22 女王シャーニナ

 王宮を一目目にして女子達は沸いた。

 無骨な城とはまず庭が違うのだ。大がかりな花壇であるフラワーベッドが通路の横に作られていて、人の背丈より高い生け垣で作られたメイズが設置してある。庭の各場所には地母神のシンボルや動物をもしたガーデン・オーナメントが立ち、まさに少女が夢見ていた西洋の庭園だ。

 主役の屋敷も誰もの目を奪った。

 丸みを帯びた屋根と三角の屋根を規則的に並べ、それぞれに薄茶色の煙突が寄り添っていた。建物自体は三階建ての白い煉瓦造りだが、窓々にはガラスが嵌められ、日の光の中にあるとまるで童話の中に出てくるような大きな屋敷だった。

「わぁー、素敵」准が目を剥いたのは、それが北条青藍の台詞だったからだ。

 彼女はもっとクールだったはずた。戦いの連続で少し壊れたのだろうか。

 だが彼女の感嘆は続いた。屋敷の中も廊下一つとっても清潔で豪華で広く。三年四組の生徒皆にはそれぞれ部屋とベッドを与えられた。

 凄まじい好待遇である。

 人生塞翁が馬と言われているが、死ぬ覚悟をした酷い戦争がこんな結果を呼ぶとは人の運命は判らない。

 ただしこの事態を最も喜んだのは彼等ではない。

 今や本田繋と隙あらば共にいるカティア姫だ。

 二人は常に行動を共にしていて、庭で廊下で屋敷の一室で顔を見合わせて楽しげに話している。

「これってさあ、本田のおまけじゃないオレ等」

 小早川は文句ぶーぶーだが、

「だとしても儲け物だ。こんなにくつろげる場所はこの世界になかった」 

 と深紅になだめられる。

「だねー、この屋敷にはトイレもあるのだ」

 らららは夢の中にでも入ったかのように、頬が赤い。

「出たなー、便所マニア」

 成田隼人はらららにぐーでぶん殴られるが、徳川准は見なかったことにした。

 彼には密かに考えがあった。

 すぐにシャーニナ女王に面会を申し出て、言葉を選びながら頼む。

「馬? 乗馬を習いたいと申すか」

 それは准がずっと考えていたことだ。この世界の移動は徒歩では辛い、だからこその馬だ。

「よかろう」シャーニナはあっさりとしていた。

「乗りやすい馬と有能な教師を揃える、好きにせよ」

 准は深く頭を下げた。

「うまー?」聞きつけたらららは眉を潜める。

「らららは嫌だな、臭いもん」

 彼女のトラウマは理解できた。何と言ってもエルヴィデス城が馬糞臭かった。

 なんでも漆喰に馬の糞を混ぜるのだそうだが、小西歌はそれで城が大嫌いになっている。

「いい考えだなそれ」

 反対に源白夜達には評判がよかった。これからの旅程を短縮できるのは明白で、さらに戦場で思い知ったが騎馬は強い。

 ららら以外は目を輝かせる。

「だけどさ、時間はそんなに無いんだろ? 出来るかな」

 斉藤が不安そうにするが、

「何も競馬に出る訳じゃない、基本でいいんだよ、基本」

 と深紅が彼の肩を軽く叩く。

「おい、らららの意見どーなった」

「明日から始めよう、シャーニナ様の許可は取っているんだよな?」

「小早川め、らららを無視すると、大魔法あっち向いてホイだぞ」

 だが小西歌の意見は全ての耳にスルーされた。

「後一つ」准は窓際に立っている本田繋に目をとめた。

「なんだ?」見返す本田に、准は提案する。

「本田、みんなに稽古をつけてくれないか?」

「俺が?」 

「ああ、聞いたぞお前はエルヴィデス城で怪物達を大分倒したようじゃないか、その技をみんなに教えてくれ」

 本田はしばし俯く。

「まあ……構わないが、俺は小学生の低学年から剣道やっているんだぞ」

「だからさ」

 再び深紅が口を開く。

「基本でいいんだよ、基本」

「そうか、なら判った」本田の目に決意の色が浮かぶ。

「だが厳しくいくぞ、お前達のためだ」

「らららは無力なギャルだから、やさしくていーよ」

 らららは再びスルーされる。きっとそんな運命なのだ。

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