6 領主

 依頼を完遂した三年四組は冒険者ギルドのメンバーとして認められた。証しに冒険者ギルドの紋章が入った記章を貰い、それぞれ服につけた。武装権の所有も表している。

 だがエレンの村のエレクトラの屋敷に戻った彼等ははしゃいではいなかった。

 皆むっつりと席で頭を垂れている。

 ちなみに席の二つは開いている。

 斉藤和樹と片倉美穂の席だ。

「いやー、全く、二度とアイツと組まねえ」

 堀赤星は再生した右腕を撫でる。

「やり過ぎだと思わないのか? 君は!」

 徳川准が怒りを露わにすると、堀は怒鳴った。

「あのバカのせいで俺は腕を切り落とされたんだぞ!」

 みんな黙る。

 堀は斉藤を激しく殴り蹴り、泣いても暴行を続け鬱憤を晴らした。だから彼は寝込むほどの傷を負い、ここにいない。

 それに対して細川朧は必死に庇ったのだが、堀は簡単に彼女を突き飛ばした。

 皆が沈んでいるのは黒咲や堀に対して思うところがあるのだろう。

「まあさ、ギルドに入れたからいーじゃん」

 非難の目を誤魔化したいのか黒咲司は敢えて明るく取り繕った。

「斉藤には片倉もついているし、そんな大怪我じゃねーよ」

 徳川准は頭を抑える。

 確かに三年四組はイジメが平然と行われていた最低のクラスだ。だが異世界に来てまで続くとは考えていなかった。

 ……本当にどうしようもない奴らだ! 

 准は腸が煮えくりかえる思いだが、リーダーとしてこれ以上の諍いは避けたかった。それに……。

「皆さんどうしたのですか?」

 わざとらしく赤いエルフが口を開く。

「皆さんは世界を救う選ばれし者なんですよ」

「エレクトラさんは何故誰の手伝いもしなかったんですか?」

 准は目を細めた。

「ああ、冒険者ギルドの試練には手を出せないことになっているのです。私が何かをしたらそこで失格です」

「そうですか……しかし今回のことで一つ勉強になりました」

「はい、それは?」

「僕達はこのままでは世界を救えない、と言うことです」

 皆の視線が徳川に集まった。

「はっきり言って、話を聞く限りみんなぎりぎりの勝利でした。死者が出てもおかしくなかった。そんな僕達がこの先怪物達を相手に出来るはずはありません」

「徳川、それって……」

 源白夜が横から訊ねるが、准は無視した。

「僕等は少しここで訓練します」

「ですが……」

 エレクトラは不満そうだが、誰しも心当たりはあったのだろう、三年四組から異論は出なかった。

 エレン村での戦闘訓練。それが差し当たっての彼等の仕事となる。

 誰もが賛成ではなかったが、効果はすぐ現れた。

 今までメダリオンを持つ聖職者しか使えないと思っていた癒しの魔法が、他のクラスでも使えると判明したのだ。

 吟遊詩人とレンジャーである。

 重要な発見だった。これで皆の負傷を更に迅速に直すことが出来る。

 更に外で仲間で剣術の訓練をしている戦士達も、それなりに見られるようになってきた。 准にとっては一安心だ。このまま一ヶ月くらい続けていれば、まあまあな一行になるだろう。

