四季物語

通里 恭也

ブルースカイ

ブルースカイ①

 独白


 いつの間にここまで来たのだろう。

 気づかないうちにここまで歩いてきたけれど、もう後も先も判らなくなっていた。

 今まで何を積み重ねてきたのか、これから何が出来るのか、自分には何もわからない。

 きっとこれからも気づかないまま歩いていくのだろう。道が終わる。その時まで。


***



 その日は見事なまでの冬晴れで、見上げた空はどこまでも見渡せるほど青く、高く澄んでいた。すべてを包み込むブルースカイ。俺はこの青が嫌いだ。

 どこにも隠れるところが無い剥き出しの青。沈み込み浮き上がることのない。絶望と同じ色。

 高く遠い空は落ちてしまえば終わりがなさそうでとても怖い。

 昔はあんなに空に憧れていたはずなのに。

 鳥のように自由で綺麗な広い大空、少なくとも昔はそう見えていたんだ。

 今はただ、押しつぶされるような気がする青は嫌い。

「なーに黄昏れてるのよ」

 もし彼女が居ればそう言ったことだろう。

 彼女はいつだって明るくて青空のように爽やかな人だった。

 いつだったか彼女は俺に向かってこう言った。

「そんな湿気た顔してどうすんのよ。見てみな。空はこーんなにも晴れてるのよ」

 そう言いながら太陽のように眩しい笑顔を向ける。

 彼女は家が隣ということもあり、幼い頃からよく一緒に居た。俗に言う幼馴染という存在だ。

 俺は彼女のことが好きだった。でも、丁度よい距離感の心地よさから抜け出す事の不安から思いを伝えることは最後まで無かった。

 俺は馬鹿だから、彼女が死ぬまで伝えることが出来なかったんだ。

 彼女は生まれつき心臓に病気を患っていた。と言っても詳しい病名までは知らない。知っているのは身体が大きくなるにつれて進行していく病気だってことだけ。

 少なくとも中学まではまだ元気だった。中学3年生コロから次第に体を崩すようになり、高校2年の冬にいよいよ入院生活が始まった。

 そして1年後、彼女はぽっくり逝っちまった。

 あっけなく。何も出来ない俺を天が嘲笑うが如く。

 俺はそれから何も出来なかった己を悔やんだ。それ以来だ。あんなに憧れていた空が途端に得体のしれないもののように感じて怖くなったのは。

 生前、彼女は窓の外を見ながら溜息をついているのをよく見た。外が、あの空が何よりも好きだった彼女にとって何もない病室というのは退屈で仕方ないと言って。

 鳥のように空を自由に飛びたい。それが彼女の夢だった。

 何からの支えもない空なんて怖いじゃないか。と言ったことがある。すると彼女は支えはないかもしれないけれど、しがらみだって無いでしょ。だから空は自由なんだ。とまた楽しそうに笑っていたのを覚えている。

 とんだ屁理屈だが、無邪気に笑う彼女に釣られ、俺も笑った。

 だが、そんな笑顔で空に思いを馳せ、手を伸ばしても届くことはなく、自由を求めた腕は地に落ちた。

 太陽を目指して空を飛んだイカロスの様に。

 空を目指す者の宿命のように。

 彼女は死ぬ間際に、俺に向かって空を見てほしいと言った。深くは語らなかったが、きっと彼女は俺に思いを託したかったのだろう。

 だから俺は今日も空を見る。

 天気屋、なんて言葉があるように空は感情が豊かだ。まるで彼女の様に。

 曇りの日は好きだ。雨の日は落ち着く。でもやっぱり青空だけはどうしても好きになれない。彼女が病室から見ていた空を、幼き頃、共に見上げたあの空を思い出すから。

 だから、俺は空の青が嫌いだ。

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