35 平深紅

 平深紅はこれまで何もかもつまらなかった。

 彼は比較的裕福な家に生まれ、親の方針として幾多の習い事をさせられた。

 全てをあっと言う間にマスターする。

 両親は大喜びをし、深紅に対して過度な期待を抱いた。

 彼はそれに応え続けた。努力して、し続けて、何もかもに才能を見せた。

 だがそれに比して彼の世界は色を失っていった。

 深紅は本当にやりたいこと、好きなことが見つけられなかったのだ。

 ただ親の言いなりになり、親の指定する事を続ける。

 彼はただ厭世的な少年になっていった。


 オーガー達が吊り橋を揺らしながら近づいてくる。

 ……あるいは、橋を落としてしまおうか。

 深紅は素早く考えたが、すぐに首を振る。

 この橋が無くなったら、帰りはどうするのだ?

 彼は深く息を吸い吐くと、ロングソードを背中から抜き両手で構えた。

 隣では白夜がブロードソードを抜いている。

 後は戦いが始まるだけだ。

「平君」

 好戦的な気分に無理矢理己を誘導していた深紅は驚く。背後から北条に声をかけられたのだ。

「どうした?」と振り向くと彼女は目に涙を溜めていた。

「今しかないから、言うね……私、あなたが好き……ずっと前から」

 まさかの告白。深紅は咄嗟に答えられず、青藍の整った顔を見つめるだけだ。

「……そ、そうか……ありがとう……後でもう一回聞きたいな」

「うん」彼女の声に元気が跳ねた。

 オーガーとの戦いは凄まじい物となった。

 鉄の棘がついたオーガーのメイスをかいくぐりながら筋肉の塊の体を斬りつける。

 かわしそこなった棘が鉄の鎧にかすり、嫌な音を立てた。

 それでも深紅と白夜は善戦した。

 次々と迫るオーガーを叩き斬っていく。

「こいつらには盾戦法は無理だな」

 深紅はいつかの戦いを思い出し、苦しい息の下から白い歯を見せる。

「ああ、力が強すぎて木の盾なんて一撃で粉々だ」 

 応じた白夜の息も上がっていて、限界が近いことを如実に表していた。

 青藍は言葉もなくメイスを振るい続けていた。

 これだけ戦ってもオーガーはまだまだいる、三人の奮戦も限界がある。

 ……やはり橋を落とす、それしかない。

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