第9話 病的兆候

 誰も彼も、伝統も伝説も重んじない獣ばかりだ。

 アレンはまだマシだと思っていたのに……。


 

 裏切られたという感覚が心を離さない。

 それは身体中を巡る熱となり、聖槌に行き渡る魔力となる。


 全身がドス黒く見えるほどのオーラに包まれたミレー。

 その動きを目視するのはジークリンデでも難しかった。


「これほどの動きを見せてくれるなんて、うれしいよ戦乙女」


「黙れ!!」


 対する黒竜は依然徒手空拳による体術。

 超速の拳と足が聖槌をいなしている。


(このまま舐められてたまるものですか!)


 ミレーの魔術攻撃により、現場の被害はさらに著しいものになる。

 もはや加減もへったくれもなかった。


 詠唱があまりにも速すぎて次の攻撃へのラグがほとんどない。

 無詠唱魔術を連続で撃ち込んでいるような勢いだった。


「フハハハハハハハハハハハハハハハハ! 面白い。いやはや、まさかここまで強くなるとは思わなかったよ! では、ワタシも君に敬意を評して……」


 黒竜の動きに変化が表れる。

 体術により豪快さが生まれているのだ。


「これはまさかッ!」


「君の聖槌捌き……参考になったよ」


 ミレーがここまで見せた聖槌術。

 その術理を己の動きに組み込んだ豪快な攻撃を見せる。


「そぉら!!」


「ぐはぁあああ!! まさか、私以上の……速度と威力を」


「やはり人間の力は、人間の可能性は素晴らしいね。身を以て体感してるよ」


 信じられないというような顔でミレーは無邪気に笑う黒竜を見るしかなかった。

 戦闘中に成長しているその姿に圧倒的な脅威を感じる。


 一見隙だらけの大振り攻撃にこそ見えるが、その勢いとすさまじい衝撃波でカバーしていた。

 さらには横払い、叩き割り、圧し潰しなどそれぞれの型を、体術で再現している。


 鋼と鋼がぶつかり合う。

 最早飛び散る火花でさえもふたりにはスローモーションに見えるほどの速度。


「私は……私には戦乙女としての責務があるッ!! ここで証明してやるッ! 星雲の戦乙女ミレー、ここにありと!」


「美しい……絶望にのまれながらもなお輝こうとする君の魂。そうだこれだ……100年前に見たあの輝き。遥かに劣るものだが、それと同質の輝きと言える。やっと出会えた!」


「なにを戯言ざれごとを!」


「戯言ではないさ! ワタシはかつて、人間の力、人間の可能性というものを侮っていた。ワタシ以外は有象無象であり、ただ破壊さえできればそれで良かったと。そんなワタシに立ちはだかったのが、かつての戦乙女だ」


「なんですって!」


 ナンバーワンにしてオンリーワンたる存在のことを聞いてミレーは思わず距離を開けて身構える。


「今のワタシは以前と比べて遥かに衰えている。しかしだからこそ見えてくるものがある。……力を取り戻したい。だがそれと同じくらいに、人間の可能性を信じたいのさ。そのすさまじいパワーを自分のモノにしてみたいんだよ。そうすれば、また強い奴が現れたとしても、同じパワーを用いることで対抗できる。そう考えているのさ」


 黒竜は興奮からか自らの思いを盛大に吐露する。

 それは喜び、羨望、期待、そして祝福。


 太陽のような感情が入り混じり、声色を高くさせる。

 耳の奥にも通るような、そんなはっきりとした思惑だった。


 黒竜フェブリスへの懐疑的な視線はミレーの瞳から消える。

 詐欺師の口調ではない、役者の演技でもない、狂人の妄想でもない。


 その尋常ではない気配を、戦乙女の感覚が察知したのだ。

 

「人間の可能性……愚かな。アナタ如きに扱えるものではない」


「そうかな? 現にワタシは君の強さを吸収している。魂を喰らえられればなお良いんだがね」


 人外らしい捕食者の視点だ。

 それと同時に人間らしい向上心まで見せている。


「ここで君を殺せば、周辺諸国にいる星雲の戦乙女が黙ってはいないだろう。同時に、ワタシと戦いたがる使い手たちも現れる。人間だけでなく、魔物ですらもだ。素晴らしいと思わないかね? 大勢の者たちの献身……それがワタシをさらなる次元へと高めてくれる」


「献身ですって? 殺して喰らうこと。そのせいで犠牲になる者たちの命を、献身と嘲笑うと言うの!?」


「とんでもない。敬意だよ。地上すべての命がワタシを支えてくれるのだ。本来のパワーを取り戻した暁には、苦しまず一瞬で世界を破壊してあげようと思っているのだから」


 黒竜が拳を握りしめた直後、彼の姿は一瞬にして消える。

 ミレーが気配を感知したときには、左側から黒竜の掌が間近に迫っていた。


 回避する間もなく、その手に掴まれ持ち上げられる。

 その拍子に聖槌を落とし、振りほどこうとするも抵抗はまるで意味がなかった。


「あぐ、がぁああ……ッ!」

 

「あぁ! ミ、ミレー様ぁ!」


「ダメよアレン! 殺されてしまう!」


 駆けつけようとするアレンを制止する女騎士。

 苦しまぎれに伸ばされるミレーの手を、アレンは苦々しく見るしかなかった。


「誰……か……」


 ミレーのかすかな救援の声。

 だが手を差し伸べてくれる者などこの国にはいない。


 わかっていても、心がそれを求めていた。

 この期に及んで、今さらかと言われても仕方がない。


 届くことない手を必死に伸ばそうと力を入れる。


「命乞いなどやめたまえ。戦乙女である君には似合わないよ?」


「ぅ、ぐ……」


「かつての彼女は、そんなことすらしなかった。ワタシを倒すためにありとあらゆる手段を使ったものだ。君はなにもしないのかい?」


 ミレーは答えなかった。

 黒竜ではなく、周囲の人間を見ていた。


「そうかい。ちょっと傷ついたかな。今の時代の星雲の戦乙女がどれほどのものだったのか楽しみだったんだが、期待外れだったね。さようならだ戦乙女ミレー。ワタシの糧になってくれ」


 次の瞬間、黒竜の拳がミレーの身体を貫通した。

 引っこ抜くと彼女は仰け反りながら噴血する。


 しばらく返り血を浴びる黒竜はとろけるような吐息を漏らしたあと、無惨な姿になったミレーを離した。

 上質な魂を自身の肉体に取り込んだことである程度の機嫌は取り戻したようだ。


「黒竜様。戦乙女討伐、おめでとうございます」


「うん、ありがとうリンデ君。君もよく頑張ってくれたね。……さて」


 黒竜は怯える国王たちのほうを振り向く。

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