第13話 捜査の進捗を説明した後で高所から飛び降りました

「朝から騒々しいな奴だな貴様は……」


 吾輩が昨日の捜査活動について丁寧に--


「吾輩は朝起きて、歯を磨いて服を着てから、あ、吾輩は外出用の服を着る前に歯を磨くタイプなんだ。それで服を着て、乗合馬車に乗って、あ、馬車のラジオはB国の軍備増強について放送していたっけ。で、魔王城の正門に着いたんだけど、いやちょっと待って、服は決まったのがあるんだ。昨日もそれを着たよ。で、門番に空っぽ卿と馬鹿にされて、それからそれから……」


 --と語ったのを静かに聞いてから、魔王様はそう感想を述べた。


 魔王様はテーブルを挟んだ向かいに座っていた。ゆったりとした寝巻きを身に纏っている。まだ朝早いのだった。魔王城の門が開いて直ぐ登城したというわけだ。一刻も早く、容疑者4人全員が怪しくないと伝えたかったのでね!


 ここは彼女の寝室脇にある庭園だった。魔王様の寝室は雲の上まで届く塔のような魔王城の上層にあるから、手すりの向こうには広い広い王都の景色が広がっている。朝イチの乗合馬車が大通りを進む様が小さく見えた。


「説明を聞いての感想だが……。全然分からんな」


「でしょ!? 分からないでしょ!!? 本当にあの4人の中に犯人がいるのかな!?」


「分からないのは犯人探しの話じゃない。下手な説明について言っているのだ。わざとやっているのか?」


「わざとじゃないよ!! で、どう思う!?」


 魔王様はため息をつく。ポットから紅茶のお代わりをつごうとして、中身がないことに気が付いた。更にため息をつき、彼女は口を開く。


「昨夜もひとり……」

 

 沈んだ調子の語り口だった。ん? どうしたんだ?

 お代わりが欲しいだけならそんな風にはならないぞ!!

 また面倒事じゃないだろうね!? 重苦しいのは苦手なのだ!!


「ちょっと待っ」

 

 吾輩は慌てて口を挟む。

 当然のように魔王様は無視し、続けた。


「吸血鬼が殺された。いや、『滅ぼされた』が正しいかな」


「て……よ…………。ねぇ魔王様。話してる途中で口をはさむのやめてくれない?」


 ああ、やっぱり暗い話だった……。

 また犠牲者が出てしまったのか。いやはや犯人め、吾輩が捜査中だというのにまったく気にしていないのか。まぁ、捜査担当が吾輩なら当然かもしれないが……。


「やめない」


 そして、吾輩の言うことを魔王様が聞いてくれないのも当然なのかも知れなかった。吾輩はポンコツだからね。でもねぇ! 吾輩も精一杯働いているんだけど!!?


「ああそう! 魔王様には逆らえないからね! どうでもいいけどね!!」


「拗ねるな。貴様の責任ではないさ。だが、期待はしている」


「えぇ……。吾輩何の役にも立てないと思うんだけれど……。難しいことは良くわからないし。ほら、吾輩って能天気卿って呼ばれてるんだよ!? 要はバカってことでしょ!? 他にも色々バカにされた二つ名ばかり! 一応は『卿』って付いてるのが面白いよね!!」


「知るか。貴様がちゃんとしないのが悪いんだろうが」


「そりゃあ、吾輩ちゃんとしてないけどさ……。ねぇ、魔王様? いつものように最高権力と魔界一の戦闘能力を振るわないのは何故?。これまで、そうして障害を乗り越えてきたじゃないか。今回もそうすればいい。『戦場の王』にして『戦争狂い』にして『史上最強の魔王』、なんでしょ?」


「むぅ……」


 魔王様は言いよどんだ。

 お!? 珍しく吾輩が論戦で優勢だ!!

 このまま捜査から降りさせてもらおう!!


「自分でやりたくない事情があるとしても、吾輩に任せることはないよ! 他の誰かに頼ればいいじゃないか!! 魔王様の部下はみんな優秀そうだったよ!?」


「……」


 吾輩がまくし立てた論破必至の長台詞を魔王様は黙って聞き、

 

「そうだな。みな、優秀だよ。もったいないくらいだ。だが私には……」


 そして再び沈んだ声を発した。


 ん? どうしたんだ? 

 吾輩は怪しんだ。様子がおかしいぞ? 人の気持ちは良く分からないが、自分が何かに失敗したことだけはたまーに気が付くのだ。吾輩に論破されただけでそんな風にならない。魔王様なら怒って殴るはずだ!! 


