花火の跡





 もしも。

 照り降り雨の中で花火を打ち上げたとしたら。

 雨が凍えるように冷たかったとしたら。

 天空に大きく広がった瞬間に、雨粒が当たった花火も瞬時に冷えて凍るんだ。

 花火も熱を冷ましたいから。

 花火自身の熱を。

 花火大会実行委員の熱を。

 花火師の熱を。

 見物客の熱を。


 だから雨から晴に変わるまでの時間。

 花火が望むまま。

 ほんの短い時間だけ。

 次には解凍されて、また夜空を彩る。

 でもそうはならなかった。

 凍ったまま。

 海や地面に落ちもしないで。

 凍った部分が空をくり抜いてしまう。




 花火の跡がいつまでも空に残ったままになった。

 朝も昼も夜も。

 いつまでも。






 花火は望んでいないのに。


 ただほんの少し時間、冷やしたかっただけなのに。











 あれ、このおはなしって。

 だれかに聞いたんだっけ。

 それとも自分で考えたんだっけ。












 知らないのですね。

 家に短期滞在することになった天使は言った。

 短い金髪に紅の瞳。縦ロールが似合いそうな少女はまさに天使のように可憐だった。天使だけど。


「天使はおとぎ話の存在ではありませんので、姿もきちんと見えて、あなたの頭の中だけに呼びかけたりはしません。まあ、特殊な能力は使えたりしますけど」


 はあ。

 疲れたと言わんばかりに、天使は溜息を吐いた。


「人間界の短期滞在が義務ですからこうして降りてきました。まあ。本当はサボろうとしたんですよ。なんやかんや理由をつけて。でも、あなたがあまりにもうるさいので来てあげたんです。だから」


 天使は言った。

 だらりと。ソファの上で仰向けになって。


「天使の仕事の中に恋の橋渡しも含まれているので。面倒この上ないのですが。ほら。さっさと好きな方の名前を言いなさい。どうにかしてあげますから」

「さっさとお帰りくださいませ」


 小学六年生少女、弌夏いちかは死んだ魚の目になって言った。

 

 好きな人なんていないし。

 いたとしても絶対こんな天使には相談できない。

 絶対だ。











(2022.5.25)


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