第18話 真犯人(その2)が現れました
さて、まぁ。
嫌なことは早く済ましてしまおうか。
「吸血鬼が被害者となる事件特有でかつもっとも大きな問題は、滅びた吸血鬼が灰になってしまうことにある。死後何時間経っているのか、凶器はなんなのか、手掛かりがまったくなくなるからな」
吾輩は朗々と語り始めた。捜査が--ただ騒いで回っただけだが--どこまで進んでいるのか、知りたいだろうからな。聞いただけで降参してくれればありがたいし、最低でも戦う決心をしてもらいたいものだ。
どうやら新たな敵は、闇の中に佇んだまま大人しく聞いてくれるようだった。そしてもちろん、留学王女にも聞こえている筈だ。
「故に、捜査でもっとも大事な観点は、『誰ならできるか』ということになる。動機もアリバイも関係ない。犯人の能力だ。能力こそが事件解決の糸口なのだ。で、あれば」
吾輩は指を立てて――
そこらをてきとうに指し示す。ちっ、吾輩の耳を持ってしてもさっぱり居場所が分からん。びしりと指さしてやりたかったのだが……、やはり大したものだ。
「留学王女こそが犯人だ。もちろん犯人は彼女だとも。あれだけ強力な吸血鬼なら、何だってできるさ。他の事柄はどうでもよろしい」
「だが……」
影に佇む敵が返事をくれた。
「留学王女の部屋に突入する代わりに、わざわざ戦争大臣を連れ出した。それに、能力だけが問題だと言うが……。もっと早く、留学王女が犯人だと分かっても良さそうなものだ。随分と回りくどいことをするじゃないか?」
「良い指摘だ」
頭がいいやつは会話もスムーズで助かる。おっと、戦争大臣が馬鹿だと言いたいわけではない。
「何故なら、留学王女は厳重監視下にある。室内に監視の目はないが、彼女が部屋から逃げ出していないかを確認するために、デュラハンたちが定期的に確認する」
「それだよ、犯人が分からなかった理由は。ひとりやふたりならまぐれで暗殺できるかもしれないがね。いつどこで襲撃すべきかを知らなくては--」
「定期確認をかいくぐって的確に連続暗殺などできるわけがない。アリバイがあるというわけだな」
「だが、彼女に気軽に接触できる人物がいたとすれば? 吸血鬼の情報を調べて、誰にも疑われずに渡せる人物がいたとすれば? 魔王城を歩き回って違和感がない人物がいたとすれば?」
『吸血鬼連続殺人事件』という大それた事件を起こす奴が複数いてたまるか、という思い込みが吾輩たちの思考を狭めていたのだ。だが逆なのだ。ことが大きいのだから、当然複数犯だと考えるべきだったのだ。分かってみれば、呆気ないことだがな。
「そこで、私が登場するというわけか」
「そうとも、そこで君が登場するのだ」
ぶしゅっと間抜けな音が響いた。闇から歩み出てきた敵により、戦争大臣の頭が踏み潰されたのだった。その姿はまったく見覚えがなかったが、チェーンで胸元にぶら下がっている眼鏡がその正体を教えている。
それは、魔王様の学友にして人狼。
家庭教師である。
■□■□■
「驚かないのだな」
ガス灯の明かりに照らされた家庭教師の姿の方こそ、けっこう驚くべき姿だった。
昨日、大学で会った時のひょろひょろした印象はまったくない。もっとも、ガス灯の明かりに照らされる前から吾輩には見えていたのだが。吸血鬼は夜目が効くのでね。
筋肉が盛り上がり放題で、服が至るところで破けている。隙間からは長い毛がもさもさとはみ出ていた。これが、人狼が人狼と呼ばれる所以だった。彼らは普段の人型のまま、狼の要素を発現するのだ。
「単独犯だというのが思い込みだったのだ。厳重警戒下の魔王城で、誰にも気づかれずに吸血鬼を滅ぼせるやつが2人以上のわけが無い。かし、その思い込みから開放されたなら簡単だった」
家庭教師ならば、授業の時にいくらでも暗殺に必要な情報を教えられる。見張り役のデュラハンに目はないし、侍女たちについては--、そうだな。暗号でも使えば良い。
「私以外にも容疑者がいた筈だが? 近衛の彼はまずありえないとしても」
そうだな。騎士団長はそもそも城に入れない。
そして多分、留学王女との面識すらない筈だ。彼は単なる魔王軍近衛師団第二連隊連隊長だ。常備で総勢50万を超す魔王軍に、百人単位で存在する大佐の一人に過ぎない。いくら近衛でも、知り合いようがない。彼には情報を渡す能力がない。
「次席執事は怪しかったな。デュラハン経由で情報を渡すのが一番簡単だから。だが、彼女ならもっと大きなことができるよ。それだけの女だ」
彼女が魔王様の国に打撃を与えたいなら、数十人の吸血鬼を滅ぼす以上のことができるはずなのだ。デュラハンを操って市民を虐殺してもいいし、尋常でない魔法を使って魔王城を瓦礫に変えてもいいし……。魔王様に下剋上を挑むのが一番分かりやすいかな。
これも能力の問題だ。『吸血鬼連続殺人事件』が大した事件であることに違いはないが、次席執事の仕業にしては小ぶり過ぎるというわけだった。
まあ、いい。
吾輩の推理が間違っていた場合でも--
「真犯人が目の前にいるというのに、今更どうでもいいだろう。そうではないか?」
誰が現れようと、やることに変わりはない。
敬愛する魔王様によろしく頼まれてしまったからな。
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