異星人3分コミュニケーション

@felm2684

3か月と3分間

 3分間。

「人間が全力の90%以上の力を発揮しながら動き続けられる時間は、おおむね最大で3分間です」あのクソったれアンドロイドがいつかそう言っていたのを思い出した。

 最後に、そのクソッタレが救難艇の発着場で体を真っ二つにされたのを見たのも、もう3ヶ月も前の話だ。あいつはまだ生きているだろうか。


 端的に言ってしまえば、ちっとも状況は良くならなかった。

 キャップから、宇宙を漂流していたどこかの船から緊急性Lv.3型のSOS信号を拾ったから手伝えと言われたときに、言いようのない不安を感じたのは確かだ。それでもまさか、こんなことが起きるなんて微塵も想像できなかった。

 漂流していた宇宙船は資源採掘用のオンボロで、だだっ広い船内の割に、乗客は一人しかいなかった。その一人の乗客がとんでもない異常なやつだった。

 顔面にカニみたいな妙な生物が張り付いていた。乗客のバイタルは正常ちょっと下ぐらいなもんだが、2日経っても目を覚まさない。いや、カニみたいなものが顔面いっぱいに貼り付いたから、目が覚めてるのかどうか見えはしなかったが。そいつは、助け出されたっきり寝たきりの状態なもんで、こっちの船医はわけがわからんとお手上げだった。

 珍客を収容して、近場の公安管理星系に進路を変えてからきっちり3ヶ月後。ヤツが生まれた。

 第一発見者というか、その瞬間を最初に目撃したのは船医だが、医療ブロックから目をひん剥いて飛び出してきた船医を見て何事かと覗き込んだのが俺だから、その一部始終を見届けたのは俺しかいない。

 あの乗客が花開いていた。

 最初にそう思ったのだから、そう言わせてもらう。

 人間の内側から放射状に皮膚を切り裂き、どう考えても宿主の体積よりも大きな9本の手足を広げ、ヤツは産声をあげた。

 俺たちは恐怖した。それでも誰かが手近なものを武器にしてヤツに立ち向かった。皆ヤツに撲殺された。

 俺は。

 俺は救難艇に逃げ込んだ。あのアンドロイドが俺をハッチに押し込んだ。俺に何かを叫んで、腹をヤツに食い破られても射出ボタンにしがみついていた。ロボットは人間を助けて当然なのか?最後まで腹の立つやつだった。

 けれども、ちっとも状況は良くならなかった。

 操縦席の下にあの船医が寝そべっていた。

 カニみたいな、ヤツの寄生体を貼り付けていた。

 近くの星系まで3ヶ月以上。救難艇に強力な兵器なんぞは積んでいない。ヤツが生まれれば俺は鏖殺される。


 それから3ヶ月間、俺の人生の中で最も濃密な時間を過ごした。

 はじめの一週間は絶望し、次の一週間は放心状態だった。何とか端材で刃物をつくり、宿主となった船医を殺そうとしてみた。何度切りつけてもみるみるうちに傷が塞がり皮膚が硬化し始めた。抵抗なんぞお見通しと言わんばかりに。それが三週間目。

 四週間目は自暴自棄になった。船内を暴れまわり、自作のナイフで自傷を繰り返し生にしがみついた。

 そうして一ヶ月が終わる頃、俺は一つの希望を得た。

 漂流中の退屈しのぎのためか、映画が一本ライブラリに記録されていた。

 古い映画。なぜそれを見る気になったのか分からない。けれども見始めてからは瞬きも忘れて没入した。

 アメリカの学校でいじめられていた少年が、近所の老人から格闘技を教わっていた。なんの訓練か分からない仕事をさせられたり、老人から奇妙な姿勢を保つように強制させられていた。けれども全ては映画の終盤に結びつき、一つの形を成した。

 重量を感じられるが、流れるような動作。

 効率的であるが汎用的で、無限の組み合わせを秘めた技の数々。

 そしてそれを実現する彫刻のような身体。

 振るわれる暴力を受け止め、いなし、最小限でいて致命的な打撃を与える所作。

 何よりも美しさを感じた。人間の体一つでこんなことが行えるなんて。

 映画が終わってから数時間、俺はただただ涙した。

 体術を習得した少年に何か懐かしさを感じていた。その表情と眼差しをどこかで見た気がした。

 船の中でヤツに立ち向かった仲間たちは、どんな顔をしていた?

