バイクライフを楽しむお話
安斎仙狸
第1話 元旦の朝にご来光を見に行く(ハル)
除夜の鐘が鳴り終わってから、3時間ほどが経過した頃。
ハルは賃貸アパートの駐車場でバイクに乗る準備をしていた。
さすがにこの時間帯は物音が無い。
街灯が共振して時折りジーッと鳴る音と、少し遠い大通りに、時折走る車のエンジン音がするだけだった。
物音を立てないようにと注意を払いながら、ハルはバイクに掛かっていたカバーを雑に畳んで、駐輪場の片隅へ追いやった。
大学の先輩が大型に乗り換えるからと言う理由で、破格の5万円で譲ってもらったバイクだ。 生産されてから20年以上経つため、色々な所でガタが見られるが、走行する分には十分に元気な私の相棒だ。黄色味がかったオレンジ色の車体にYAMAHAのロゴがよく似合う。
ヘルメットの顎紐を気持ちキツめに固定し、革手袋を装着する。
寒さで革が縮こまっているので、関節の部分が擦れて痛い。
「冬用の手袋を買わなくては・・・」 冬にバイクへまたがる度に思うのだが、ついつい後回しにしてしまう為、未だに夏用の革手袋を使う羽目になっている。
キーを捻り、スタータースイッチを押す。ギュギュギュッとセルの音が、静かな住宅街に不釣り合いに鳴り響く。エンジンがストールしない様にと、アクセルを軽く当ててアイドリングを維持させる。
アクセルを戻すとそのままエンジンが止まってしまう様な不安定な状態ではあるが、エンジン音が近所迷惑になってしまうのが怖いので、低い回転数でノロノロと走り出す。
暖気不十分な状態で走るのは好きではないが、この時間帯は仕方がない。
このまま徐行よりも少し速い程度の速度で住宅街を抜ける。住宅街を抜ける頃には、暖気も完了している事だろう。
「ご近所トラブルになりませんように」そんな事を思いつつも大通りへ向かう。
住宅街にバイクの排気音が低く響き渡る。
走り出して15分ほどしたところで、ようやく大通りに到着した。
この町を南北に縦断している片側3車線の通りだ。
普段はこの時間でもトラックが多く走っているのだが、年末年始と言うことで、いつもよりも数は圧倒的荷少ない。
私は左の車線を制限速度よりも少し速いぐらいの速度で走る。
追越車線では、制限速度を知らないのではないかと思うような速度で、トラックや乗用車が駆け抜けていく。
トラックが横を抜ける度に、真横から風で殴られるているような感覚を味わう。
冬季ツーリング用のジャケットを着ている為、体は寒さを感じない。
しかし、指先は早くも悴んできた。流石に薄革の手袋では耐えられない。
正月休みの間にでも、手袋を買いに行こうと決心した。
大通りを南へ向かって1時間ぐらい走った所で、街中に不釣り合いに木々が茂っている場所に着いた。
ここはあまり有名な場所ではないが、地元の人が知る人ぞ知る神社だ。
数年前に、宝くじにご利益がある神社を、インターネットで探していた時に初めて知った。
残念ながらまだご利益のほどは体感できていないが、神社の雰囲気が気に入って、近くを通る度に参拝に訪れる様になった。
駐車場の隅にある街灯の下にバイクを停めてから、鳥居の方へ歩きだす。
人は居ないと思っていたが、カップルや親子が5組ぐらい参拝しているのが見えた。また、少し離れた場所で、お焚き上げをしているようで、そこで年配の方々が焼酎を片手に談笑している姿あった。
指先が悴んでいるので、手水でのお清めはパスをして、そのまま参拝をした。
今回も金運が上がることを期待しつつ手を合わせる。
少し長めに手を合わせながら、今年一年に思いを馳せる。
その後、「今年一年の運勢を」 と思いを乗せて、おみくじをひいたが、結果は“末吉“
「小吉とどちらが良いのだろうか?」 などと考えながら、境内を歩いていたら、神主様からみかんを頂いた。
これは早速のご利益があったと言う事だろうか。
初詣を終わらして、冷え込んだ体も多少は温まったので、またバイクにまたがり出発の準備をする。
