「転移教室」選ばれた28人……一クラスそのまま異世界へ、君は生き残れるか?

イチカ

プロローグ

プロローグ~GAME IS OVER

 グラウンドジャイアントが振り下ろした棍棒の一撃を、彼は辛うじてかわした。

 棍棒……だが、ジャイアントの持つそれは字面のような単純な木の棒ではなく、まさに大木そのものだ。

 その巨木が地面に打ち込まれた瞬間、大量の土砂が宙に舞い、彼の足元は激しく揺れた。「くそっ!」

 彼はバスタードソードを両手で構え直し、棍棒を振り抜いた為に出来た敵の隙に突進した。

 閃く剣の一撃はグラウンドジャイアントの膝を、深く切り裂いた。

「ぐぎゃぁぁぁ」

 グラウンドジャイアントが絶叫し、血が吹き出る膝を片手で庇う。

 ……行ける!

 彼はジャイアントが怯んだと見抜いた。本来なら首やら頭やらもっと致命的な場所を狙いたかったのだが、グラウンドジャイアントの身長は人間の五倍はある。膝に届いただけマシだ。

 何より倒す必要はない。 

 彼は負傷して戦意を失ったのか怯えた様子のグラウンドジャイアントから飛び退いて間合いを広げると、くるりと踵を返し走り出した。

「ぐうううう」背後ではジャイアントがまだ呻いていたが、追撃してくる様子はなかった。 ……行かなければ!

『その場所』はもう見えている。

 ガルベシアの城塞跡。

 崩れた城壁が遠くに視認できた。

 ……あと少し……後少しで、帰れる。

 しかし彼の進む先で悲鳴が上がった。聞き覚えのある声だ。

「お……さん!」

 焦りが汗となり全身を冷やす。一刻も早く駆けつけたかった。

 だが身につけたプレートメイル……関節部分を鎖帷子にしている鎧はあまりにも重く、どんなに地面を蹴っても遅々として進まなかった。

「わあっ! 誰かー!」

 仲間達が助けを呼んでいる。助けを呼んでいるのだ!

