第8話 人との違い
「はぁぁぁああああ!!」
「フッハッハッハッハッ! これはこれは手厳しい」
ミレーが操るは巨大な
華奢な見た目からは想像できないほどの豪快な攻撃を、黒竜は楽し気にいなし続ける。
「さすがは戦乙女、パワーとスピードは普通とは桁違いだ。素晴らしい。称賛に値するよ」
「くっ、私のハンマーを片手で……ッ!」
ここまで黒竜はミレーにペースを合わせていた。
彼女の実力を測っているようで、動きにまだ余裕がある。
「敬意を表して、こちらも少しパワーを上げよう。ついてきたまえ!」
拳と足の卓越した技で振るわれるハンマーを何度も打ち返していった。
あえてダメージを与えないような振る舞いをしている。
「この……こちらの攻撃を弾くばかりで私には一撃も与えず……なにを考えているのですか!」
「おや、お気に召さなかったかな? これでも頑張っているんだけどねぇ」
(こ……コイツ……ッ!)
攻撃がやりにくくなり、かわりに歯軋りが強くなる。
あらゆる戦法が通用しないことに焦りを感じていた。
(このままじゃダメ。この王都を守れない。民や王に示しがつかないッ!)
「ん~? 少しペースが落ちてきたねぇ。ん~。ちょっとガッカリしたかなぁ」
「なん、ですって?」
「かの戦乙女の後継者がどれほどのパワーを秘めているのかちょっと気になっていたんだが……今のワタシにてこずっているようじゃあねぇ。あんまり長引いちゃうと、王様たちにご迷惑がかかるんじゃあないかな? 時間大丈夫かい?」
口調とは裏腹に言葉のひとつひとつに侮蔑の意がこめられている。
こちらの心を揺さぶる作戦だと、ミレーは必死にこらえようとしたが、焦りが加速し声を荒げてしまった。
「お黙りなさいッ! まだ私は負けていません! 私は星雲の戦乙女ミレー、この名に懸けて必ずこの王都を守りますッ!」
「そうか。それを聞いて安心した。では来たまえ。実際ワタシも、これ以上時間はかけたくはないからね」
一方、ジークリンデは別の相手と戦うことになっていた。
元聖騎士のアレンだ。
王の命令により、自慢の刃を取ったのだが。
「くそ、なんてすばしっこい……!!」
アレンの大剣をスルリと躱す。
さながらベリーダンスのように艶かしく、かといってその斬撃に微塵の慈悲もない。
肉薄を許せばたちまち傷を入れられることに、アレンの表情に焦りが見え始めた。
「すっとろいですね。それでは私は倒せませんよ?」
「ダークエルフ……しかも、女か」
「あら、ダークエルフの女を見るのは初めてですか? 美しいでしょう。自分で言うのもなんですが、顔や身体には自信あるんです」
「なっ!」
一気に肉薄されてたじろくアレンに対し、攻撃をやめて蠱惑的な顔を近づけるジークリンデ。
先ほどからアレンの視線が自分の身体を爪先から顔のほうまで見ていたので、より近づいてみれば、その反応はさらに顕著なものに。
「こ、この悪魔め! 俺を惑わそうとしても無駄だ!」
「あら、残念。でもさっきより太刀筋が鈍ってますね。どうしました? ずいぶんと顔を赤らめてらっしゃる」
「うるさい!」
ふと、彼が時折、ほんの一瞬だがミレーのほうに視線をやっていることに気がついた。
「あ~……戦乙女が気になるようですね。それもものすごく」
「な、なにを……」
「この強さからして、なるほど、アナタ聖騎士かなにかですね。いや、だったというべきか」
図星をつかれたようで、さらに狼狽するアレンにジークリンデはかまわず精神攻撃をしかけていく。
「なんでやめたんですか~? こんなに強いのにもったいない。あの人のことが嫌になっちゃったとか?」
「黙れ! 彼女は高潔な人間だ。私とは違う!」
「ふぅん、後ろめたさがあったわけですねぇ。どうします? このままだとあの人殺されますよ? 助けに行くなら今のうちですよぉ。させませんけど」
実際ミレーは劣勢に立たされており、回復が追い付いていない。
星雲の戦乙女にはいくつもの加護があり、そのひとつとして、ダメージを負っても自動回復がなされる。
だが黒竜の動きについていくことへの限界がおとずれていた。
どれほど強力な力で攻撃しても、ダメージを受けている形跡が見られない。
「クソ、クソッ!」
「ほらほら、どうするんですか? モタモタしてると先にアナタが死にますよ。こんな風にッ!!」
大剣の軌道を完全に見切り、氷上で回転するダンサーのように舞う。
二刃がアレンの首を目がけ振るわれる、そんなときだった。
「アレン、うわぁああああ!!」
ひとりの女性が剣を引き抜きジークリンデに襲い掛かる。
素早く反応したジークリンデは宙で身を返して距離を取った。
見知らぬ女騎士だ。
呼吸を荒げながら彼女を威嚇している。
さながらそれは……。
「おやおや、とんだお邪魔虫が入りましたね」
ジークリンデの細めた目の先で、女騎士はジリジリと横へ移動しアレンの前に立つ。
腕が立つところを見る限り、かなり上位騎士なのだろうが……。
この飛び入りで周囲も、王ですらも動揺を隠せずにいた。
その空気は黒竜とミレーにも伝わって、自然にそのほうへ意識がいく。
「ア、アレン……?」
アレンと、彼を守る女騎士。
知っている顔だった。
だが直接は話したことはない。
アレンを通して、報告は聞きはするが。
「アレン、その方は……」
「ミレー様……」
「もしかして、それが私のもとを離れる理由ですか?」
「いえ、違います! 私は、その……」
「あぁ、そうでしたか。そうですね。聖騎士なんかより、周りも認めてくれる職について、伴侶と添い遂げたほうが幸せですものね。素敵ですねぇ。ホントに。冷たい視線を浴びながら埃塗れの役職になんかついていたくないですもんねぇ?」
嫌味めいた声調と諦観の眼差し。
それはアレンと女騎士に突き刺さる。
『星雲の戦乙女』が自分のすべてであるミレーにはアレンの求めた幸せが歪んで見えた。
「もう、いいです。アナタたちふたりは下がりなさい。私ひとりで全部やります。邪魔です」
「そんな! ですが私は王のご命令で……」
「命令もこなせないのにどうやって? 伴侶に守られてるアナタがどうやって?」
「うぐ……」
「……お待たせしました。自称黒竜殿。アナタを、潰します」
再び黒竜と向き合うミレーの目にははっきりとした、無差別な嫌悪が宿っていた。
理解されない、理解できないという複雑に絡み合った感情が極点にまで達したのだ。
聖槌から滲み出る鋭い気配に、黒竜は拍手をしながら出迎える。
「君、い~い破壊の意志を宿しているねぇ。どうかな? ワタシと一緒に世界を破壊するのは? 楽しいよぉ」
「私は星雲の戦乙女。それ以上でもなければ以下でもありません」
「ハッハッハッ、そんな怖い顔をしないで。ただ聞いてみただけだよ。……さぁ是非とも見せてくれたまえ。君の持つ人間の可能性をね」
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