ステアリングステムに固定してある安物の腕時計を見ると、4時半。
時間は十分にあるが、ここからはノンストップで目的地を目指そう。
セルを回すと、出発時とはうって変わって、勢いよくエンジンが掛かる。
手袋のダブつきを直してから、鼻で深呼吸をする。
肺に冷たい空気が流れ込んでくるのを感じて、少し頭がシャキッとした様な気になりながら、神社を後にした。
自宅から出発してから、2時間半。
途中で初詣をしたり、コンビニでトイレを借りたりしたが、予定よりもかなり早いペースだ。
街を抜けてからは、自分以外の車両が居ない。
道路を貸し切った様な感覚を味わえる良い時間だ。
ハルはこの瞬間が好きで、早朝のツーリングを好んでいた。
だんだん風が潮風に変わってくる。生臭い匂いが海に来たことを感じさせる。
ここから先は、海沿いをずっと走るコースになる。
堤防がある為に、常に海を横目で見ることができないのが残念だ。
たまに切れ目から見える海は、漆黒の水面に光をキラキラと反射させていて、実に美しい。
コーナーを走ると、若干タイヤが滑るような感覚を感じる。おそらく塩でアスファルトが劣化しているのだろう。軽く速度を落として巡航する。
海沿いの道に植えられている街路樹は、背が高い南国風な木々の為、新鮮な印象を受ける。
自宅から随分と南下し、この辺りでは一番南だと思われる場所へ到着した。
地図で見た今回の目的地は大体この辺りだ。
バイクを安全に停めれる場所を探しながら、制限速度より若干遅いスピードで流す。
時折、駐車場にちょうど良い空き地を見つけるが、ワゴンタイプの車や軽自動車の先客が居る。
気にせずに停めてしまっても良いのだが、雰囲気から察するに、年末年始から盛り上がっているカップルだと思われるので、無用なトラブルを避ける為にも近づくのをやめた。
「良い場所は無いかな」と、キョロキョロとしながら走っていると、海に面した小さい駐車場を発見した。
ラッキーなことに、他に客は誰も居ない。
駐車場の壁も低めに設置されている為、海を見渡すことが可能だ。
「穴場を見つけてラッキー」そう思いながら、海と並行になる様に、バイクを停めた。
時計は6時半を指している。
駐車場の隅にあった自動販売機から、缶コーヒーを選ぶ。
缶コーヒーを、弄ぶ様に手のひらで転がしながら暖を取る。
指先の感覚は、もうだいぶ前から失われていた。
駐車場の輪止めに座りながら、バイクを眺める。
塗装の剥がれや、錆などが目立っている。
簡単なメンテナンスは行なっているが、大々的に消耗品を交換するべきかと考えるが、年式を思うと程度の良い中古車を探したほうが安くつくんじゃないだろうか。
お気に入りのバイクだし、そもそも新しいバイクを買うお金なんて持ち合わせていない。
神社のご利益で宝くじでも当たってくれないだろうか。
そんな事を考えているうちに、7時が過ぎた。
水平線から太陽が顔を出して来た。
白とオレンジを混ぜたような光が水面に反射して眩しい。
体が冷え切っていた為、「帰りたい。暖かい場所へ行きたい」と言う思いが強く、そのせいもあって、初めて見たご来光はあまり感動しなかった。
しかし、先ほどまでの薄暗かった場所が、徐々に照らされていく様は、大げさに言うと生命の息吹の様なものを感じた。
初日の出を拝むことができたので、とりあえず満足したハルは、すっかり冷たくなった缶コーヒーを飲み干すと、帰路に着くことにした。
「さっさと帰って、暖かい風呂に入って寝たい。今日は長めに風呂に入ろう」
そんな事を思いながら、これから3時間強の運転に気だるさを覚える。
アクセルを回すと、エンジンが元気よく唸る。
今年も一年、普通に暮らせますように。何事もありませんように。
そんな平凡な思いを胸に祈りながら、家路へ就いた。
背中が太陽で温まる感覚が、実に心地良い。
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