十二話 今の日常

 あれから半年が経った。

 私達は半年前と変わらず王都にいるけど、孤児院にも入れず職にも就けていない。


 じゃあ、どうやって生活してるのかって?

 

「おぉーい、誰かぁーっ!! そのガキ共を止めてくれぇ!!」


 これが答え。

 私とブレアは今、露店の商品の焼き鳥などを盗んで店主から逃げている。


「……っ……ごめんなさい……!!」


「へっへーん! うっせーよ、バーカ!!」


 もちろん心は罪悪感でいっぱいだ。

 だけど私達だって食べるために、何だってやんなきゃいけないんだ。

 ブレアに罪悪感は無さそうだけど。


「待て、クソガキ共!! お前らが噂のヤツらか!!」


「ほぇ!? ブレア、衛兵だ!」


「げげっ! マジかよ!!」


 私達が毎日のように盗みを働くため、マークされてたんだろう。

 目を凝らし、目の前に立ちはだかった三人の衛兵の体内のマナを見る。


 あの三人、マナ量が私とブレアより上だ……!!

 まずい……!!


「ブレア!!」


「うっせーな、わかってら!!」


 私達は闘気を纏って身体能力を高め、衛兵たちから逃げた。


「!! あのガキ共、闘気を纏ったぞ!!」


「逃がすな!!」


 衛兵達三人も闘気を纏って私達を追いかける。

 元の身体能力もマナ量も私達より高い衛兵達に次第に追いつかれ、人通りの少ない街角に私達は追い込まれた。


 半年前より私もブレアも強くなってるけど、それでもまだ大人には敵わない。


「終わりだな……大人しく付いて来い!! クソガキ共!!」


「けっ! バーカ!! 終わりなのはお前らだぜ!!」


 そう、私達は追い込まれたのではない。

 衛兵達をここに誘い出したんだ。


「アリア、お願い!!」


 私達が追い込まれた高い壁の上にはアリアが立っており――。


【闘魔の歌】


 私の合図と同時に歌い出す。


「何だ!? 歌……!?」


 アリアの歌は私とブレアの身体に流れると私達のマナ量が増幅され、闘気に回せるエネルギーが増えた。


 これなら……勝てる!!


「はああぁぁ!!」

「いくぜ!!」


 闘気が力強くなった私達の能力が上がり、驚き固まる衛兵達の隙をつき、私達は攻撃を繰り出す。

 瞬時に私とブレアは打撃によって、一人ずつ意識を奪う。


 これで、残る衛兵は一人だ!


「どういうことだ……!? これは!?」


「この二人を連れて引いてっ! そうすれば――」


 残ったままの衛兵が困惑する中、私は左手を掲げ制止させようと試みる――が。


「このっ……クソガキ共が!!」


 私に対して何かの魔法を放とうと、衛兵の両手にマナが満ちていく。


「やばっ……!!」


 引いてくれると思ったのに……このままじゃ、ヤバい……!!


「死んどけっ!!」


 私が魔法を受けることを覚悟した時、ブレアは魔法を放とうとしている衛兵の背後に回り、後頭部に回し蹴りを決めた。


「何やってんだ、のろま!! 行くぞっ!!」


 残った最後の一人の意識も奪ったブレアを先頭に、私達はその場から走り去る。


「……ごめんね、アリア。アリアの歌をこんな風に使っちゃって……」


「はぁっ……はぁっ……ううん、気にしないで。私は二人みたいに闘気を纏えないから」


 アリアの歌は、やっぱり魔法だった。

 私が半年前に右腕を斬られた時に癒やせたのも、そのおかげだったみたい。

 皆でアリアの歌を検証したら、マナ量が増える歌や他にも凄い魔法があるってわかったんだ。


 私には魔法の知識があまりないから分からないけど、物知りのフローラがかなり希少な魔法だって言ってた。


 アリアの歌はこんな事をする為にあるんじゃないのに、私たちは生きる為の犯罪に利用している。

 アリアも本当は嫌なはずなのに……心配する私を笑って安心させようとしてるんだろうな。


「バーカ!! 使えるもんは使うんだよ!! あったりめーだろが!! だいたいお前も斬られた右腕の一本くらい気合で生やせよな!! それならもっと盗めるのによ!!」


「腕が生えるわけないでしょっ!」


 ブレアは半年経っても単純で嫌なヤツのまま。

 だけど、今の環境になって分かったことが一つある。


 さっきみたいな時に迷いがなくて頼りになる時もあるということ。

 悪いことに対してどんどん躊躇いが無くなってきている所もあるんだけどね……。


「まぁ今日は大量だぜっ!! 良くやったぞ、お前ら!! はっはっはーっ!!」


 リーダーぶってら。

 めんどくさっ!!


