33 異世界のほうが

 朝倉菜々美は親から虐待を受けていた。

 毎日殴る蹴るは当たり前だが、それは卑怯にも一目で判る顔ではなく腹や背中に集中していた。だから血が混ざった尿が出るのも日常だった。

 しかしそれは誰にも言えない。

 もし話せば助かるかも知れないが、一つ間違えば取り返しのつかないことになる。

 何せ日本の児童相談所は……優秀だ、朝倉は両親が自分を愛していないこと、殺意さえちらつかせていることを見抜いていた。

 彼女の家は壊れている。

 両親は祖父の財産を散財し遊んで暮らし、父も母も異性の恋人を何人も作っていた。 「お前が出来たのは何かの間違いだ」と父からよく聞いたが、その通りなんだと彼女も思う。

 朝倉菜々美の両親は親になる能力を持ち合わせていない。

 精神的に成長せず大人になり、ただの欲望と打算でくっついた。それだけの人間だ。 

 菜々美に対する暴行は、いらない物への八つ当たりでしかない。

 そう朝倉菜々美は物であった。

 だから毎日彼女は暴力で起き、暴力で寝た。

 そんな彼女の状態を察知したのは、嶋だけだった。

 彼もまた両親に愛されなかった少年で、だから二人は寄り添った。寄り添ってひっそりと生きてきた。

 彼が異世界に飛ばされて喜んだ理由は、菜々美にとって自明だった。

 アースノアと呼ばれているらしいこの世界は二人の新天地なのだ。

「僕等はここに残って二人で暮らそうよ」

 いつかの夜、嶋はそっと菜々美に囁いた。

 進学も許されなかった彼女にとって、それは夢のような考えだった。

 まさに夢のような。


「行こう……もうここは危険だ」

 何かに耐えるように准が朝倉に声をかけ、周りで呆然としていた仲間達も我に返る。

「嶋をこのままにしておくのか?」

 白夜の問いに、准は嶋の死体に手を置いた。

「弔っている時間がないんだ……許してくれよ、嶋」

「そんな……なら亘と一緒にここに残ります!」

「判ってくれ朝倉さん!」

 尚も朝倉は涙を溜めた目を上げ拒否の表情を見せたが、准は許さなかった。


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