俺の監禁部屋
北見崇史
俺の監禁部屋
俺の監禁部屋
計画は綿密に立てすぎると、えてして失敗するものだ。
考えれば考えるほど細部にまで凝ってしまい、それを完璧に遂行しようとする傾向に抗えない。すると当然ながら予期せぬ行き違いやミスが連発し、当初の目論見とかけ離れていってしまう。いつしか目的が手段と入れ替わってしまい、手段を正当化するために目的を忘れてしまうことになる。
なにが言いたいのかというと、事を運ぶにはシンプルが一番ということだ。
俺は救いようのない小児性愛者である。
趣味とか好奇心のレベルを超えて、重度の精神的な病の域に達している。善良な市民にとっては、まことに迷惑で唾棄すべき男なのだ。
そんなペドフィリアである俺が考えているのは、少女の誘拐だ。まだ小学校低学年くらいの女児を、誰にもわからずに拉致するのである。
その先の展開だが、家の地下室に監禁して性的ペットとして飼育しようと思っている。漫画や小説なんかではよくある設定だが、じっさいにやる奴は滅多にいないだろう。一時、ニュースになったが、飼い方がずさん過ぎて泣けてくる。あれでは、有用な資源の無駄遣いでしかない。露見するのは当然だ。
飼育する少女の選定は、じつはすでに終えてある。というか、すでにさらってきた。自宅から二時間ほど車で走った田舎町の、さらに外側にある集落の古い民家の近くで見つけた。車を運転していたら、たまたま歩いていた。
そこは僻地過ぎて、隣接する住宅がないのが好都合だった。近い家まで数百メートルある。家屋の前に荒れ地が広がっているので、おそらく過去には農家だったのだろう。大きめの納屋や物置があって、いかにも農業をやってました、って感じだった。
少女を見たのは、その農家から少し離れた農道を車で流していた時だ。狙っていたわけではない。コンビニで買った弁当をどこかで食おうと思っていたら、偶然に出会ったのだ。
可愛かった。
年のころは十歳に満たないだろう。上下赤のジャージを着て、まったく人気のない道を一人でトボトボと歩いていた。その農道はいちおう舗装はされていたが、周囲には杉林があって、犯罪者にとってはちょうどよいブラインドの役目となっていた。
さっそく、俺は少女をさらった。計画をたてるのは面倒だったので、後ろから近付いて羽交い絞めにし、常に用意していた粘着テープで手足を縛って車のトランクに放り込んだ。いたってシンプルな方法で、もちろん誰かに目撃されてもいない。俺の犯行だとバレることはないだろう。
さて、念願かなってペットを飼育することになった。家に帰るころには夜になっており、車庫に車を入れて少女を降ろした。
俺の住んでいる家は一戸建て住宅で、ふつうの家よりも大きくて頑丈な造りだ。死んだ父親が商売で成功していたので、住む場所には金をかけて豪華にしたのだ。
家の下には大きな地下室があり、トイレと流し台まで設置されている。しかも壁と天井には防音加工が施されていて、大きな音を立てても漏れにくい構造だ。核シェルターでも想定していたのかと思われそうだが、親父の趣味がドラム演奏だったので、 音が洩れて近所迷惑にならないように拵えた。
母親は存命だが、少々呆けてしまって介護施設にいる。たまに介護士をともなって帰ってくることもあるが、基本、家にいるのは俺だけだ。だからこの中で何をやろうとも、他人様に知られることはない。
さっそく少女を地下室へと連れていった。恐怖で怯え切っているのか、素直に従っている。こいつはやりやすい子羊だ。
「さあ、さあ」
児童性愛者な俺は、すぐにでも性的なイタズラをしたくてたまらない。溜りに溜まった欲望が爆発しそうで、一秒でも時が過ぎるとイライラした。少女の髪の毛を鷲づかみにして、俺の前に立たせた。この可愛らしい顔をしばし愛でるのもいいが、やっぱり辛抱できない。犯してから、あとでゆっくりと観察してやればいいか。
