7 しくじり

「結婚税?」

 夜も更けたエレクトラの屋敷で、相変わらずのオートミールを前に、木村が聞き返した。「ああ、結婚する男女はそれを領主に払わないとならないらしい」

「何それ」准の説明に青藍の眉が逆立つ。

「ユニの家も相手の男の人も貧しくてとても結婚税を払えないから、彼女は必死で働いているんだって」

 らららは小さく息を吐く。

「払わなければいいじゃーん、内緒にしていればー」

 成田はあっけらかんとしているが、らららは首を振る。

「村の掟に反するのよ……で、もし払えないと……」

 らららの顔色が悪くなる。

「……領主様に処女を捧げないといけないんだって」

「はあ、なによそれ!」

 明智明日香がきつい口調で怒りを表す。

「キモいし、そんな勝手あるの?」

 らららは沈黙する。

 三年四組も沈黙する。

「処女権はこの世界ではそんなに珍しいことではありません。領地で産まれた娘は全て領主の物で、奪うつもりなら金を払え、と言うことです」

 エレクトラは何でもないように補足した。

「そう言う問題じゃないっつーのっ!」

 らららは激してテーブルを叩く。

「好きでもない男にそんなことされるのって女の子は凄く傷つくんだ」

「でもなあららら、それを俺達が知ったところで何になる」

 平深紅は物憂げだ。

「俺達が金を出すのか?」

 しかしエレクトラは恥ずかしそうに首を振った。

「そろそろ貯めていたお金が尽きそうです、とても結婚税は……」

「ならだめじゃん」

 立花は頭の後ろで手を組むと、結論を出す。

「でも! 酷いことなんだよ!」

 らららが叫び、再び静寂が訪れる。

「ねえ、何とかユニを助けられないかな?」

 ギャルでいつも調子のいいらららとは思えないほど切迫した問いだった。

「ならさあ」成田隼人が悪戯っ子の顔になる。

「領主脅しちゃえば? ユニに手を出すとヤっちゃうよってー」

「バカかお前」

 深紅が軽蔑の眼差しを成田に向けた。

「どうしてだよー、領主が思い知ればユニも助かるだろ? 俺達がいる間はー」

 はあ、と呆れた空気が満ちる。

「いや、俺はやってみて損はないと思うがな」

 突如成田を援護したのは黒咲司だった。斉藤の件で皆の目が冷たくなったから、挽回したいのだ、と准は下心を抜く。

「僕は反対だ」と黒咲に抗したのは意外にも石田だった。

「余計な行動でユニの立場が悪くなったら目も当てられない」

「ああ?」黒咲の眉根が寄る。

「うるせーよザコ、お前は怖いだけだろ」

「僕も軽率だと思う」

 白夜が石田の肩を持つから、黒咲は舌打ちする。

「あーそうかい、なら全員じゃなくていいよ、可哀相なユニちゃんを助けたい勇者は手を挙げろ」

 真っ先に手を挙げた小西歌の他に黒咲司、堀赤星、脇坂卓、成田隼人、木村智、嶋亘が賛成した。

「僕等は選ばれし者達だからね、か弱い女性も守らないと」

 嶋は相変わらずだが、徳川准は仕方なく彼等と行動を共にすることに決めた。お目付役だ。

「で、大作戦は何時さー」

 成田が手を挙げた面々を見回すと、黒咲が不敵に笑う。

「今夜だ、こういうのは速攻さ」

 意見を聞こうとした徳川准だが、エレクトラはまたいつの間にか姿を消していた。


 黒咲は領主襲撃メンバーを集め、作戦を伝えた。

 まず正門を黒咲司、堀赤星、脇坂卓、木村智で担当し、脇坂のスリープの魔法で門番を眠らせ中に入る。裏門は小西歌、成田隼人、嶋亘、徳川准で成田のレンジャーの魔法のサイレンスで音を消して侵入する。後は領主を見つけて……黒咲は剣をちらつかせて頬を歪ませる。