 ――私達はこうやって毎日のように、乞食や盗みで生活している。

 ルーナ、フローラ、メラニーは乞食や買い物やお留守番担当。

 私とアリアとブレアが盗み担当。


 ベラとエマは、不定期で何かの仕事をしてるみたいだけど、内容は私達には教えてくれない。

 だけど現金収入で稼ぎもすっごく良いの。

 その稼ぎを皆に分配してるから誰も何も言わないし、聞かないんだ。


「へっへーん! たっだいまーっ!!」


 私達が住んでいる場所は、王都のスラム街。

 スラム街は悪い人とかが多いみたいだけど、案外綺麗。

 住む前は汚いとこなんだろうなって思ってたんだけど、ゴミや死体はお金になるから拾う人がいるんだってエマが言ってた。


 そんなスラムにある空き家の一軒に、私達は勝手に住み着いている。

 中も外もボロボロだったけど、ルーナ、フローラ、メラニーの三人が何とか修繕してくれた。

 それでもボロだけど、私達のマイホームだ。


 時折変なおじさんが勝手に入って来たりもするけど、そんな時はエマが対処してくれてる。


「おかえり」


 盗みを働いた私達三人をルーナが出迎えてくれた。


 私達の身体は半年前より体は成長したけど、ルーナは痩せ細っている。

 ララがカニバルに殺されたことをまだ引きずっていて、夜うなされているのを見たのなんて一度や二度じゃないし、お肉は何の肉でも未だに食べられない。


 そんな弱った状態でも、私達をまとめるために必死に頑張ってくれている。


「おらっ、お前ら集まれ!! 飯だ飯!!」


 ブレアが家中に響き渡るような大声で皆を呼ぶと、家の中にいた皆が続々と集まって来た。


「たははーっ! 大量じゃーんっ!!」


「あらあら、ブレアちゃん達頑張ったのねぇ」


「怪我とかはなかったかい?」


「……ありがとう……」


 今日は私達以外は外に出ていない。

 皆から労いの言葉を受けながら、他所で拾ってきた木箱をテーブルにして、私達が盗んで来た食事を平等に分けて、皆で食べる。


「おいしいねっ、アリア!」


「そうだね、ヒメナ」


 私達が食事を取る中、ルーナはそれを座って眺めてるだけだった。

 手を動かさず何も食べない。


「ルーナ、食べろよ! てめーっ!!」


「ううん、お腹空いてないから私はいいの。私の分は皆で分けて食べて」


 にっこりとしたその笑顔からは、あまり生気が感じられない。


「ちぇっ! 食わねーからいつまでもウジウジすんだ!! 無理矢理腹に入れろ!! バーカ!!」


「たっはっはーっ! ブレアの言う通りだぞっ、バーカ!!」


 ブレアとフローラだけじゃない。

 皆ルーナのことを心配していた。


 ルーナは真面目だから犯罪を自分がするのも、皆にさせるのも本当に嫌だったみたいだし、まとめ役として皆に気を遣ってる。


 それにしても、人の食べ物取ったりしてたブレアが食べないルーナの心配をするなんてなぁ。


「ヒメナ食べ終わるの待ってもらってごめん。行こっ」


「うんっ!」


 アリアと私は早々にご飯を食べ、家を出た。

 目的地は家のすぐそばなんだけどね。


「やっぱりまだ枯れちゃってるね」


「ほえぇ……病気なのかなぁ」


 私とアリアは家の外に拾ってきた植木鉢を置き、何の種類かもわからない花を育てていた。

 花びらの色は黄色で、何の変哲もない花。


 摘んでから暫く経ったんだけど、元気が無くなってて可哀想。

 私達が摘んだせいかなぁ……?


 アリアが歌えば私を治したみたいに花を元気にできるんだろうけど、アリアは歌わない。

 アリアが歌わない理由はわからないけど、私も無理に歌うことを勧めたくない。


「大丈夫」


 私達に続いて家から出てきたルーナが、後ろから声をかけてくる。


「陽の光に当てて水をきちんとあげれば元気になるわ。人も疲れたり傷ついたりしても、立ち直れるでしょう? きっと、それと同じよ」


 ルーナ……まるで自分に言い聞かせてるみたい。


「だったら、ルーナもこの花みたいに頑張って生きないとね。食べなきゃダメだよ」


「……そうね。ありがとう、ヒメナ」


 これが今の私達の日常。

 明日食べれるかも毎日心配しなきゃいけない生活だけど、皆で協力して何とか生きてるよ――エミリー先生。



「…………」



 私達は、この時気付けなかった。

 メラニーが私達を陰から見ていたことも、どんな想いで見ていたのかも――。



*****



 ――現在、戦争中のアルプトラオム帝国に人数で劣るボースハイト王国は辛酸を舐めさせられていた。

 数で劣る帝国相手に、科学力で勝る王国は何とか戦線を維持しているが、それも長くはもたないことは誰もが予想している。


「ロラン団長。ご報告です」


「それって重要な報告かい? もうお守りは勘弁して欲しいのだけれど」


 王国軍紫狼騎士団団長ロラン・エレクトリシテ。

 攻めではなく守りの要として王城に勤務する彼は、力を持て余していた。


「団長が王女殿下や王子殿下の護衛をしている所を見たことがありませんが」


 戦線に参加することができず、国王や宰相達の機嫌を伺う日々。

 面白いことや刺激が好きな彼にとっては、淡々と続く苦痛な毎日であった。


「――歌で強くなった?」


「ええ、衛兵所からの報告によりますと」


 そんな中、彼に王都内の治安の報告が入る。

 そう――今日起きたばかりのヒメナ達の強盗事件だ。


「歌の魔法かな? 味方のマナを増幅出来たりする類のモノだとしたら、かなりレアだね。子供でそれを操ることも含めて」


 強盗と言っても、王都内で起こる様々な事件の中でも小さい事件。


 しかし、魔法に関わる事件に限っては、ロランは小さい事件でも自身の耳に入るようにアンテナを伸ばしていた。

 放置していれば危険な可能性があるのと、彼の興味からである。


「ふーん、とっても痺れそうだね」


 ロラン・エレクトリシテがアリアの歌魔法を認知したこと。

 そのことが、ヒメナ達の運命を変えることとなる。

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