《魔女集会》
積層都市の中心の施設は何処の都市でも変わらない。
センタータワー。上層と呼ばれる階層を真っ直ぐに貫く柱を兼ねたビル。そこは都市の中心であり、その都市の富の中心だった。
だからクライシのセンタータワーにも富が集まっていた。
そして富とは力だ。
第一層。都市の最上層からのみ入ることが出来る完全なVIP向けホテルの受付フロアに入って来たその男は間違いなく強者だった。
金が有れば何をやっても許されるのが社会だ。
だからホテルマンは彼が連れた女が『幼い少女』であっても何も言わない。恭しく、一礼。それだけで見送る。
社会病理患者。特殊性癖。ロリコン。
大人として守るべき対象である相手に抱く劣情。表では許されないその趣味も金が有れば許される。
少女は整った顔立ちをしていた。頬が柔らかく女性らしい輪郭を描くのに対し、身体の方は未だ『女性らしく』なっておらず、かと言って子供と言う程でもない。成長途中。花が咲く前の蕾。それを連想させる身体だった。
だから男は
エレベーターに乗り込む段階で既に我慢が出来なくなったのだろう男は少女の唇を貪った。抵抗は無い。これも金の力だ。男は自分が手にしたモノを確かめる様に手を、強く、強く握った。肉の柔らかさ。
「――んっ」
少女の口から苦悶と甘さの混じった呻きが漏れた。
二回、四回、一回。
その特徴的なノックに既に
「終わった?」
そんなことを聞いた。
従業員の反応ではない。当然だ。その服装は確かにメイドだが、中身はメイドなどではない。ベアタ。デリカと同じく《魔女集会》に所属する諜報員だ。
「えぇ、電脳に虫は入れたわ」
「そ? ならさっさと抜け出――あ、パンツは? ちゃんと履いてる? この前アイリスが履き忘れてさー、あたし、回収に行かされたんだよ……」
「……脱ぐまで行ってないわよ」
「わぁ、デリカったらテクニシャン。このエロ! エロ娘!」
「エロくないっ! 電脳ハックで眠らせたの!」
電脳は人体に影響を与えない。そう言うことになって居るが、脳と繋がっている以上、そんなことは
男はデリカの肌に口づけすらさせて貰えなかったらしい。
「……これからのことを考えたら少しくらい
「――嫌よ」
ベアタの言葉に本気で嫌そうにデリカ。
「そんなに嫌がることかねー? あたし達、本来性別も無いし、そもそもこの身体だって――」
「混ざって出来上がるのが私達。だから私の性別は女で、良い年してこの身体に本気で欲情する男には嫌悪しかないの」
「……はぁ、そんなもんですか」
「そんなもんよ。……あなたにハニートラップ系の仕事が回ってこない理由が分かったわ」
恥じらい。軽い拒絶。それらは劣情を煽るスパイスだ。ベアタはデリカよりも
「……」
そして『幼い少女』のはずの自分にはやたらと
「ほら、良いからさっさと撤収準備して。わたし、電脳の方に侵入形跡残しますから、あなたは財布盗んでお金と情報目当ての犯行に見せ――」
そこまで言ったデリカの視界に『CALL』の文字が浮かぶ。仕事中だ。無視しても良かったが、相手も仕事相手だった。しかもそれなりに重要なポジションにいる相手だった。
「ベアタ、すいませんが――」
「おけおけ、電脳の方はベアタちゃんがやっときます……誰から?」
「八頭蛇刃です」
「あー……そういや、また死んでたね。身体、無事回収できたのかな?」
「それも気になっているので優先させて下さい」
そう答えてデリカ財布を漁りながら電脳に潜った。
『お? 出た出た。デリカ嬢、今大丈夫?』
『仕事中ですが、構いませんよ。身体は回収できましたか?』
『あー……無理だった』
『? 場所が違いましたか? 一応、あなたから
『あ、ごめんごめん。そう言うことじゃない。場所はあってた。ちゃんと身体もあった。あったけど……胴から真っ二つだったから使いモンになんない。新しい身体買うしかない』
『あなたが? それは本当ですか? その仕事のメンバー、私も調べてみましたけど、そこまで腕利きは――あ、もしかして来たばかりの学生二人のどちらかですか?』
『いぐざくとりー。男の方だ。
『切り札?』
『そう。切り札。そんで、そのことで聞きたくてコールしたんだけどさ……お前ら、前にオスいないって言ってたよな?』
『えぇ、《魔女集会》に男性はいませんよ?』
そもそも外見から油断させるのが目的の諜報組織だ。少女だけで構成されている。
『あ、そっちじゃなくて……お前の率いてるチーム。AからEまでの五人』
『そっちもですね。強き者、汝の名は女なり――と言う訳でもないでしょうが、種としては雌性の方が強いですからね』
『卵が先か、鶏が先か――は知らんけど、種の確立はメスから……ってことですかね?』
『その辺は何とも。そもそもの成功率が低かったですけど……雄性の成功例は無かったはずですよ』
デリカはそう答えた。
声には出さなかった。身体も制御した。脳も操り、脳派にも出さなかった。それでも思い当たることがあった。それを聞かせる気は無かった。仲間だ。デリカと八頭蛇刃は確かに仲間だ。目的も同じだ。それでも
『そかー……ま、良いや。あ、再戦で負けるかもしんないからさ、奪えそうな
『……いえ、そこは勝って下さいよ』
『はっはー……本当に
『……』
『ごめん、ごめん。冗談ですよー。身体の探索、ありがとなー』
それで通信が切れる。「……」。デリカは財布からクレジットを抜き取り、叩きつける様にして財布を投げ捨てた。
「うぁお! どったの、デリカ?」
「……わたし達の弟がこの街に来てるかもしれません」
「? コピーってこと?」
「いえ。そうではなく……アイリス、
「……待って。それって、つまり――」
「はい、
言いながら、持て余した感情に急かされる様に部屋を歩き回る。有り得ない。感情。そんなモノはただの脳の化学反応だ。普段のデリカなら制御できる。だが、今は、その可能性を考えてしまった今は――
思い出す/否定/思い出せるはずがない
だってそれはデリカには絶対に
それでも確かにデリカの脳の奥底にその記憶はあった。小さな手に指を握られて、姉妹と一緒に笑った記憶。デリカでないデリカに僅かに残る幸福の記憶。
「……」
こ、と全面ガラス張りの窓に額を当てる。見下ろすのは造りモノの夜景。わざわざスクリーンの明かりを落とし、夜空を造ってから街の明かりを灯した偽物。それを見ながらすこしでも冷静になろうとガラスの冷たさに集中する。それでも――
「――狛彦」
感情に浮かされた身体がその名前を、デリカが会ったこともない弟の名前を小さく呟いた。
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