 正直作戦とは言えない単純な考えだ。しかし准は黒崎の自信に賭けた。珍しいらららの元気のなさも可哀相だったし。

 彼等は夜が更けると、物言いたげな残留組の仲間の視線を背にしながら屋敷を出た。

 外は真っ暗だった。

 街灯なんてない時代だ、夜の闇は真に心を苛む。

 しかし准は空を見上げた。

 幾多の星々がはっきりと点滅していた。勿論、それは准等がいた地球の天体図ではなかったが、どうしてか彼の心を浮き立たせる。

「いくぞ」

 黒咲が囁き、八人はこの村で一番大きな領主の屋敷、マナーハウスへと急いだ。

 領主の館は平屋だったが農奴のそれとは違い石造りだった。

「全く贅沢だなぁ」

 成田は窓に嵌められたガラスを指し、軽薄に感心する。

「黙れ!」

 らららは相当緊張しているようだ。彼女はこの作戦にユニの運命がかかっていると気負っているようだ。

 黒咲達四人はもう正門に回っている。彼等の任務は万が一逃げられたときの足止めだった。

 身を低くして足音を消して近づくと、意外に簡単に領主の館の裏門にたどり着いた。

 ぶつぶつと成田が呪文を呟き、サイレンスの魔法が発動する。

 准は驚いた。今まで辺りから聞こえてきた夜なお煩い家畜の鳴き声や虫の声が消えたのだ。

「サイレンスは覚えやすく簡単なんだよねー」

 成田は自慢げだ。

 准達四人は素早く裏手の扉へと近寄った。

 当然木扉には鍵がかかっている。

 成田はここで針金を懐から取り出すと、鍵穴に向かってしゃがんだ。

「おい、何をする気だ」

 淳が警告すると、成田は片目をつぶる。

「いつの間にか出来るようになってたんだよねー」

 すぐに意味が分かった。魔法内なので音はならなかったが、成田隼人は解錠してみせたのだ。

 扉は無音で開いた。

「ここから先は魔法の範囲外だから気をつけてねー」

 成田が振り向くと、黙っていた嶋が不思議そうに訊ねる。

「もう一度かけたら? 魔法」

「ふへー」と成田が萎む。

「何だか知らないけど、二回までなんだよー。それ以上使うと精神集中できなくなる、万が一を考えて使い切りたくないんだー」

「ふーん」嶋は感心したが、らららが目ざとく蝋燭を拝借しながら噛みつく。

「なにウザいことやってんの、早く領主さがせや」

「はいはい」と四人は領主の館の内部を探索した。

 外観とは違い、領主の館の内部は村人のものとそう変わらなかった。

 らららと准の蝋燭に照らされるのは藁の床で、珍しい調度品もタペストリーもない。

「意外に質素だねー」

 成田は何を期待していたのか肩からため息を吐く。

 だがらららは突然憤慨した。

 独特の臭いで存在に気付いたのだ。

「あ、この屋敷トイレある!」

 それは未だにお世辞でも清潔と言えない、むしろ不潔な村人との共用トイレを使っている女子の怨嗟だった。

「全くー、便所ギャルめー」

 成田は呆れたように呟いたが、らららの目が鋭くなり、いきなり腰から護身用のダガーを引き抜くと彼の首筋に当てた。

「おいおい!」淳が慌てると、らららは押し殺した声を出した。

「アンタは今、らららの女の子としての貞操ときょうじを侮辱した、言い残すことある?」

「い、いや、あのー、ごめんなさい」

 威圧された成田は何だか泣きそうだ。

 淳は勿論止めようとしたが、その前に微かな悲鳴を聞いた。

「と、とにかくこっちだ!」

 准はらららを誤魔化すために肩に手を置くと、廊下の先を指した。

 急いで駆けつけると、扉が一つ半ば開いていた。

 どうやらそこは領主の寝室だったらしく、ベッドと燭台などが置いてある。

「な、何だ、君は? 何のマネだ」

 徳川達より先んじた黒咲は剣を領主に向けていた。

「やらしー法律作ってんなよおっさん」 

「何のことだ?」

 寝間着姿のポムドは哀れなほど怯えている。

「処女権のことだよ、このタヌキ親父」

「そんな事、何故よそ者に命じられねばならんのだ!」

 不意をつかれた領主に顔色と勢いが戻ってくる。

「そちら、こんなことをしてただで済むと思うなよ」

「へー、魔法で一発で寝た護衛が何かできるのか?」

「魔法じゃと!」ポムドの目が零れそうなほど見開かれる。

「お主等異端の術を使うのか?」

「異端?」

 准が聞き返すが、ポムドはもう聞いていない。

「何て事だ、村に異端を入れてしまった」

「うるせーよ、そんなことより……」

 黒咲は驚愕して恫喝を止める。

 突如ポムドが口から泡を吹き出したのだ。顔色も火のように赤くなっていく。まるで誰かに首を絞められているようだ。

「おいおっさん」

 剣を引いた黒咲だが、ポムドはその場に仰向けでどっかりと倒れた。

「え?」

 その場にいた八人は凍りつく。

 だがそんな暇はなかった。

「どうしました領主様」

 叫び声が上がり、近づいてくる。

「やべえ、スリープの魔法が解けたんだ、逃げろ!」

 徳川准達が領主の寝室を出るとランタンを持った衛兵に出くわした。

「き、貴様等、エレクトラの冒険者! 何をしている?」

 話し合える状態ではないし、答えられる行為をしていない

 とにかく准達は逃走した。成田が開けた裏口からである。

「皆、起きろ! 領主様が冒険者どもに襲われたぞ!」

 領主の館にいた衛兵や農奴管理官は准達の背後から村に向かって声を張り上げ、徳川准は自分達の窮地に頭を巡らした。

「成田、エレクトラの屋敷に行ってくれ、これはヤバい」

「りょーかい」

 口調とは関係なく深刻な顔をした成田は皆がいる屋敷に走り、准達は村の外へと駆けた。

 村の静寂は破れ、一気に騒がしくなっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る