52 祈り

 ……徳川……あるいは君ならばそれでもみんなを進めさせたかな? でもやっぱり僕には無理だ。君の代わりなんて出来るはずがない。

 白夜の剣先が地へと下がる。

 アークロードは黒い兜の下の表情を見せず、彼の前に立つと無造作に大剣を抜いた。

 彼は観念していた。終わりを覚悟していた。この世界で、戦いの中で生きていく自信などない。

 アークロードの剣の先は天を向き、地にいる白夜へと落ちてきた。

「白夜ちゃん!」

 と誰かが彼の前に飛び出した。

「……お、ぼろ?」

 何が起こったのは咄嗟には理解できなかった。ただ彼女の体を反射的に受け止めていた。白夜の代わりに斬られた細川朧を。

「朧! おい、朧!」

「……白夜、ちゃん」

 彼女の体は濡れていた。背中に負った傷から大量出血している。

「だ、誰か! 治癒を、頼む! 助けて」

 しかしその声に答える者はいない。聖職者達は先程のロボットとの戦闘で魔法を使う集中力を使い切っていた。

「朧!」

 徐々に冷たくなる幼馴染みの体を。白夜は強く抱いた。

 いつも彼女は側にいてくれた。いつも助けてくれた。白夜が小学年の時にイジメられてクラス全員からシカトされた時も、他クラスから応援して勇気づけてくれた。

 彼女はもう兄妹……いや、違う……彼女は……。

「悲しむことはない。所詮、皆死ぬのだ」

 アークロードは静かに黒い兜を取った。

「…………!」もう声も出なかった。

 そこにあったのは自分と同じアジア系の二十代後半くらいの青年の顔だ。この世界で見てきた人種とは違う。

 ……そうか……。

 白夜は思い出した。この世界に飛ばされすぐだ……オークに襲われ……考えたらあれはエレクトラの策謀の一つなのだろうが、その時彼はアークロードに助けられた。その時アークロードは「クズが!」とやりすぎたオークを罵っていた。

 あの時はまだエレクトラの指輪もない。つまりアークロードは日本語を喋った。

「あなたは……日本人ですね?」

「そうだ」アークロードは認める。

「俺は君達と同じ世界の、国の人間だ。日本人さ、皮肉なことに俺も三年四組……びゃくや、君も白夜だろ、俺もびゃくや、皆部白矢(みなべ びゃくや)、一九八九年度北海道札幌東中学校の卒業生になるはずだった」

「なぜ……アークロード」

 青年は自嘲する。

「君達と同じだ。失敗したんだよ、クラスの仲間は俺を除いてみんな死んだ。俺はエレクトラ様に忠誠を誓って生きることにした」

「でも、それっておかしくない?」

 意外にもここで割り込んだのはらららだ。

「だってららら達は二〇二二年度卒業生だよ? だったらあんたは五〇近いでしょ?」

 小西は自分の立てた指をじっと睨みつけている。

「簡単なこと、エレクトラ様の召喚術には時間など関係ない。聞いたはずだ、この百年色んな時代と……さあ、おしゃべりは終わりだ。残念だが君達は元の世界に戻ることなく、みんなここで死ぬ。どうせ生きてても辛いことばかりさ」

 ……みんな……死ぬ?

 白夜の記憶層に光景が蘇る。野々村秀直、木村智、笹野麻琴、嶋亘、平深紅、本田繋……そして徳川准。みんな無惨に殺された。みんなまだ生きたかったろうに殺された。希望も夢も打ち砕かれた。どんな力があるか知らないが、たかが剣一振りの為に。

 腕の中の細川朧も。

 どうしようもなく、何も出来ない。

 白夜は心の底から願った。誰かに。

 ……助けてくれ……朧をこのどうしようもない状態から! 助けて下さい……朧を助けてくれたなら……僕は何でもします。

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