 絶望を受け止め、目に光を宿し、自信に満ちたような、それとも他者を愛しむような、その少年にそっくりだった。

 俺は。

 俺はいつ立ち向かうんだ?

 あいつは、あのアンドロイドは叫んでいた。

 いつか、また会おう。

 そうだ、お前の言うとおりだよ。

 死んでしまうなんて、いつかはみんな結局同じ結果にたどり着くじゃないか。今さら何かわめいて見せても変わらないじゃないか。

 行き着く先が同じなら、できることをやるだけだ。

 いつか、また合うときのために、土産話にでもしてやろう。


 一ヶ月と一週間目、百回以上も映画を再生しながら訓練メニューを書き出した。セリフを空で言えるようになった。

 一ヶ月と二週間、基礎運動と柔軟を繰り返した。

 一ヶ月と三週間、映画の中の訓練動作を全て真似することから始めた。1日という時間の区切りは無くなった。栄養を補給し、身体が休息を求めるまで鍛錬し、少し眠る。

 一ヶ月と四週間、全ての訓練の意味を考えた。何を実現させ、何を積み重ね、何を排除したいのか。身体は痩せ細り、動作に身体の重量を感じなくなった。心配はなかった。全て映画でみたとおりだった。

 二ヶ月と一週間、全ての所作を加速させた。より速くより速くより速くより速くより速く。結果的に次の休息までに行える訓練の数が増えた。到達まであと少しだった。けれども何かが足りない気がした。

 二ヶ月と二週間、ヤツの事を考え始めた。身体の大きさ、動き方、反応の仕方。記憶を頼りに想像の訓練相手を構築した。拳を打ち込むたび、ヤツの喜怒哀楽まで感じられるようになった。体は太く膨らみ、所作に重みを増した。接種した栄養よりも体重増加の方が多い気がした。あいつと同じだ。

 二ヶ月と三週間、想像上のヤツと対話し始めた。迫る拳に何を想う?打撃を躱されたらどう考える?俺という人間と暴力を交わすことはお前の生命にとってどんな意味がある?

 二ヶ月と四週間、ようやく分かった気がした。俺とお前が対峙したとき、俺はお前に何を与えてやれるのか。

 一つの技を編み出した。映画の中にも登場しない。俺の全てをかけてできること。

 3分間の連続打撃。お前の体の構造上、受け止め難く、躱しにくく、次の打撃に対処できない組み合わせ。30を超えるパターンにしてまとめ上げた。

 結局のところ、体格差は覆し難い。お前から良いパンチを2~3貰えば、俺は致命的なダメージを受け取る。

 だから、そうなってしまう前に、俺の全てを与えてしまおう。全身全霊、これまでの3ヶ月の時間と、死んでいった仲間から学んだもの。全てを。

 そうして功夫(クンフー)は成った。


 三ヶ月と一日目、未だに毛色のいいあの船医の体から、コツコツと音がする。まるで卵の殻を叩くような。誕生の瞬間までのカウントダウン、そのスネアドラム。

 今日は朝から気分もいいし、体も絶好調だ。

 柔軟と栄養補給は済ませたし、イメージトレーニングも10回はこなした。準備運動ももうすぐ終わる。

 昨日改めて見た映画の最後、老人が少年を送り出すときの言葉。

「グッドラック」

 そしてあいつの言葉。

「いつか、また会おう」

 操縦席からの音が変わる。湿り気と何かが軋む音。

 待ってたぜ。よく来たな。歓迎するぜ相棒。

 咆哮が、産声が、ファンファーレが鳴り響く。

 3ヶ月が終わり、3分間が始まった。

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