第28話 事件は半分解決され、半分継続するようでした。
「はぁ……」
直ぐにでも探しに行きたい気分だった。
『吸血鬼連続殺人事件』の犯人、その片割れを自身の計算違いのせいで逃してしまったと知られれば、魔王様どんなに怒られるか想像もしたくなかった。戦争大臣からもあれこれ言われるだろう。もちろんこちらは特に気にはならない。
だが、留学王女を放って置くことも出来ない。
人狼を追う隙に吸血鬼逃げられてしまっては、余計に馬鹿にされるに違いないのでな。
しょうがない。
ひとつずつやろうではないか。
家庭教師のことは、後でなんとでもなるだろうさ。
これも計算のうちだ。倒す順序は完全に正解の筈だ。
吸血鬼の少女が半身を埋めている瓦礫の山に近づく。
B国の第九王女にして、祖国と魔王様の国に戦争を巻き起こそうとした彼女は意識を取り戻していた。口の端から血が溢れている。吾輩の打撃から、まったく回復できていないらしい。
「一体。何を……、私に」
苦悶と疑念がないまぜになった表情をその顔に浮かべ、彼女は尋ねた。
もっともな疑問だ。何故急に吾輩の攻撃が当たるようになったのか――
「いやー、本当に痛いな。確かに吾輩は馬鹿だ」
殴る寸前、全ての指にはめた
石畳に弾かれ、複数の金属音が中庭にかすかに響いた。
「何故そんなものを……」
銀の指輪だった。手は焼けただれている。
もちろん、魔王様にプレゼントしたものである。
吾輩、宝石店の在庫すべてを買い取っていたのだ。
魔王様の指は二〇本しかないことに気づいたのは、買った後だった。
大量に余ってしまったそれを、吾輩は袋に入れて持ちっぱなしだったのである。直接触れていては変化も出来ないからね。まぁ、それすらもつい先程まで忘れていたのだが。
吾輩は血を飲まないとポンコツなのだ。
しかし、役に立ったのなら問題ない。
馬鹿な吾輩にも取り柄があるということだ。
「ま、色々あったのだ」
「そうですか……。本当に読めないお方ですね」
諦めたように、彼女は瓦礫に上体を預けて言った。
「大きな悩みの種だ、それは」
吾輩にも吾輩のことがわからん。
血を飲んでいない時は血を飲んだ吾輩がわからないし、血を飲んだ時は血を飲んでいない吾輩のことがわからない。差が激しすぎるのだ。共通点は、うまくコミュニケーションを取れないことだけ。
「しかし……、なんだ。逃げてしまったようだな、君を置いて」
「逃げてしまったようですね、私を置いて」
「どこに消えたか知っているかな? 吾輩の耳と鼻が良くても、流石に限界がある」
「知りません。私を置いて追ってくださいませんか?」
「直ぐにでもそうしたいが、君をどう処理するかの方が大事でね」
「まあ、そうでしょうね」
「彼はね、『あの可哀想な王女』と君を呼んでいたのだがね」
「その事実は、私を助ける義理がないこと相反しませんよ。私の知らない目論見もあるようでしたから」
「ふん、そんなものか。若いのに覚めているな」
「私にも色々ありまして……、ねぇ、閣下」
「閣下と呼ばれるのは嫌いだ。距離を置かれている気分になる」
「なら、吸血鬼さん」
「……君も吸血鬼だろうが」
「名乗ってくださないのなら、そう呼ぶしかないでしょう」
「吾輩は自分の名前もあやふやなのでなぁ」
「それに、閣下こそが吸血鬼だと思い知らされましたので。なんですか、そのあり得ない強さは」
「吾輩は別に、好きで強いわけではないのだが……。まあ、ありがとうと言っておこうか」
皮肉じゃないなら、褒め言葉は嬉しいものだ。
彼女は目を瞑った。滅ぶ覚悟が出来たということらしかった。
いや、自分がどうなろうとどうでもいいのかも知れなかった。出会った瞬間から今まで主体性を一切感じなかった。戦えと言われたから戦っているだけ、そう感じた。
あれだけ強いのだから、人狼のことなど気にせず、本気で不意打ちをすればよかったのだ。そうすれば、吾輩は滅んでいただろうに。
「後はお好きにどうぞ。決定権は常に強者にあります」
彼女は相変わらずの無感情で言った。その理論は好きじゃないが……、すべては魔王様のため。そろそろ幕引きといこう。
吾輩は彼女に歩み寄り、成すべきことをした。
事件の半分が解決された。
「さてさて、あの家庭教師はどこに逃げたものか。吾輩の強化された五感を持ってすれば問題はないが……」
半壊してなお高い時計塔に飛び上がり、辺りを眺める。大学の外には野次馬が群がり始めていた。ここで起きた戦闘は、たった数分の出来事に過ぎないのだった。
人狼が逃げた痕跡――匂い、足跡や毛――がどこかに残っていたとしても、群衆のせいでかき消えているに違いない。
吾輩はため息をついた。彼がどこに逃げたのかさっぱりわからない。渡された捜査資料にも情報はなかった。
計算どおりと大見得を切ったことについて、戦争大臣に謝罪すべきなのかも知れない。そして勿論、魔王様に怒られることを覚悟する必要があった。もしかしたら悲しませてしまうかもしれない。
「むぅぅ……、それは嫌だ……」
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