ドラゴンズ・イン・アビス

書い人(かいと)/kait39

フリーランス・ドラゴ

 無限に続く宇宙で、人類の多くは母星を離れて宇宙ステーションで生活するようになった。

 母星と同じ一G(重力)に維持する技術や、動力源の確保、酸素などの合成に食料の生産により生活ができるのだ。

 しかし中には例外も居て、一年、いや人生の大半を宇宙船で生活する者も居る。

 『カプセルド』と呼ばれる技術で、極めて頑丈な小型カプセルに人間一人を収めて宇宙船と神経接続する技術。

 個人で、宇宙戦艦などを操縦してみせるという技術だった、それも複数人で操艦するよりもよほど高度に。

 それを扱うドラゴは、二十代半ばの"なんでも屋"だった。

 代々武家ぶけ――傭兵集団の生まれであった彼だが、近年は戦争が落ち着き始め、今は宇宙海賊でさえ希少性の高い存在だった。

 幼少より停留していた大規模ステーションを離れるおり、彼は生家から特殊な戦闘艦を授かった。

 当時最新鋭だったその艦はカプセルド対応艦であり、彼は手術を受けてこの艦を乗りこなしている。

 戦闘艦の固有名は、『ドラグーン』という。

 尖った先端のある、今ではほぼ忘れられた神話に登場する飛竜を模したような宇宙船だ。

 さほど巨大ではないが、当時最新鋭だった水素核融合炉を搭載するために電力キャパシタの総量が多く、高速での飛行や短時間でのクールタイムを挟むだけで、複数回の空間転移ワープ航法が可能だった。