「うわっ」
ところが、服を脱がそうとしたら顔を引っ掛かれてしまった。さらに手足を滅茶苦茶に振り回して突っかかってきた。いままで人形みたいに静かだったのに、突然暴れ出しやがった。しかも、小学生の女児とは思えない剛力だ。
「こいつ、なんだ、離せっ」
なにをとち狂ったのか、少女は俺に抱きついた。子ザルが母ザルのお腹に抱きつくように、ガッチリと巻きついてすごい力で締め付けてくる。
「離せ、離せ」
万力のようなバカ力だ。胸を圧迫されているので息ができなくて苦しい。慌てて引き剥がそうと少女の頭を向こうに押し込むが、びくともしない。小学生女児のくせして首の力が尋常ではない。
「このう、離せ、クソが」
何度も何度も殴ったが、自分の身体に打撃を加えているようでなかなか力が入らず、さらに少女の頭部が岩石のように頑健で、容易に剥がれようとはしなかった。
「くっそー」
少女の顔を両手で掴みあらん限りの力で押して、ようやく引き剥がすことができた。
ガタガタとコンクリート敷きの床に転がった少女は、瞬く間に腹ばいになった。手足を大きく開いて、ゴソゴソと動いていた。地蜘蛛がエサに飛び掛かろうという姿勢で俺を睨みつけている。
「なんだよ、こいつは」
シャーと唸って、少女が飛びかかってきた。
「うわあ」
慌てて逃げたら、俺の足の甲に噛みつきやがった。あり得ないほど痛かった。俺は大声で叫んで、噛まれていないほうの足で、それこそ狂ったように蹴り飛ばした。
十数回蹴り飛ばして、ようやくほどけた。
少女はさすがにぐったりしているが、俺も息があがってしまった。靴下から血が滲んでいる。肉を噛みちぎられてはいないが、傷は深そうだ。
とくに確固たる考えがあったわけではなく、ほぼ衝動的に少女を縛りあげた。早く早くと気が焦ってしまい手間取ってしまったが、なんとか身動きできないようにした。
ロープでがんじがらめになりながらも、涎をたらしギャアギャアと呻いている少女を見ていると、さすがに性的なことをする気力も体力も失せてしまった。どうやら、とんでもないモノをさらってしまったようだ。
縄だらけで芋虫のように蠢く少女を、あらためて見分してみた。拉致するときは気にならなかったが、真っ赤な上下のジャージが相当に汚れている。膝の生地が擦りむけて穴があいているし、袖口はほころびだらけだ。汗かいた犬みたいにケモノ臭い。いいや、野良猫のニオイか。とにかく、人らしくない臭気を発散させている。
おそらく、この少女には精神的な疾患があるのに、家族にもロクに世話をされないで放置されているのだろうな。ネグレクトがひどくて風呂にも入れてもらえず、野道を徘徊していたということだ。
これだけ無茶苦茶に暴れられると、俺の少女趣味を満たすことができない。そもそも、性欲がまったくわかなくなってしまった。リスクを冒してまで拉致してきた甲斐がないというものだ。
無性に腹が立ったので蹴りを入れてやった。俺の足に踏みつけられるたびにうめき声を出すのだが、それが人間離れした嗚咽なのだ。病気のネズミを踏みつけたか、呪われたカラスを叩き殺したか、そんな感じだ。
「なんだってこんなに気色悪いんだ」
大失敗だ。
こんなゴミを飼育したってなにもできないし、腹が立ってストレスになるだけだ。どうする、いっそ殺すか。そして庭先にでも穴を掘って埋めればバレないだろう。
いやいや、さすがに殺人はマズい。後味が悪すぎて夢に出てきそうだ。呪われたり、たたられたりする可能性だってある。生かしておくしかない。
「ぎゃぎゅぎゅーーーぎゃああぎゃあぎゃああ」
それにしても、よく暴れる子供だ。縄でがんじがらめにしているのにバラバタとうるさい。巨大な芋虫が発作を起こしているようで、ほんとに不気味だ。静かにさせなければ、こっちの心がやられそうだ。