 軌道修正せねば。今度は下手に行くぞ!!!


「ねぇ。期待してくれたのはありがたいし、助けにもなりた」


「貴様しかいないのだ」


 やはり遮られてしまった。先ほどと同じように。

 気を取り直し、吾輩しかいないということはないと思うよ?

 と、続けかけたが……。


「よろしく、頼むよ……」


 敬愛する我が魔王様はそう言った。

 空のカップを眺める顔は苦しそうだった。

 

 何も言えなくなってしまう。取り敢えず紅茶を飲んだ。

 そんな表情、吾輩は見たことなかった。


「はぁ……。しょうがないなぁ……」


 よろしく頼まれないわけには、いかなくなってしまうじゃないか。

 吾輩は昔っから、魔王様には弱いんだ……。


 大変嫌々ながらではあるけれど、吾輩はちゃんと・・・・することにした。


 立ち上がり、庭園から飛び降りる。

 決心したとなれば、一刻も早く辿り着くべき場所があった。

 会いに行くべき人がいた。


 今度は--


 お喋りのためじゃあ、ない。



■□■□■



 目的地への最短距離を進むべく本丸にある魔王様の居住階を飛び降りた吾輩は今、長い廊下を大股で歩いている。


 服は滅茶苦茶に破けていた。状態はもはや前衛芸術の域にあって、服とは呼び難いかもしれない。なにせ吾輩の白い肌が半分以上見えているのでね。


 何故かというと、魔王様の住まいは大変高い場所にあるからだ。

 吾輩ごときポンコツ吸血鬼が無事に着地できるわけがないじゃないか!


 時間を惜しんでショートカットしたは良いが、煉瓦の屋根やら煙突やら、装飾やらにぶつかりまくったというわけだ。


 装飾--上空警備用に設置されている石像魔ガーゴイル--との死闘も大変だった。空を飛ぶ小さな敵ってのは本当に面倒だね……。


 ともかく、地表に着く頃には当然ボロ雑巾であった。もちろん肉体の方もね。骨と肉体はそれほど強固なつながりではないのだと、よく思い知らされました。


 なお、肉体だけは魔力で修復したが、服の方はそのままである。吾輩の考えが正しければ、服を修復するだけ魔力の無駄なはずだ。


 えーと。


 ここもまた、魔王城の敷地内である。

 やはり大量のデュラハンが巡回していた。今回は陽気に話しかけたりはしなかった。そんな余裕は吾輩にはなかった。本当はデュラハンとも仲良くしたいけど、ね。


 あれこれ考えながら少し歩いた末に吾輩は立ち止まった。目の前には大きな扉の前があった。着いちゃったよ。ま、無理やり急いでここに来たのは吾輩なんだけれど。


 はぁーあ、気が重いなぁ……

 深くため息をついてから、扉を開けた。


 部屋の主は仕事に集中している。

 顔を上げなかった。いや、扉が開いたことには気づいている筈。

 それくらいはできる相手だ。多分、部下が来たくらいに思っているのだろう。


 吾輩は驚いた。同じ部屋にいる相手から、注目を浴びないのは随分珍しかったから。通常、吾輩はとてもうるさいからね。


 そうかそうか。扉を勢いよく開けないのがよくなかったか。

 でも、元気が全然なくて、そういう気分になれなかった。うむ、これも珍しい。

 これから起きるだろうことを思えば、無理もないかも知れない。


 元気と正直だけが取り柄の吾輩でも、流石に憂鬱だった。


「あのー……。どう、元気?」


 そう言いながら、開けた扉をコンコンコンとノックする。

 部屋の主は遂に吾輩に気がついた。その目が大きく見開かれる。口がぱくぱくと閉じたり開いたりしていた。言葉が出ないらしい。


 そして、驚きのあまり勢いよく立ち上がる。

 机のインク壺は倒れ、山となっていた書類が舞った。

 

 うぅむ。


 そんなに驚かなくてもいいじゃないか。

 吾輩でも元気が無いときくらいあるんだよ……。


「貴様、風邪でも引いたのか……? それとも今日、天が崩れるのか……??」

 

 そう声を掛けてきたのは--






 戦争大臣ちゃんだ。


 『吸血鬼連続殺人事件』の解決を魔王様からよろしく頼まれた直後に吾輩は先ず、この偉そうな幼女に会いに来たのだった。なお、ただ挨拶をしに来たわけじゃない。捜査の経過を報告しに来たわけでもない。


 事件を解決するために来たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る