 カプセルドの収入は、宇宙ステーションの住民とは比較にならないほど多い。

 初めから艦船を持てるほどのカネがあるのが前提だが、やはり危険度の高い深宇宙で合法・非合法の行いができるのだ。儲からないわけがない。

 ドラゴは単独で広大すぎる宇宙を、戦闘艦『ドラグーン』で様々な仕事を請け負っている。

 信条としては、露骨な殺しキルは行わない。海賊などは別だが、侵略行為はNGとしている。

 様々な組織から敵対視されるのも嫌だったし、大手を振って主要な宇宙ステーションや地域などにアクセスできなくなるのも困る。


 アビスという女性が代表的な宙域、その大多数の実権を握ってからというもの、宇宙の治安はかなり改善されつつある。

 ただ、例外はアビスの居城きょじょうより離れれば離れるほどたくさん生まれるものだ。

 ドラゴは愛機『ドラグーン』の、そう広くはないカーゴスペースに小型のステルス核ミサイルを積んで収めていた。

 電磁波探知のレーダー波を欺瞞ぎまんするこの核ミサイルは探知されづらく迎撃されづらいが、威力は宇宙ステーションなどを襲えるほどではない。

 主に宇宙の商売人がその艦船に自衛用として搭載するようなもので、海賊などを確実に撃墜するために使うものだった。

 入手難易度と輸送難易度、需要と供給の度合いが掛け合わされて、価格は決定される。

 そういう意味では、ドラゴが輸送中の核ミサイルは良い利益を生む。

 愛機を手放せば、一生遊んで暮らせるくらいの金にはなるだろうが、長い人生を冒険せずに生きるのはドラゴからしてみれば苦痛でしかない。

 小型の商業ステーションにドラゴは向かっている途中、ドラゴの脳に直接的に呼びかける声があった。

『衛星ステーションに到着。

 ステーションには遮蔽クローク機能が使われています

 暗号通信中。こちらから呼びかけています……』

 と戦闘艦・ドラグーンに搭載されたAI、名前は同じく『ドラグーン』がこともなげに話してみせる。

 AIドラグーンは高度な人工知能であり、周辺の情勢や戦闘時の艦船の動きを、その演算処理能力によって予期するなどが可能なほどだ。

 軽度ではあるが未来予測、予知が可能ということになる。

 今ドラグーンが行っている処理は、小型の商人の隠れ家への呼び出しコールだった。

 彼らの商業ステーションは自然な衛星の破片を加工して建造された、少人数の企業コーポの所有物であり、その位置情報は秘匿されている。

 ある程度信用されていなければ、入港以前に見つけることすらできない、高度な遮蔽技術が使われている。

 主に僻地での弾薬輸送を大手のコーポから委託されて引き受けているところのようだと。ドラグーンは類推していた。

「ようこそ我が社へ。ミスター・ドラゴ。歓迎するよ」

 声が伝達される。特に加工されている様子もない、電波から来る音声だった。

『位置が送信されました』

「少し遠いな」

 ドラゴがそう言う。

『安全上の問題から、徐行じょこうに切り替えています』

「わかっている」

 たまに同じようなやりとりを何度もすることがある。

 ドラグーンが、持ち主のドラゴの安全を最優先に捉えているがゆえだが、AIであるがゆえ融通ゆうづうの効かなさがあるようだった。

『探知・ロックオンされています。エネルギー・フィールドを展開します……』

 ドラグーンの持つエネルギー・フィールドは、重力に干渉し、それを捻じ曲げることで高い防御性能を獲得しているタイプのものだ。

 今は、商業ステーションからチェックを受けているだけだろう。なのでドラゴはこう答えた。

「必要ない。電力キャパシタの無駄だ」

『わかりました。では可能な限り早くの到着を願います』

「お前の通達で徐行しているんだがな」とは言わないが、僅かな感情のゆらぎでさえ把握しているAIにはドラゴの考えは簡単に読み取れる、ということをドラゴは知っていた。ということもドラグーンは理解しているはずだろうが。

 味方AI相手の、思考の読み合いは不毛だ。

 宇宙船と神経接続された彼――カプセルド・ドラゴの視界には、戦闘艦ドラグーン及びその周辺宙域の情報などが浮かんでいた。

 海賊の気配は無し。AIは相変わらず照準波への警告を控えめに放っている。

 なにせ、次のワープや航行に電力がかかるのだ。

 核融合炉リアクターとはいっても、中型としてはやや大きめ程度のもの。

 小型の戦艦なら、お役御免をこうむる規模の出力だ。

 中規模高速戦闘艦としては十分な出力だが、重力バリアを展開しての長時間の戦闘は難しい。弾薬にも限りがある。

 なにもないはずの小惑星の手前で停止するドラグーン。

 その進行方向のベールが解かれ、岩石に擬態していたステーションが姿を表した。

 光学迷彩と、ホログラフによる上張り。確かに、探すのは困難だろう。

 入港しつつ、商談が開始される。

「予定通り、ステルス・ライト・ニュークリアミサイルを200発。

 苦労したぜ」

 後半は半分以上嘘だが、少しでも高く買ってもらいたかったので適当を言ってみた。

 ドラゴは、ミサイルの細かい規格や型番などを提示していく。

 まばらに、合わせて4種類の自衛用核ミサイルの取引が開始される。

「価格を設定させていただきます。

 入港の終わりまでには間に合わせられるかと思います」

「わかった」

 ゆっくりと、彼と戦闘艦は巨大な岩石の加工品へと移動していく。

 カプセルドのドラゴはドラグーンから降りることもない。

 入港し、ミサイルの搬入作業をドローン・無人機で終え次第、すぐに別の場所へと動くのだ。

「レールガンの弾は売っているかな? 最近補充が足りなくてね」

 これもまた商談の1つだ。

 ドラグーン最大の得物――兵器は、艦船の先端部に装備されている、竜の息吹のような荷電粒子を亜光速で放つ砲。超運動エネルギー弾を放つキャノン。

いわゆる、荷電粒子砲かでんりゅうしほうである。

 ただしこれは電力キャパシタの消費が激しいため、補助兵装や継戦能力の強化・拡張の目的で極超音速のレールガンをまるで複眼ふくがんのように艦に内蔵しているのだ。

 仕込み銃的な形であり、亜光速で放つ荷電粒子砲よりは威力は劣るものの、控えめの電力消費でマッハ9の砲弾を柔軟に照準して発砲できる。

 機関銃のような連射はできないが、そこいらの海賊の艦隊フリートなら軽く蹴散らせる程度の速射は可能だ。

 サイズや型番などを通達し、モノとカネのやり取りが行われる。

 ドラゴはこの瞬間が嫌いではなかった。

 むしろ好きで、商売人の気があるみたいだと自覚をし始めている。


 取引を終えたドラゴは出港すると、すぐさまドラグーンのワープドライブを稼働させた。

 空間を捻じ曲げ、距離を圧縮する。

 一度に飛べるのは時空干渉力の限界である〇.五AU(AUとは天文単位のこと。一天文単位は約一億五〇〇〇万キロメートル)程度だが、(主にアビスが配備している)ワープステーションを経由しないゲリラ的な活動が行える。

