第16話 事件は解決されたも同然の状態となりました
さて、さてさて。
吾輩に腕を掴まれ宙に浮かぶ幼女を眺めた。叫び暴れまわっていたのが嘘のように静かにしている。もっと抵抗すると思ったが……。どうやら敗北を受け入れたらしい。
「……滅ぼしたいならばやるがいい。釈明はしない。だが、ひとつだけ聞きたいことがある」
「……」
「陛下のご意志か?」
「……」
「そうなのだな……。陛下が滅べと仰ったのであれば、是非もないことだ。さあ、やるがいい」
戦争大臣はうなだれて目を瞑る。
さて、さてさて。
これはどうしたものか……。
吾輩は考え込む。血の巡りが良くなった脳をフル回転させて考える。この場を上手くおさめる方法を。考える考える考える。
しばらく考えて、
「何のつもりだ?」
戦争大臣を開放する。とすっ、という可愛らしい音を立てて幼女が床に尻もちをついた。
考えるのは諦めて、成り行きに任せることにしたのだ。
そもそも、この幼女のことなどどうでも良いのだった。
だが一応、最低限の礼儀というものもある。
だから吾輩は言う。
「……えー、先ず謝罪をしたい。誤解させてしまったな」
「は?」
「吾輩の目当ては--」
転がっている瓶を蹴る。
「血だ。飲用の血が直ぐに欲しかった。だからここに来たのだ」
そうとも。吾輩は血を飲むために来たにすぎないのだ。血を飲んで頭を良くする必要があった。ポンコツのままでは『吸血鬼連続殺人事件』の解決など不可能だ。
「は? 私を滅ぼしに来たのではないのか?」
戦争大臣は信じられないものを見るような顔をしている。
小さな口が大きく開いて可愛らしかった。
だが、的外れも良いところである。
「馬鹿言うな」
「貴様にだけは言われたくない」
「血を飲んだ吸血鬼に、血を飲んでない吸血鬼が勝てる道理がない」
「……それはそうだが。いや待て、貴様まんまと血を飲みやがったじゃないか」
それは偶然だ。我ながら馬鹿げたことをした。
これは単に、運が良かっただけだ。
「結果としてはそうだが……。よく思い出してくれないか。誰にでも分かる簡単なことだ」
「本当に馬鹿にしているのか? あー、思い出せ。だと? うーん……。あー……」
戦争大臣は小さな額に小さな手を当てた。
考え込む姿も可愛らしい。
「あー、そうか……。本当に? くそ、信じられない! 付き合いきれない!! 私は悪くないぞ!! この頭空っぽ野郎が!!!」
そのとおり、戦争大臣は悪くない。
彼女は気づいたのだった。
何に?
扉を開けてから血を飲むまでの間、吾輩が意味のあることを何ひとつ言わなかったことにだ。そしてもちろん、滅ぼしに来たにしては、やる気の無さ過ぎる戦いぶりだったことにも。
戦争大臣は深い溜め息を--この部屋で吾輩がしたものすべてを合わせたより深く長かった--ついてから、デュラハンの群れに命じた。
「帰っていい。問題はなかった。私はこの馬鹿とちょっとした運動をしただけだ」
首なし鎧どもはがちゃがちゃと音を鳴らして部屋を出ていった。
うるさいが、大人しいものだった。
「……お前は血が欲しいなんて言わなかったぞ。無意味なことをべらべらぼそぼそ呟いていただけだ。分かりづら過ぎる」
「もう謝った筈だが?」
「『謝罪をしたい』とは言ったが、肝心の謝罪を聞いていない。貴様、こんな刺々しい会話ができる奴だったか? いやそもそも、まともな会話が可能な奴だったか?」
「……」
「あー、もしかして。噂なら聞いたことがある。貴様は血を飲むと……」
「そうなのだ。自分から言うのは癪だが」
「強くなるだけじゃなく、頭が良くなるのだったな……」
「代弁に感謝する。ああ、くそっ。最悪の気分だ」
「喋り方が変わったのはそのせいか。いや、全然納得は出来ていないが……。いや、どうでもいいな。貴様、いつぶりに血飲んだ?」
「123年と110日ぶりさ。戦争大臣よ。やはり、改めて不敬を詫びよう。全て素面の時とは言え……、会うのは12回目だったな。無礼な態度だった。忘れていて済まない」
吾輩は頭を下げた。
「構わないが……。え? 今度は謝るのか? なんだこいつ。気持ち悪いんだけど」
可愛らしい癖に、本当に失礼なやつだ。
くそっ。だから嫌なんだ。悪口は傷つく。まだ馬鹿な状態で聞いたほうがマシだ。
そして最悪なのは、反射で憎まれ口を叩いてしまうことだ。頭の回転が速くなると、吾輩はこうなってしまう。相手の反応のちょっとしたことが気になって、過剰に反応してしまうのだ。悪循環である。
はぁ……。
「本当はみんなと仲良くしたいのに……」
「いきなりどうした気持ち悪い!! そんなピュアなことを真顔で言うな!!!」
うるさいな、と返事をしそうになるのを吾輩は我慢した。
悪口と的確な指摘の線引は難しいが、どう考えても後者だったから。
「……はぁ。血を飲むためにここに来たのはわかった。頭が良くなることも。で、貴様の頭が良くなれば、事件が解決するのか?」
もちろんだ。
だからこそ吾輩は血を飲んだのだ。
「必要な質問はふたつだけだ。ひとつ目、この城で働く吸血鬼の残りは何人なのだ?」
「残念ながら、私だけになってしまったが……」
「では次の質問。魔王様への忠誠心はあるな?」
「愚問だ。……ん? おい、何をさせようとしている」
「決まっている」
戦争大臣が小さい喉でつばを飲んだ。緊張した面持ちで吾輩の言葉を待っている。
なるほど、こういう気分か。と思いながら吾輩は言う。
「この事件を解決してもらおう」
「は?」
「この事件を解決してもらおう」
怪訝そうな顔をする戦争大臣に対し、吾輩は断固として言った。二度言った。もちろん、昨日の朝吾輩をからかったことへの意趣返しである。
ああ、いやだいやだ。頭が良くなると、馬鹿にされたままで居ることに我慢が出来なくなってしまう。普通の魔族なら当然のことかも知れないが、それでも吾輩は嫌だった。
「おい、本当にどういうことだ? ちょっ、待て。無理やり連れて行こうとするな。せめて少しでいいから説明しろ。おい! 聞いているのか!?」
喚く戦争大臣を無視してその手を取り影に潜った。目的地は決まっている。
今や吾輩はすべてを理解していた。影を伝って魔王城の外に飛び出しながら、内心でため息をつく。随分と面倒なことに巻き込まれていたようだ。
本当に魔王様は性格が悪辣でいらっしゃる。
ま、そういうところも愛おしいのだがね。
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