 彼は全ての力を振り絞って駆けて、駆けて、駆けた。

 ようやく仲間達を姿を目にし唖然とした。

 何人もの仲間が、友達が、クラスメイトが地に伏せっている。

 囲んでいるのは五体の醜い肉で膨れあがった巨体の怪物・オーガーだ。

「畜生っ!」

 彼は一言吐き捨てると大剣を持ち上げて突入した。

 一体はこちらに感づいたようだが、何をさせるまでもなく首を吹っ飛ばす。

「び……君!」

 彼の姿を見て彼女の頬が微かに揺るんだ。 

 知らず安堵する。

 彼女はまだ生きていてくれた。いつも傍らにいてくれた幼馴染みの少女。

 彼女への特別な思いを自覚したのは皮肉なことに最近だ。あれだけ一緒にいたのに、この訳の分からない世界に飛ばされるまで全く意識していなかった。

「お……」その名前を呼ぼうとした。

 だが次の瞬間、彼女の鉄の兜で守られている頭に、後頭部に、オーガーのメイスがぶち当たった。

 彼女は笑顔のまま口と鼻から血を吹き、前のめりに倒れた。

「は?」

 彼の動きが止まった。何が起こったのか俄に理解出来なかった。

「きゃー! やめてっ」

 他の仲間の少女が叫ばなければ、ずっと石の像みたいに立ちつくしていただろう。

 ぶしゅっと血が飛び散り、温かい液体が頬に跳ねた。

「おおおおおおおっっ!!!」

 彼は叫んだ、声の限り吠えた。目の前が真っ赤になり憎き敵に、オーガー達に襲いかかった。

 しばらくの後、立っている者は彼だけになった。

 からん、と手から大剣が落ちる。

 死屍累々の中、一人の少女、寸前で守りきれなかった彼女へと歩み寄った。

 はあはあ、と荒い呼吸を繰り返し彼女はまだ生きていた。

「大丈夫か!」

 思わず抱きしめると、彼女は弱々しく微笑む。 

「……ご、めんね、足手まとい、に、なっちゃった」

「そんなことはない! 早く癒しの歌を使うんだ! それで治るだろ?」

 しかし彼女は血まみれの頭を振る。

「だめ、もう……集中できない、の……みんなは?」

「大丈夫だ」 

 嘘だった。グランドジャイアントとオーガーの襲撃の為に、もう仲間達はいなかった。

 皆、最後の目的地を前に、四肢の欠けた無惨な屍をさらしている。

「そ、う……ならあなた達は行って、元の世界に戻って……私は、もうだめだから」

 つーと彼女の大きな瞳から涙が流れる。血の色をした涙だ。

「いやだ! 君を置いていけない」

 いつの間にか彼も泣いていた。周囲が、彼女の顔が滲んでいく。

「……だめだよ」

 はあはあはあ、と彼女の息づかいがより荒くなる。

「私の分、まで、生きてね、びゃく、や君」

 それが最後だった。彼女は目をつぶり、どんなに待ってもあの輝く瞳が再び彼を見つめることはなかった。

「そんな……」

 彼は血まみれの少女を抱きながら呆然とした。

 見回すと、つい先程までバカ話をしていた仲間達が、物言わぬ死体となって沈黙に沈んでいる。

「そんな……」

 もう一度呟く。

「うそ……だろ?」

 一人になってしまった。この知らない世界で遂に一人になってしまった。

 もうどうしようもない。どうしようもなかった。

 今まで彼が戦えたのは仲間が、彼女がいてくれたからだ。だがもう何もない。

 仲間も、好きだった少女も、戦意も、未来も、何もない。

 タップリと葉が茂った広葉樹が揺れ、風が彼を叩きながら通過していく。全てを失った彼を置いていく。

 いつまでも彼はその場で呆然とし続けた。

 こうして彼等の冒険は終わった。

 最悪の、目も当てられないGAMEOVERだった。

 太陽が白々しく、終わった少年を照らしていた。 

 

 第一章

 ……もうすぐだ。

 徳川准(とくがわ じゅん)は教室の前にある時計を睨んでいた。 

 ……もうすぐ卒業式だ。

 准は下級生から胸につけて貰った造花の赤い花に、知らずと手を当てていた。

 あと数分。あと数分で二〇二二年度卒業式が始まる、このクラスの級長という地位もリセットだ。

 港区羽場中学校から永遠にお別れできる。

「ねー、徳川ぁ、あれぇいいの?」

 なのにあと数百秒で終わる級長に対し、何者かが舌っ足らずな物言いをしてくる。

 目だけで確認すると、クラスメイトの小西歌(こにし ららら)だった。

 歌と書いてららら、とんでもないキラキラネームだが当人はかなり気に入っているらしく、一人称は中学三年生なのに「私は」ではなく「らららは」だ。

 らららはギャルである。

 校則ぎりぎりまで茶色に染めた髪をふんわりとウェーブさせて、元々可愛らしい小作りの顔にうっすらと化粧をし、制服も密かに改造して胸元が大きく開くようにしていた。 

「ねぇってば! 徳川!」

 ため息を吐いた准は、らららの指す方向へようやく視界を転じた。

 一人の生徒が机に突っ伏し顔を隠している、だが誰だかは考えるまでもない。

 斉藤和樹(さいとう かずき)、運動も勉強も苦手でやせっぽっちの格好の獲物だ。

「おー、コイツ泣いてる! 情けねー、中三で泣くかー? 男が」

 彼をイジるという名目でイジメていた、このクラス三年四組の上位カースト、堀赤星(ほり あかほし)と脇坂卓(わきさか すぐる)はせせら笑い、無力な斉藤の背中に画鋲を投げつける。

「やめなさいよ!」「かわいそうよ」と副級長でおかっぱの真面目っ子・真田亜由美子(さなだ あゆみこ)と斉藤の小学からの知り合い片倉美穂(かたくら みほ)が止めにはいるが、

「何マジになってんの? ダサッ」

 と今度は女子のカーストトップたる幾瀬八千代(いくせ やちよ)のグループが斉藤を庇う女子達を牽制する。

 ……こんな日にもか!