 一回目のワープ直後のドラゴは、有志が宇宙空間に配備した無人探査装置や回遊かいゆう無人機ドローンの情報を処理していく。

 探査装置に回遊ドローンは、広い宇宙に浮かぶ探知・ビーコンであり、ワープ航法による時空のゆがみや、各種艦船の動きを察知できる。

 利用にはタダではない程度の金額を支払う必要があるが、実に便利である。

 海賊と見做される行為やその他の犯罪、悪質な破壊活動さえ働かなければ船舶の動きの解析は簡単だ。

 特に、このAI・ドラグーンの力も大きい。

『貴方が向かうはずの航路は、レッドスタンディングの活動が活発です。迂回うかい推奨すいしょうします』

 レッドスタンディング――すなわち、犯罪行為だ。海賊行為と言い換えても良い。

 ドラグーンが迂回経路を示すが、「遠すぎる」とカプセルの中でドラゴはそう言った。

『ミッションをチェック。

 海賊艦隊フリートを撃滅したものに報酬が出ます』

「行きがけの駄賃だちんだ。海賊をできれば始末し、次のステーションへと向かう」

 ドラゴは宇宙船の建造に必要となる貴重な資源を、先ほどの秘匿されたステーションから安値で受け取っていた。

 運べばいい値段で売れるし、ステーションの方はほこりを被っていたような商品を処分できたわけだ。

 ドラゴの目的地は大型の建造用ステーションである。

 一部の資本家が巨費を投じて建設された、アビス女史の管轄かんかつ外にありながら、高い安全性と保安に治安を誇っている場所だ。

 主に艦船とその兵装を建造・開発するステーションになる。

 危険地帯での発展を望む者たちが集まっている話も聞く。人口はいよいよ10万人を超えるのだとも。

 地域周辺の海賊の一掃は彼らの悲願であり、艦船や兵器にとって極めて重要なマテリアルを運んでくれる者は歓迎されるはずだ。

 つまりドラゴ自身が客であり、目的地のステーションの取引の相手でもある。

 海賊を駆逐し、友好度を上げ、より素晴らしい(素晴らしく稼げる)仕事を受注する。

「良い循環ループだ」

 ドラゴは誰に言うわけでもなく、独り言を言った。

 AI、ドラグーンも黙って聞いていた。

 宙域を秒速八〇〇メートルで飛行しながら、ワープを再び起動する。

 転移先は、ステーションの二百万キロ手前ほど。海賊の動きが活発になっている場所で、幾つかの商船が撃沈、あるいは拿捕だほされている。

『本当に戦闘に向かいますか?』

「ああ、問題ない」

 時空が捻じ曲げられ、戦線が構築されていった。


 ドラゴが目的の位置より五〇〇キロメートルほど離れて転移し、より細かい敵の動きを確認する。また、エネルギー・フィールドも展開しておく。

 探知範囲内には、海賊に襲われた無惨なふねの残骸が複数箇所にあった。

 灰色の金属がひしゃげ、融解し、どの艦種かの判別はAIのドラグーンにも難しいようだ。

「ここまで徹底的に破壊すれば、コンテナの中身も回収できないだろうに」

 ドラゴは息をむ。

『海賊の交渉力の低さが垣間かいま見えますね』

 ドラグーンがそう応じる。

「武装の中途半端さもな。破壊するだけならここまで吹き飛ばす必要はないだろう」

『破壊には徹しているようです。お気をつけて』

 ドラグーンはそう言って、類推るいすいされる兵器データなどを表示する。

 艦船を残骸にした兵器は、核の可能性が30.181……%、あとは数%台が幾つも並ぶ。

 ワープ終了と同時に、ドラグーンから射出された無人機ドローンがあった。

 全方位にバリアを展開したままだと、ドラグーン本体の索敵機能が落ちる。

 そのため小型ドローン――正確には、ビット兵器を複数展開するのだ。

 周辺を高速で飛び回り、ドラグーンの予備の目として機能する。

 攻撃能力は持たないものの、そこそこの電力・充電でよく動いてくれる安定した兵装だった。

 不快な音とともに、ドラグーンがドラゴのおさまっているカプセルの中に声を響かせる。

『警告。

 二〇〇〇キロメートル先で艦隊フリートを発見。

 海賊の可能性が約91%』

 「艦船データを」とドラゴが聞く前から、すぐにそれがドラゴの脳と視界に送られる。

 小型戦闘艦が五〇隻以上。正確には五五隻。

「この程度、俺とお前なら粉砕できる。

 行くぞ!」

 ドラグーンは中型戦闘艦だが、性能は良い。おまけにカプセルドが操っている代物。

 動きの柔軟さと反応速度が違う。

 高速で宙域を飛翔し、敵フリートを追跡する。