 と、木の扉が叩かれる。

 エレクトラがいないので徳川准が出ると、農奴の格好をした化粧気のない中年のおばさんが立っていた。

「あんたら冒険者ギルドに認められたんだって」

 村人らしいおばさんは、汚れたエプロンで手を拭いながら話す。

「なら村の仕事を手伝いなさい」 

「はい?」

「冒険者は雑用係なのよ、そんな事も知らないの? ちゃんとお金は払うから」

 准が振り向くと、机で暗記していた魔法使い達が目を丸くしている。

「とにかく、今は農作物の刈り入れで忙しい時期なんだから、早く来なさい」

 何で我々が、とは誰も口に出来なかった。化粧気のないおばさんが怖かったのだ。

 皆はしぶしぶとの体で彼女について行く。

「ああ、もう冒険者は、女なのに髪を晒してみっともない」

 おばさんはぶつぶつ続け、その日から三年四組はエレンの村の作業にかり出されることとなった。

 大まかに男子は農作物の刈り取りやら建物の修繕などの力仕事、女子は水車小屋の粉ひきに穀物を運んだり、掃除やら洗濯である。

「何だよこれ! ふざけているのか?」黒咲達は当然憤ったが、准はなだめた。

「あまり逆らうと村から追い出されるぞ、今は仕方ない」

 准の言葉が響いた訳ではないだろうが、黒咲一派も渋々参加した。

 ……一体、いつになったら世界を救えるのやら。

 准が自嘲気味に家に釘を打っていると、妙な光景に気付く。

 幾瀬八千代、磯部水緒、飯盛和香子の女子カーストトップグループが何もせずおしゃべりに夢中になっているのだ。

 確か彼女達は洗濯を任されていたはずだ。

「君達」准は家の修理を中断すると、三人に近づく。

「何をやってるんだ、仕事はどうした」 

「はあっ?」

 飯盛が口を開く。

「何であたし達が洗濯なんかしなきゃならないのよ、バカじゃない」

「だから村から追い出されないためだって伝えたろ」 

「いいじゃん別に、違う村に行けば」

「それより、あたし等もう限界なんですけど、もう何日もシャワーも浴びてない」

「しょうがないだろ、水浴びはしているようだし」

「体を洗いたいのよ!」

「石けんはあるだろ?」

 確かに村に石けんはある。魚の脂で作った物だ。

「冗談じゃない! あんな臭い物使えないわ、あんな物使って洗濯する連中の気が知れない、アイツみたいに」

 しれっとした飯盛の台詞に顔を巡らせると、大きなたらいを一人で持っている真田が見えた。

「彼女一人に任せているのか?」

 准の声が憤り満ち、幾瀬が無表情になる。

「あの子が一人でやりたいって言ったのよ、だからいいじゃん」

 准は見え見えの嘘に怒鳴ろうとした。

 だがその前に大声の罵倒が響く。

 それが小西歌の物だとわかったから、一端この場を置き、らららの声の方向へと走った。

「何これっ、おかしいじゃんっ!」

 らららは一人の婦人に食ってかかっていて、彼女の横には困った様子の立花がいる。

「どうした!」

 准が到着すると、らららは目を燃やして彼に訴える。 

「らららと立花が同じ道の草むしりをしたのに、立花は銅貨二枚でらららは一枚だったんだよ!」

 ぎりりと小西歌は歯を食いしばっている。

 対して婦人は不思議そうに首を傾げる。

「何を怒っているの? 当たり前でしょ、男と女の賃金は違うのよ」

「うっわ、何そのサベツ!」

 淳は得心した。まだこの世界では男尊女卑が普通なのだ。

「ららら」と彼は呼び、まだいきり立つ彼女の首根っこを押さえてその場から引き離した。  らららはその後も文句を言い通しだったが、准は耳をスリープモードにしてスルーした。

 そうして色んなゴタゴタがあったが、数日三年四組はエレンの村で働いた。『世界を救う選ばれし者達』だったのに雑用にこき使われた。

 だが全く無駄ではなかったと、徳川准は知ることとなった。

 いつだかエレクトラの屋敷に訪れた農奴観察官のノルドが、一人の男を伴って声をかけてきたのだ。

 ノルドと一緒にいる男は中年で恰幅がよく、服装は彼の太った体にぴったりはりついたコタルディと呼ばれる長袖を着て、頭には大きく丸い帽子を被っている。下はぴったりしたタイツで腿から覆っていた。

