俺の所に居たほうが安心できるからとか言ってませんでしたっけ?」
「んなわけ無いでしょ。そんなの建前に決まってんじゃん」
「じゃあなんで」
「『好きな人が出来た。その人と一緒に居たい』と願われたからだよ」
「……酔ってます?」
「酔ってるけど冗談とかじゃないからな。実際に美雪から言われてんだから」
「いや、だって……」
たった1日泊めさせただけ、好かれる要素なんて無いはずだ。よしんばそうだとしても、そんなものはたまたま助けられたことによる一過性の感情。
そのはずだ。そうでなければおかしい。
「言っておくが、始めからそうって訳じゃないぞ。花嫁修業だなんだとか理由つけられていたよ。妻と僕のことで家族間がギクシャクしていて居心地悪そうにしてたのは知ってたから、一時的にならって渋々許可したんだ。一緒にいたいから家に帰りたくないって言われたのは最近だよ」
「美雪さんがそんなことを……」
「本音としては君みたいなおっさんに渡したくはないんだけどね」
「あはは……」
一回りは歳上の相手におっさん呼ばわりされたくないが、もし自分が逆の立場でも同じことを言う気がして何も答えられない。
「ただ……」
「ただ?」
「……他でもない 美雪が願ったことだから、僕としてはなるべく叶えてあげたいんだ。だから、斎藤君には考えてもらいたい。美雪と向き合ってこの先どうするのかを、ね」
言葉を溜めるように、時間を書けて開かれた重い口から出てきた言葉を言い終えると、彼はぐいっとグラスを
その状態で美雪さんの名前を読んだり、幼い頃の思い出などをブツブツと語り出した。
頭では割り切れても心で割り切れていないのだろう。
俺も、恵介さんの話にどうしたら良いのかわからず、半ば上の空になりながらグラスを傾けた。
その後のことはよく覚えていない。気づいたときには自分のベッドで美雪さんに起こされていた。
顔を洗いながら二日酔いで痛む頭で何とか昨日のことを思い出す。
「美雪さんと向き合え、かぁ」
一度、お互いの気持ちを確認しあったほうがいいのかもしれない。
まあ、でも、それは。
……酒が残ってない時だな。
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