31 致命的な休息
「すげえなやっぱり」
馬の速度を落としつつ立花僚が石田を絶賛する。
しかし彼は肩で呼吸していた。
「魔法での攻撃も限界だよ」
石田の消耗に准は頷いた。
皆、早くもかなり疲労している。
賢者ラスタルの言葉通りガルベシアは怪物に溢れていた。
「馬をどこかで休憩させよう」
白夜はそう提案し、三年四組一行はそこから少し離れた場所で馬を止めた。
馬から下りるなり、深紅は兜を投げ捨てる。
「こんなの被っていられるか! 暑いんだよ」
同様の思いだったらしく、白夜も兜を脱ぐ。
シャーニナ女王の心遣いは有り難かったが、防具は現代人の彼等から見て不便すぎた。
専用の下着……鎖帷子のズボン……を履かなければならないし、少し動くだけで体の熱が籠もり頭痛を覚えるほどのぼせてしまう。そして重い。軍馬と馬車があるから旅を続けられているが徒歩でこれなら数キロでギブアップだろう。
しかし准は彼等の悪態ばかり聞いていられない。
彼はじっと耳を澄ませ、現在の場所が安全かどうか確かめようとした。
深い森の間にある道だ。
森が風に揺らされる音くらいしかしないが、油断など出来ない。
「早く先に進もう」
それが最善に思える。
「え~、らららつかれちゃったよ~、やすも~」
小西歌が、馬に乗り続けた為に痛みを覚えだしたのか腿をさすりさすり唇を尖らす。
「確かにそろそろ休まないと、魔法を使う集中力も回復してないし」
北条青嵐も鉄兜を外しながら同意する。
「だけどここ、安全なの?」
大谷環が周囲を心配そうに見回しているから、
「嫌な感じはしない、しばらくは大丈夫だろう」
と本田繋が安心させようとする。
馬車から明智明日香が降りてくる。彼女は兜だけではなく鉄製の鎧の幾つかの部分を外していて、殆ど鎖帷子だけになっていた。
「大丈夫か? 明智」
白夜が素早く近寄り、彼女は青い顔に笑みを浮かべて「ありがとう、少し楽になった」と健気に答えていた。
「あーん? 大体あすかちゃんはどこが悪いのー? 頭痛い? それとも下痢? てかー、臭くない? これ何の臭いー?」
再び成田が無神経に訊ね、明智の表情が険しくなる。
「なんだかリネンの布を使っていたみたいだけどー、どこか切った?」
「あー、もー」
らららが素早く成田に近寄ると、その顔面にぐーパンチをお見舞いした。
「ぐわっ、なんだよー!」
「黙れ成田! 女の子は大変なんだ」
はあ、とその光景を目にした皆がため息を吐き、それにより彼等の顔に輝きが戻ってくる。
「この旅が終わったら、成田君には勉強して貰わないと」
肩で息をして身を折るだけだった朝倉菜々美に話す力が戻ってきたようだ。
「……明智、無理はすんなよ」
「大丈夫、源君、みんなの足手まといにはならないから」
「ふーん、何だかえらく優しいね、白夜君」
白夜と明智の会話に、突如細川朧が乱入する。
「そりゃ仲間だからだろ、何だよ朧」
慌てる白夜に朧の目は鋭い。
「私が大変な時はそんなんじゃないじゃない。おなかいたいよー、とか訴えているのに」
明智の目が丸くなる。
「て、細川さん、源君……男の子にそんな事言ってんの? それって女の子としてどうなの?」
「女の子はいい男一人見つければいいのよ、そんな時代」
会話についていけない力角がぽかんとしているから、白夜は話を締めくくる。
「と、とにかくあまり長い間の休養は危険だ、さっきの奴らがまだ追ってくるかも知れない、素早く休もう」
「素早く休もうって何?」
白夜は朧の横目から逃げた。
だが彼等は休みすぎた。一度止まると鉛のような疲労がおぶさって来たからだ。
それは致命的なミスだった。
嶋亘は平和そうな森をじっと見つめていた。
平和そうな平原を、平和そうな山々を目にしてきた。
彼はこの世界を気に入っていた。皆のように必死に元の世界に帰りたいとは思わなかった。
嶋が異世界転移を喜んだのはそれ故だった。
彼には両親はいない。いないと思っている。
嶋の両親は彼が小学四年生の時離婚した。まあそれは不幸だがよくある話と言えた。
だが問題はその後だ。
父も母も嶋を引き取ることを拒んだのだ。彼の養育を拒否した。
それは子供だった嶋の心に深い傷を作った。
……父さんも母さんも僕なんかいらないんだ。
彼は祖父母に引き取られ、そこで育つこととなった。
嶋が世界を嫌いになったのはその時からだ。この世界に自分はいらない……そう思うようになった。
祖父母の疲れた顔を見て、進学はせず中学校を卒業してから働くことに決めた。
だから異世界へ飛ばされても何の痛痒もなかった。
どうせ元の世界でも愛してくれる人などいないのだ。それどころか堀赤星や脇坂卓のような自分が特別だと信じている連中に目の敵にされいじめられる。
ならば異世界で新しい世界で一からやり直すのもいい。
新しい自分になるのだ。
確かにこの世界が牙を剥き、仲間達を失ったときは落ち込んだ。だが居場所のない日本に戻るよりは、ここで最初から自分の居場所を作っていく法が楽なのだ。
生まれ変わる。辛いだけの過去を忘れて……その誘惑は何よりも強かった。
その時、森の異音を彼の耳は拾った。木の枝がどこかでしなったのだ。
嶋亘の首に矢が刺さったのは次の瞬間だった。
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