第3話 出来れば聞きなくなかったことは絶対に聞きたくなかったことでした
「お花畑が詰まっている貴様の頭脳でも気づけたとおり、今、魔王城の警戒レベルは最大になっている。デュラハンをすべて起こして巡回に当たらせているのだ。こんなことは初めてだ。
「え? 本当に何も気づいていなかったの? すれ違うデュラハンすべてに、10秒おきに声を掛けていた癖に? 多すぎると思わなかったの?
「……そうだった。貴様はそういうやつだった。死んでしまえ。はぁ? 口を挟むな。吸血鬼が既に死んでるのはよく分かっている。
「ともかく、今の魔王城は緊急事態にあるのだ。本来ならば私が不寝番に立ちたいところだが…… うるさい黙れ。ちゃんをつけるな。えーと、なんだった? そうだ。私は仕事が多い。特に今はな。陛下は私に仕事を続けることをお望みだ。
「何故こうなっているか、だが。
「この1ヶ月、魔王城では不審死が相次いでいる。犠牲者は30人! おかげで我が国の軍政はガタガタだ。私の仕事が増える一方なのはこういうわけだ。
「そうとも。ありえないことだ。あってはならないことだ。魔界最強の我が国の中枢で、このような事件が起きるなど……
「ふん、だからこそ陛下は貴様なんぞに仕事を任せるのだろうよ。外部に漏れては困る。貴様はお喋りだが、友達がいないからな。話す相手がいない。
「うるさい。酷くはない。ただの事実だ。えー、なんだった?
「死者の共通点は3つある。ひとつ目。全員が高級将校や高級官僚たちであること。ふたつ目。全員夜に魔王城の自室で殺され、朝にそれが発覚していること。そしてみっつ目だが……
「ああ、大事なことを忘れていた。犯人の手がかりは一切ない。デュラハンまみれのこの魔王城で、どうしてそんなことができるのか。全くわからないよ。
「で、みっつ目。犠牲者はすべて吸血鬼なんだ。みんな滅びて灰になってしまった。
「よって、手掛かりはゼロだ」
■□■□■
戦争大臣ちゃんは説明を終えた。
「つまり、大変ってこと?」
「……私の説明を聞いた感想がそれか? 本当にボケたか?」
「まあまあ。落ち着いて戦争大臣ちゃん。ほんの冗談だよ」
実際には全然分かってないんだけれどね!
魔王城で大事な人材が殺されてるのは分かった。これは大変だ。
常備50万を超える魔王軍を一人の魔族に例えると、魔王城に務める軍人はいわば脳だ。喧嘩は手や足を使って行うものだが、脳がなくては上手く動かない。その脳が30人も…… おっと、例えが悪かったね! 脳が30単位欠けた場合のイメージが湧かないや!! ハハハ!!
そして、犠牲者が全て吸血鬼というのも分かった。これも大変だ。めちゃくちゃ大変だ。
吸血鬼と言えば、またの呼び名が『魔族の頂点』だ。強靭な肉体に莫大な魔力、気が遠くなるような長寿と圧倒的な回復力を持つ。つまり、優秀な戦士の種族なのだ。それが30人も滅んだって--
怖いね!! 魔王城で事件が起きたんでしょ!?
早く逃げ出したい!! なんでそんな話聞かせたのさ!!
いや、落ち着け吾輩よ。ともかく、何をさせたいのだろうかという話だよ。
血なまぐさい話--吸血鬼は滅びると灰になるから、別に血の匂いはしないけどね!--は苦手なのだ。吾輩は、陽気なだけが取り柄のただの吸血鬼に過ぎないんだよ。
だから多分……
きっと、魔王様を慰めろという命令だろうね。
さあ、今日は何をプレゼントしようかな。
「陛下はこうおっしゃった」
戦争大臣ちゃんは居住まいを正して言った。吾輩も背筋を伸ばして聞くことにする。そろそろ肝心な情報を教えてもらえるに違いない。例えば、魔王様の趣味に合うプレゼントがなにか、とか。魔王様の好きな料亭とか。ともかく、喜びそうな何かを!
「貴様はこの件を解決しろ。以上だ」
あれ? 思ってたのと違うな。しかも何? 解決?
「貴様はこの件を解決しろ。以上だ」
二度言った!?
