積もりし雪が溶ける時③
後先を考えずに家にあげてしまった事を俺は後悔していた。と言うのも、彼女は未成年だと思うから。
化粧はしていたが、顔つきにあどけなさがあるし、警察に電話しないでほしいと言うのも、未成年だとすれば
後、これは勘だけど
机を挟んだ向かいで椅子にちょこんと座り、紅茶を飲む彼女を見てそんなことを考えていた。
コンビニで買った弁当を食べながら、彼女にどうして
雪が降っているのに肩出しのドレスで外に居たし、ただの家出娘って訳では無いだろう。多分、良いとこのお嬢様か何かと見た。
何か食べるか聞いたけれど、お腹は空いてないと答えたし、どっかのパーティー会場から抜け出してきたとか、そんな感じだと思う。
本当に未成年だとしたらヤバイんだろうなぁ。
そう思いつつも、怖くて歳を聞くことはできなかった。疑惑のままで居たほうが言い訳ができそうだと考えたのもある。
自分だけご飯を食べることに若干の忍びなさを感じながら、手早く食事を終えて、ゴミと食器を片付けてから自分の分のコーヒーを淹れる。再び席に付いて彼女と向き合った。
「そういえば、まだ名乗ってなかったよね。俺は
「えっと……」
言いよどむ彼女に「嫌だったら答えなくても良い」と伝えると、彼女は目を伏せながら「
「美雪さんだね。……えーっと」
名前を聞いたものの、そこから何を話せば良いのかが解らない。聞きたいことは既に聞いてみたし。答えてくれなかったけど。
会話が
「あー、その。美雪さんがこれからどうするつもりなのかは知らないけれど、今日の所は泊まっていくでしょ?」
とっくに
「悪いんだけど、うちにお客様用の布団とか無いから、俺の布団使ってもらって良い?俺はソファで寝るからさ」
「え」
「おっさんが使ってる布団が嫌なら、ソファになっちゃうけど……」
そうだよな。年頃の女の子が俺みたいなおっさんの布団を使いたがるはずないよな。
そう思ったのだが、どうやら違うらしく、彼女は「そうではなくて」と手を前で振った。
「その、嫌とかではなくて、1つしか無い布団を私なんかのために……」
彼女の反応を見て「あーそゆことね」と思った。彼女は1つしかない布団を使わせてもらうのが忍びないのだろう。
「気にしないでいいよ。いつもテレビで映画見て、そのままソファで寝ること多いから」
「えと、そういうことなら、その、ありがとうございます?」
微妙に納得してなさそうな言い方ながらも彼女は軽く頭を下げた。
それから寝室に案内して、寝室のエアコンの使い方を伝えてからリビングに戻ってきた。
映画を1本くらい見ようか悩んでいる時に、漏れ出た
若い頃は疲れていても朝まで映画みたりして過ごせたのだが、最近は疲れに負けて寝るか、見ている途中に寝落ちしてしまうか。
どうしたって寄る年波には勝てない。
毛布を被って横になると、ただでさえ感じていた眠気が強まり、そのまま
***
慣れない他人の匂いが染み付いた布団に
しばらく目を閉じたままじっとしていたが、眠れずに目を開く。確かに眠気はあるはずなのに、眠れない。
開いた瞳に写るのは見慣れない天井。家具、壁。
今の私にあるのは
斉藤と名乗った彼のことはよくわからない。優しい人、だとは思う。でも解らない。どうして何も求めてこないのか。
私の
やっぱり、解らない。
ベッドを使って良いと言われた時は、やっぱり身体が目当てなんじゃないかと思ったが、彼はすぐに『ソファで寝る』と言った。それでも寝ている間に部屋に入ってきたりすることも考えられたが、先程、トイレを使わせてもらうために一言断ろうとリビングを覗いたら、部屋の電気は消えていて、戸を開くと寝息が聞こえてきた。
ひとまず襲われることがなさそうで安心するけれど、同時に少しだけ納得がいかなかった。そんなに魅力のない女に見えたのだろうか。
そんな余念が浮かんだことに苦笑する。
いっそ彼に身を売るのもありかもしれない。
馬鹿なことを考えてないで寝よう。明日は午前授業が――
…………。
私は一体何を。こんな状況で学校に行けると思っていたのか。
お母様から逃げた私が。
一度、湧き出てきた不安はあっという間に意識を支配して、怖くてたまらなくなる。その不安を押し殺すように身体を丸めて朝まで過ごした。
気づくと窓から朝日が差し込んでいたが、眠れたのかどうかはよくわからない。
寝不足特有の重たい身体を起こして、廊下に出るタイミングとトイレから斉藤さんが出てくるタイミングが重なる。
「おっと、もしかして待ってたかな」
首を振って否定する。
「えっと、よく眠れた?」
首を振って否定する。
「あー、その。朝ごはん食べるでしょ。今用意するから」
話題に困った様子の彼がそう言ってリビングの方へ消えていった。
流石に素っ気なさ過ぎただろうか、仮にも彼は恩人だ。もっとちゃんと対応するべきだろう。とはいえ、どう接したら良いのかは解らない。
家柄や身分の関係ない相手と、付き合いを持ったことが無い私には、ああいった場合に答えるべき言葉が出てこなかった。
お母様に言われた通りに関係を
なんか、朝から嫌な気分。私ってお母様が居ないと何も出来ないのね。
心のなかでそっと独り言つ。
顔でも洗って気分を仕切り直そうとしたが、タオルがない。そう思った矢先。
「あ、やっぱり」
斉藤さんが現れて、タオルを差し出してくる。
「トイレじゃないなら、顔でも洗うんじゃないかと思ってね。タオル、使うでしょ?」
「えと、ありがとうございます……」
「タオルは使い終わったらそこの洗濯機に放り込んでおいて」
遠慮がちに受け取ると、彼は微笑んでから、またリビングの方へ去っていった。
少しだけ受け取ったタオルに目を落としてから、タオルを脇において顔を洗う。
冷たい水が、眠気の残る頭をスッと晴れやかに覚ました。
目を閉じたままタオルを手に取り、顔を拭く。
「…………」
お布団と同じ香りがする。
―スンスン
顔をタオルに押し付けて匂いを嗅ぐ。慣れない匂いだけど、不思議と落ち着くこの匂いは嫌いじゃない。
「―――!」
私は一体何を。こんな変態みたいなこと。
恥ずかしくなって、タオルを洗濯機にそっと入れる。
鏡を見ると顔が赤くなっていて、しばらくは彼の前に出られそうになかった。
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