第九話 闇に触れる二人

「ねぇ、最近どうしたの?」

ある日、彼女は少し表情を曇らせながら言った。

あまり見せない顔だった。


「んー。なんだろうなー」

「聞いてもいい?お兄さんは何で入院してるの?」


これまで雑談ばかりで俺も彼女も

お互いの踏み込んだ話はしてこなかった。

その方が良い時間が過ごせると思ったからだ。


それなのにあえて聞いてくるという事は

そこまで顔に出ているのだろうか。


「…脳出血。右半身やられちゃったよ」

なるべく暗い雰囲気にならないよう

明るく答えたつもりだ。


「そっかぁ…大変だったんだね。

 でもさ。生き残ったから良いじゃない!」

彼女も同じく明るく答えたつもりなのだろう。

それが余計に俺の心を苦しめた。


「そっかな…良かったのかな…」

「へ?」

「死んでも良いと思ったら

 生き延びてしまったよ」

「……」


変なスイッチが入った俺は勢いで

“呪いの言葉“について細かく話してしまった。


更に彼女は表情を曇らせていく。

俺はしまったと思ったがもう遅い。


「…ごめん。変な事を話しちゃって」

「…お兄さんは、終わりしか見えてないんだね」

彼女は泣きそうになりながらつぶやいた。


「……」

「お兄さん、そんな事言っちゃダメだよ。

 まだ、お兄さんは生きてるんだよ!?

 生きて私の前にいるんだよ!?

 そんな話されたら私も…」

消え入るような声で彼女は話し続ける。


「アヤナ…」

「ごめん!ごめんね変な事を言って。

 本当にごめんなさい…」


泣きながらそっと消えてしまった…


彼女はいつも俺がちゃんと眠るまで

そばにいてくれた。彼女から去っていくのは

これが初めてだ。


俺は取り返しのつかない事を

してしまったかもしれないと

後悔しながら眠りにつくことになった。


そして、次の夜も、

またその次の夜も、

彼女は現れなかった。

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