 どう見てもボロで単色の麻の服で毎日過ごす見慣れた農奴とは違う。

「わしがこの村の領主、ポムドじゃ」

 てらてらとテカる顔に満面の笑みを湛え、恰幅のいい男・ポムドは二重顎を弛ませ徳川准を上から下まで観察した。

「あ、あ、徳川です」  

 突然の偉いさんの襲来に泡を食った准はもごもごと自己紹介をすると、思わず俯いてしまう。非常に気まずい。

「うんうん、そんなに畏まることはない、そなた達が村のために働いてくれる冒険者だとは聞いておる、まことに大儀じゃ」

 目玉だけ上げるとポムドが周りを見回しているので、三年四組の大半がいつからか集まっていると判った。

「わしはそなた等の労働に報いようと思っている」

 ポムドはそう言うと片目をつぶり、「今夜は楽しめ」と踵を返し大きな屋敷、マナーハウスへと帰って行った。

「今夜……すげー料理でもごちそうしてくれるのかな」 

 目を輝かせたのは小早川だ。彼はオートミールの食事に辟易して、何とか改造を考えている。

 力角も顔を赤くして控えめに喜んでいる。大柄な彼は肉が欲しくて仕方がないようだ。

 だが期待に胸を膨らませて屋敷で待っていた彼等に届けられたのは、樽だった。

「何ですかこれ?」

 運んできた男に徳川が尋ねると、男はにやりとした。

「これはエール酒だ。領主様に感謝しろよ」

 男が去ると、三年四組の皆は固まる。

「酒? 酒って……」

 小早川は地獄に落ちたような表情になる。

「いいじゃん、飲んでみよーぜ」

 黒咲は何でもない風だが、勢いよく真田亜由美子が席を蹴る。

「駄目! 未成年なんだからお酒は駄目」

「硬いこと言うなよ真田」

「駄目! 絶対駄目! 私の前で法を破るのは許さない、飲みたいなら私を殺しなさい! さあ殺せ、飲むなら殺せ~」

「はああ」力角拓也が大きなため息をついた。

 それで領主の贈り物の件は終わりだった。


 翌日も三年四組は村の手伝いにかり出された。だが余暇を見つけ魔法使いは魔道書に目を通し、戦士は木剣で腕を磨いている。

 エレクトラは何か言いたそうに唇を噛んでいるが、徳川准はリーダーとして皆が万全にならないと旅立たないと決めていた。 

「ねえ」とらららが囁いたのは准が休憩を取っている時だった。

「どうした」准はメダリオンに意識を集中させ、聖職者の魔法を新たに得る儀式の最中だ。

「……ユニの様子がおかしいんだけど」

 らららの頬が青ざめているのを准は初めて見た。

「彼女働き過ぎだよ、豚の世話やら羊の世話、男に混じって小麦の刈り取りもしてるし、時々森の中にキノコ探しに行ってる」

「うーん」准は迷う。

 確かにユニは女の子らしく華奢な体型の娘だし、年齢も三年四組と連中と同じらしい。だが彼女はこの村の出身なのだ。ただの働き者かも知れない。

「そういうんじゃないんだって!」

 らららは怒ったように唇を尖らせる。

「わかったよ」 

 准は立ち上がるとユニの姿を探した。しかし村を見回っても彼女はいない。

「きっと森だよ、運がよければ入れるから」

 着いてきたらららが小走りに、村の横に広がるポムド領主の森へと向かった。

 ユニはいた。

 森の前で立っている男性と何か話している。

 近づくと二人は何か言い争いをしていた。

「少しでいいんです、キノコか木の実を採らせて下さい」

「だめだ、森に入るにも税金がいる、払わないなら入れるわけにはいかない……最近、無断で森に入る者がいるらしいからな。森に入るには税金が必要だ」

 樹木管理官の断固とした態度に、ユニは消沈して振り返った。

「ユニ!」らららが樹木管理官を睨みながら声をかける。

「ああ、らららさん」

 准はここでらららの言い分が正しいと認めた。

 彼女は一目で判るくらい疲れ切っていた。目の下には黒々としたクマがあり、顔色は紙のように白く、唇は青い。

「どうしたんです? ユニさん、そんなに疲れて」

「いえ、私はただ働こうと……」

「ねえ、本当のことを教えてよ、ららら心配で」

「らららさん」

 ユニは大きく目を開くと、次の瞬間涙がそれに溜まっていった。

「ユニさん、困っているのですか? なら我々に話して下さい」

 淳が優しく促すと、彼女は二人の手を掴み、人影のいない村の端へと引っ張った。


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