 ドラグーンは最高速度の時速三〇〇〇キロで推進する。このまま行けば二、三〇分で船団とかち合うこととなるだろう。

 ドラゴは暗号化していない通信を海賊と思しき船に送っておいた。

 定型文だが、本当に海賊かどうかの確認用だ。

 可能性は低いが、自分と同じ海賊狩りのフリートの可能性もある。

 しかし、予想した通りに汚い言葉で返信が来る。

 それは、要約する必要もないほどシンプルな海賊のののしり単語であった。

『目標の艦隊を敵と認定。兵装のロックを完全に解除します』

 いつでも狙い撃てる態勢だ。小型艦なら荷電粒子砲の出番は薄い。レールガンで十分だろう。

 超合金の砲弾を秒速二五〇〇メートル以上で放つ、ドラグーンに内蔵された砲身が敵に向けられる。

 艦内部の砲身の動きを、手足のように感じ取るドラゴだった。

 AI・ドラグーンが未来予測を行い、進行方向をチェックする。発砲にはまだ早い。

 先んじて、展開され回遊していたビット兵器が電子兵装ECMを展開する。

 これはターゲットした艦船に特定の電磁波を放って、ワープ座標を確定させないように妨害を行うものだ。

 確実に仕留めたい相手などを刺す際に使う電子戦用装備。まあまあ高価だ。

 展開しているビットは二〇。予備もあるが、全てのビットが撃墜されるとこの先が危険なので残しておく。

 少なくとも二〇隻はワープされる前に仕留めるつもりだった。

 先に火が吹いたのは海賊側。

 安定の電波照準でドラグーンがロックオンされ、ミサイル発射管から核弾頭と思しきミサイルが飛翔する。

『爆発に合わせ、絶対防衛圏ぜったぼうえいけんを構築』

「任せるぞ」

 幾度か機体ドラグーン周辺に核ミサイルが炸裂し、ドラゴの視界が完全にさえぎられる。

 爆風によるものではなく、エネルギー・フィールド(バリア)でドラグーンの全てを覆い尽くしたため、外部情報が得られなくなったのだ。

 爆発後はごく一部のセンサーをフィールドの外に出し、次の着弾に備える。

『アークジェットを利用した、高推進力ミサイルです。

 推定速度はマッハ4』

「速度を落とせ」

『推奨されません』

 ドラグーンが持ち主のドラゴに抵抗する。

「敵を弾切れに追い込む。実行を要求する」

『本当に実行しますか?』

「早くしろ」

『その冒険心は不思議です』

 ドラゴにとっては、戦場には不似合いなAIの台詞セリフのほうが不思議だった。

 それなりに長い付き合いだ。冒険心の強い自分に振り回される、船体およびカプセルドの管理AIの気持ちは分からなくもない。

 エネルギー・フィールドの応用で出現した重力場により、一度加速したドラグーンが急激に速度を落とす。

 ドラグーンにも備わった、アークジェットの逆噴進ふんしんで速度を落とすよりも早いので重宝するやり方だった。

 海賊からすれば、今が狙い時だと思ったのだろう。

 大量の核弾頭ミサイルの爆光が、ドラグーンの周囲を覆い尽くした。


 小さな街程度ならたやすく消失させられるほどの核の炎も、ドラグーンの重力バリアの前では無意味だった。

「先手は下手しもてに譲った。

 さて、狩らせてもらおう」

 ドラゴはそう言うと、高そうな――つまりは敵海賊のリーダー艦からドラグーンのビットによるワープ妨害を行い、妨害されていない艦船から超合金レールガンで狙い撃っていく。

「かすった程度か。照準が甘いな」

『ビットによる狙いを補正します。

 一〇秒以内に調整は完了』

 弾道計算とともに未来位置予測を行い、ドラゴはその5秒後に発射を再開した。

 複数ある内蔵レールガンの砲身と核融合炉が莫大な電磁場を生み出し、今度こそ海賊船を射抜く。

 艦船周辺の情報は全て録画されている。探査機などからも敵の排除を検知するだろうし、決して少なくない報奨金が戦闘後に向かう予定のステーションから出るのだ。

 暗号化されていないオープン通信が、ドラグーンに発せられた。

『降伏する。命だけは助けてくれ』

 そういう、海賊の身勝手な要求だった。

 ドラゴは武装を解除するように要求し、しばらくすると攻撃が完全に止む。

 抵抗する力を失くした海賊フリートだが、ドラゴやドラグーンにはわざわざ拿捕だほする規模の戦力はない。

「その命でつぐなえ」

 ドラゴは冷淡にそう言うと、正確に狙撃を行った。

 悪罵あくばの声も与える暇なくドラゴは海賊を全隻撃沈させたのだった。

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