 准は心底うんざりし、軽蔑する。

 一年前、三年四組にクラス替えになってすぐ判ったことだが、このクラスはイジメが多い。

 上位カーストの男子と女子が結託し、力の弱い者や発言力のない者を「イジる」との言い訳でイジメている。

 今は斉藤だが、その前は背が小さいと言うだけで石田宗親(いしだ むねちか)がターゲットだったし、太っているだけで力角拓也(りきずみ たくや)もよく泣かされていた。 准は級長として努力した。

 イジメに加わらない他の生徒を味方につけ何とか収めようとした。しかし、上位カーストの更にトップ、事実上三年四組の王様・黒咲司(くろさき つかさ)に「いーじゃん、ちょっとからかっているだけだし」と横やりを入れられ、女子生徒の大半は幾瀬グループに面と向かって対抗しようとしなかった。

 最後の手段として、担任教師の木戸栄一(きど えいいち)に相談したが、三年四組の担任は白々しい笑いを浮かべて「ふざけているだけだろ」と問題を矮小化して惚けた。

 徳川准は折れた。

 誰もかれもイジメから目をそらし、皆がそんな自分でよしとするなら彼には何も出来ないのだ。

 そもそも級長という地位も、結局内申点を気にしたためだけになったのだから。

 まだ斉藤は机の天番の上で肩を奮わせている。背中にはもう一〇個近くの画鋲が刺さっていた。

 クラスを見回してみる。

 口癖が「つまらねー」の平深紅(たいら しんく)は机の上で眠ってる。准と割と親しい源白夜(みなもと びゃくや)はぼうっと外を眺めている。クラスも学校も飛び越して他校にファンクラブまである港区羽場中学校を代表する美少女・細川朧(ほそかわ おぼろ)と明智明日香(あけち あすか)はそれぞれちらちらと斉藤を気にしながらも、仲良しの女子生徒と話している。頼りになる剣道部の本田繋(ほんだ つなぐ)は我関せずといった体で剣道の雑誌を熟読している。 

 つまりこれが卒業式を前にした三年四組の全貌だ。

 無関心で無責任。傷つくクラスメイトの存在など知らないかのようだ。

 ……あと何分だ!

 歯を食いしばり准は時計に問いかける。

 もう十分だった。この最低なクラスが終わるのが待ち遠しい。そして卒業式が終わり家に帰ったなら、卒業アルバムも捨てて、自分が羽場中学の三年四組だった痕跡を消すのだ。

 このクラスに在籍したのは徳川准にとって汚点であり、黒歴史だ。

 それももうすぐ終わる。

 教室の前方の扉が開き、イジメを放置してきた担任教師・木戸栄一が入ってくる。

 さすがに今まで斉藤和樹を苛んでいた堀達も席に着く。

「さて、皆さん、もうすぐ卒業式です、体育館への移動の準備を始めて下さい」

 木戸の顔は二十代に相応しい若々しさに溢れてた。このクラスが何事もないいいクラスだと言わんばかりに胸を張っている。

 ……ようやくか。

 准は勢いよく席を立った。

 この後は体育館へと移動し、後輩の生徒達と卒業生の父兄の前でちょっとしたセレモニーがある。

 それで終わり。

 この下らない中学の何もかもが終わる。そう考えると下肢に力が入るのが判った。

 ぐらり、不意に床が揺れた。

 ……地震?

 准は訝しんだが、それどころではなかった。

 担任の木戸栄一の顔がその性根に相応しく、歪んでいるのだ。

 否、世界が歪んでいた。

 黒板も教卓も時計も、三年四組の全てが不意にねじくれ、ぐるぐると回転しだした。

「な!」

 思わず准は目を押さえたが、世界が突然テレビのように消え、真っ黒になった。

「ええ!」それは誰が言ったのだろう、とにかく三年四組は突然の闇に、何もかも塗りつぶされていた。

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