俺は睡眠薬や覚せい剤などの違法な薬物を持っている。幼馴染が薬の売人をしており、いくつかの種類をそいつから仕入れているのだ。自分で使うためではない。前々から子供の拉致や誘拐をしてやろうと考えていたので、その際に使おうと思って用意していた。
睡眠薬は強力だと売人は言っていた。大人の容量は知っていたが、はたして子供にその分量を飲ませて大丈夫だろうか。まあ、眠り薬だし死にはしないだろう。
大きな錠剤だったので、一度粉上に細かく砕いてペットボトルのジュースに溶かし込んだ。それを芋虫少女の口に無理やりねじり込んで飲ませた。激しく暴れて手こずったが、なんとか全量を飲ませることができた。これでしばらくは静かになるだろう。
「ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ、ぎょおおおおおお、ぐわああ、ぎゅう、ぎょおおお」
しかし、まったくそうはならなかった。逆に暴れかたがひどくなり、ジタバタという範囲を超えて、強力な爆竹のように爆ぜまわっている。縄でしばっていなかったらどうなっていたことか。薬が効いてくるまでと思い、そのまま放っておいたが一時間以上たっても少女の爆発は止まらなかった。
これはヤバいぞ。ひょっとして睡眠薬の副作用が出たのかもしれない。口から泡を飛ばしているし、目も血走っている。小刻みに震えているようにも見える。
痙攣か。なんとしても静かにさせたいが、どうすればいい。病院に連れていくのは論外だ。犯罪がバレるくらいなら、いっそのこと始末したほうがいい。
そうだ、覚せい剤ならばどうか。売人のあいつが言うには、非常に純度が高い上物だそうだ。値段もめちゃくちゃ高かったからな。注射器を使うのは初めてだが、なんとかなるだろう。打ち方も教えてもらっている。
とにかく暴れるので、さっき以上にきつく縛り付けてから、けっこうな量を注射してやった。純度の高いドラッグが効いたのか、さすがにぐったりして動かなくなった。息遣いは聞こえてくるので死んではいないだろう。睡眠薬との併用は危険かと心配したが、杞憂だったな。
静かになったので縛っていた縄をほどいて、代わりに金属製の手枷と足枷をつけた。性奴隷ごっこをして楽しむつもりで用意していたのだが、今回はたんなる拘束具として使うことになった。まったくもって、いろいろとムダなことになってしまった。
凶暴な少女を固定し終えたので、地下室を出て台所でメシを食いながら、これからどうしようかと考えた。今回捕まえた獲物は性的な価値がまったくない。狂犬を飼っているのと同じだ。気持ちが治まらないので、別の女の子を誘拐しなければと思う。
苛立ちながらウイスキーを飲んでいると、足元がやけに騒がしかった。なんとも言えぬ不気味な叫びとともに、地響きが足元を震わせている。鉛を流し込まれているような不安が胸につかえた。きっと、あいつが暴れているのだ。
すぐに階下へと降りていくと、やはり少女がジタバタしていた。
どんな醜いケモノが発しているのか、というほどの声で叫びまくっている。手枷足枷は、床のコンクリートに直接金具を打ち込んでいるのだが、その部分にヒビが入り鋼鉄の留め具が伸びていた。なんという怪力だ。
一体何者なんだ、この少女は。人間としてあり得ないぞ。
とにかく静かにさせないと面倒なことになる。枷が外れそうだし、いくら防音を施しているとはいえ、大仰に暴れられたら聞こえてしまう。そうなると誘拐犯として俺は警察に捕まり、かなりの年月を塀の中で過ごさなければならない。そんなことは絶対にイヤだ。
なんという名称だか忘れたが、じつはとっておきのドラッグがある。効き目が強力すぎて骨も溶けるほどだと、売人が冗談めかしに言ったのでさすがに使う気にならなかったが、やってみるしかないな。得も言われぬ陶酔感に浸れるらしいので、おそらくダウン系のドラッグだろう。睡眠薬でも覚せい剤でも大人しくならないなら、なんでもいい。
