残雪

日和ひよこ

序章


 ーねぇ、知ってる?

 ーなにが?

 ーあのね…

 さぁ…っと冷たい風が山からおりてきた。風につられて顔を上げれば、目の前に見える山々は白い帽子を被っていた。黒いセーラー服を着た二人の女の子は寄り添うように土手に座っている。

「ただの噂話じゃん」

「本当なんだよ!本当なんだってば!」

 揶揄うようにおさげ髪の少女が言えば、短く髪を切り揃えている少女が憤慨したように立ち上がった。

「だって〜見たことあるの?」

「そ、それは…」

 反論できる術を持っていないので立ち上がったのも束の間、すぐに座り直してしまった。

 それを見て、おさげの少女はクスリと笑い、思い出したように口を開いた。

「そういえば私も聞いた」

「!…なにを?」

 自分の知らない話を聞けると思い期待を込めて聞き返すと、友人は少しだけ声を顰めた。

「あのね…学校の帰り道、夕暮れ時。…突然、声をかけられたんだって」

「声?」

 怖々としながらも続きを促すように友人の目を覗き込む。その反応が嬉しくて、一瞬目を伏せると…

「お前を…食べてやろうか!」

「キャッ!」

 ガバッと覆いかぶさるように言えば、友人は情けない声をあげて飛び上がった。胸を手で押さえながらも直ぐに相手の肩を叩いた。

「もう〜!驚いちゃった!」

「あはは!ごめんごめん。でもさ、あの噂は本当らしいよ」

「どの噂…?」

 噂好きの彼女の頭の中には沢山の話が浮かんでくる。けれど、友人が話そうとしているものがどれなのかは瞬時には思い当たらなかった。おさげの少女は「えっとね」と口にすると、先程とは違った意味で声を顰めた。

「うちの学校の生徒がいなくなってるってやつ」

「あ…神隠しにあってるってやつ?」

 彼女たちは女学校に通っている。小さい頃からの持ち上がりなため全員と顔見知りと言ってしまってもいい。そんな環境で次々と人が消えていれば自然と噂は立つと云うものだ。先日も同じ教室の女の子が突然、学校に来なくなってしまったばかりだ。

 しかし、何故姿を消してしまうのか、なにが起きているのかは誰も知らなかった。

「うん、それ、…声をかけられるんだって」

「声?なんて?」

「それは」

 誰も知らないはずのことを友人にだけ教えようと、内緒話をするように友人の耳に口を寄せると

「まだ帰らないのかい?」

 男の人の声が、した。

 二人の肩が大きく跳ね上がり、石のように固まってしまう。ゆっくりと後ろを向くと、農作業帰りのような格好をした男性が立っていた。その目は、心配そうに二人を見つめている。声をかけてきた相手を見て、二人はほとんど同時に安堵の息を吐いた。

 おさげの少女は、ほっとした顔で彼に返事をする。

「まだ大丈夫ですよ。日が落ちるまでもう少しあるし、」

「おや、もう日は暮れているよ」

「「え?」」

 言われて山の方を見ると、確かに日が沈んでいた。見えていたはずの白い帽子も消えている。

 おかしい、さっきまで綺麗な茜空が広がっていたのに。不可解さに彼女たちが顔を見合わせると、ひらり、と白い羽のようなものが空から落ちてきた。

「今から帰るんじゃ危ないよ、雪も降ってきたし」

 おさげの少女が両手で白い羽を受け止めると、瞬く間に溶けて消えた。

 雪が降るなんて聞いていなかった。それに、今は十一月。暦状では雪が降る気候ではない。ましてここは、雪とは無縁な関東の内陸部なのだ。

「わぁ、本当だ…!雪だ…!」

 彼女の顔は珍しさから輝いている。対照的に隣では短髪の少女が不安そうに目の前の男性を見ている。

「二人とも家はどこなんだい?」

「橋の向こうです」

「それは大変だ。この雪は更に強くなりそうだからね。今日はうちに泊まるといいよ」

「そっか…大雪になるんじゃ大変だ…」

 おさげの少女は目の前の雪と彼からのお泊まりの提案に夢中だ。けれど、短髪の少女は怪訝な顔をしたままだ。

 さっきまで夕暮れだったのに…雪が降るなんて聞いていなかったのに。

 なんで突然?しかも、彼が雪が降ると言ったら降り出した。こんなの絶対おかしいに決まってる。

「ね、ねぇ…走って帰れば大丈夫だから…帰ろうよ」

 グイッと友人の袖を引くけれど、彼女は首を横に振った。

「え〜?この中帰ったら濡れちゃうし、走るのもめんどくさいよ」

「で、でも…なんか変だよ」

 もう一度、さっきより強めに袖を引いてみる。友人は少しだけ迷惑そうな顔をした。

「なに?怖いの?」

「怖いとかじゃなくて…」

 チラッと彼の方へ視線が向いてしまう。確かに優しそうで、善意で泊まっていった方がいいと言ってくれているのだろう。だけど、どうしても、些細な違和感が…恐怖感が拭えない。

「か、帰ろうって…!」

 思いっきり腕をひけば、友人はなぜか優しく微笑んだ。

「大丈夫だって。何かあっても二人一緒なんだし」

 自分が本当に怖がっているだけだと思っているようだ。違う!と強く否定しようした時

「大丈夫だよ」

 ポンっと、肩に手を置かれた。彼は優しく笑っている。自分達を落ち着かせようとしてくれているのかもしれないが、短髪の少女には逆効果だった。

 ー帰らなきゃいけない

 ここは友人を無理やり引っ張ってでも帰らなきゃいけない。後で怒られたとしてもそうしなきゃいけない、いけないに決まってる。

 なのに、それなのに…地面に根が生えたように足が動いてくれない。

「すぐそこだから行こうか」

「はーい」

 自分の意思とは反して彼の後ろを二人の少女は仲良く手を繋いでついていってしまう。

「ほら、入って入って」

「お邪魔しまーす!」

「お邪魔…します」

 ーピシャッと、扉が閉まる音がした。

 それから、彼女たちをみることは二度となかった。

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