「冗談でしょ!? 吾輩争いごとは苦手なんだけど!!」
戦争大臣ちゃんはにっこりと笑う。
「よかった……」
そうだよね。冗談だよね。
本気で言ってるんだったら笑ったりしない。戦争大臣ちゃんは陛下への忠誠厚い立派な人だもんね。殺人事件の話をしているときに冗談を言うなんて、このお茶目さんめ。
そもそも、吾輩にできることは魔王様に喜んでもらうことくらいだよ。殺人事件の解決なんてとてもとても。
「で、だ。この城を好き勝手歩きまわれる許可状が…… これだ。そして重要参考人のリストが……」
戦争大臣ちゃんは紙に何かをさらさらと書き、机の端に積まれていた書類の束と一緒に突き出した。
「できた。ほら、受け取れ。上から順に会え。アポイントは取ってある」
あれ? 勝手に話が進んでいくよ?
本当に殺人事件の解決を吾輩がしなくちゃならないの?
「嘘でしょ!? 聞いてないよ! 話が違うよ!! あ! 思い出した! 『幽霊の正体を突き止めてもらおう』って言われて来たんだった!!」
「幽霊……? は?」
戦争大臣ちゃんは小首を傾げた。あ、可愛い。幼女のその仕草には、世界を平和にする力が詰まっているね…… じゃなくて!! なんで知らないの!? まさか魔王様、吾輩を騙したの!?
「待って待って!! 本当に吾輩に吸血鬼連続殺人事件を解決させる気? 無理だよ!! 吾輩のこと知ってるでしょ!!?」
「お花畑卿、空っぽ卿、能天気卿、空気読めない卿、最狂卿、残念卿などなど。よく知っているとも」
「ぐぅ…… 列挙しないで……」
あまりに酷い二つ名だったが、吾輩は嫌われているし、馬鹿にもされているのだった。門番やデュラハンの態度で改めてそれを意識していた。くっそう。そういえば、魔王城の正門から入るのが久々だったのはそれが理由だった。
だが、そうなるとますます分からない!
警備厳重な魔王城で強い強い吸血鬼が暗殺されたって!?
しかも手掛かりはゼロだって!?
そんな難事件の事件の解決を吾輩に任せる!?
「正気を疑うよ!」
「陛下の仰ることに間違いがあったか?」
うん、ないね。魔王様は完璧なのだ。
完璧なのは美しさだけではないのだ。
「ぐぅ…… 魔王様の名前を出すのは卑怯だぞぅ……」
「陛下は仰った。貴様が仕事を引き受けることを嫌がるようなら自分の名前を出せ、とな」
なんということだ。ならば否応ないじゃん!
「やるしかないじゃん!!」
吾輩は魔王様を心の底から慕っているのだ!!
「……でもでもじゃあさ! 助手とか! 護衛とか! 連続暗殺事件の犠牲者は吸血鬼ばかりなんだよねぇ!! 吾輩も吸血鬼なんだけど!!」
「早く出ていけ。私は貴様の馬鹿げた明るさが好かん。不吉な顔とのギャップが不気味だ」
「えぇ……」
「任せたぞ。『吸血鬼連続殺人事件』を解決するのだ」
「あわ……」
魔王様がなぜ吾輩なんかにこの事件を任せたのか、さっぱり分からなかった。吾輩は陽気なだけが取り柄のただの吸血鬼だ。何ができるのだろうか。向いてないと思うんだけどなぁ。
しかし、魔王様のためとあらば!!
事件を解決したら喜んでもらえるはずだしね!!
本当の誕生日プレゼントはこれだ!!
吾輩は切り替えることにした。
「ハッハ!! 魔王様に頼まれたらしょうがないね! 任された!!」
高笑いを上げて部屋を出る。背後から「うるさい」という苦情が聞こえたような気がしたが無視した。吸血鬼の去り際は高笑いと相場が決まっているし--
昨夜魔王様が目覚める直前、不審な人影が寝室の扉を開けたことを思い出したのだった。戦争大臣ちゃんに構っている暇はない。魔王様の言った『幽霊』が冗談ならば--
吾輩の直感が告げている。寝室に忍び込もうとしていたあいつが犯人に違いない。魔王様も危ないぞ。一刻も早く! 事件を解決しなくてはならない!!
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