注射を打つのにえらく手間取った。押さえつけようとするたびに殴られ蹴られて、その度にぶっ飛ばされてしまった。まだ足枷が機能しているので無事だったが、自由に暴れられたら身体中の骨をへし折られ、内臓破裂とかしていたかもしれない。それだけ少女の暴虐ぶりは凄まじく、人間離れしていた。
腕の静脈に注射しよとしたができず、仕方ないので首の後ろにぶっ刺してしまった。とにかく無我夢中で刺し込んで針を抜き取った。そしてすぐに離れて上に非難した。どうなるのか恐ろしくて、一緒にいることができなかった。上から遠目に眺めるのが精いっぱいだ。
少女はしばし暴れまくっていたが、だんだんと動きが緩慢になってきた。聴く者の内臓をえぐるような怒声も、すっかりと静まっている。あの強烈なドラッグが効いたようだ。
そうっと降りてみた。この静寂は本物だと思うが芝居ということも考えられるので、右手には金属バッドを握っている。下手をすると殺してしまうかもしれないが、凶暴な生き物に殺されるよりはマシだ。
死体はバラバラにして処理してしまえばいい。その場合、精神的にも肉体的にも困難な作業が予想されるが、刑務所で他の囚人にいじめられる人生よりは、そちらのほうを望む。俺は死ぬまで自由でいたい。
幸いにも、少女の気持ちは落ち着いたようだ。さっきまではケモノの、いや化け物の形相だったが、今はどこにでもいるふつうの女の子の顔だ。疲労を感じているのか、とろんとしていて可愛らしくもあった。
この状態なら十分に性的なイタズラの対象になるのだが、そう思って鼻の下を伸ばしていると、手ひどい反撃を喰らってしまう可能性がある。これは直感というよりも、今までの観察と格闘から、こいつは人間としての常軌を逸していて、ひょっとするとなにか違う生き物なんじゃないかと思えるんだ。人と人が交わってできた子供じゃなくて、人ならざる何かとのハイブリットなのかもしれない。
まあ考えすぎかもしれないが、世の中は平凡なようで実は怪奇に満ちているからな。現実に、俺のようなヘンタイが女の子をさらったりするんだ。平穏とか平和とか安全とかは砂上の楼閣に過ぎないと、災厄が訪れた瞬間に人は思い知る。我が身にふりかかって、あるいは家族が不幸になって初めて気づくのだ。
ちょっと余計なことを考えてしまったが、少女が落ち着いたのは幸いだ。あのまま暴れていたり、クスリが効きすぎて死んでしまったらどうなっていたことか。俺は犯罪者ではあるが、凶悪殺人者になりたいという野心はない。小児性愛者として、人生を少しばかり踏み外したいだけだ。
金属バットの先端で尻のあたりを突いてみた。女の子らしい丸尻の柔らかな感触が、硬質の棒を伝ってくる。思わず欲情しそうになるが、ぐっと抑えた。尻のあとは太もも、ふくらはぎ、上に戻って腰や背中を押してみた。少し力を込めたが反応はない。ぐったりしているというより眠ってしまったのだろう。
「ん?」
なんだろう、これは。髪の毛で隠れているが、頭の前のほうになにかあるぞ。接近して直に触れるのは怖かったが、少女の頭にあるモノをどうしても確認したくて手を当ててみた。
骨か。それともデキモノだろうか。不思議な突起だな。しかも、もう一つ左側にもあるじゃないか。
「ひょっとして、ツノか」
ああ、そうだ。これはツノだ。やや円錐形で長さは二、三センチしかないが、れっきとしたツノなのだ。
そうすると、こいつは鬼の子なのか。俺は鬼の子をさらってしまったのか。
「イヤイヤ」
そんなことはあり得ないだろう。鬼とか、なんの地獄話だよ。これはそんな与太話じゃなくて、病理学的な現象だ。
以前ネットで見たことあるが、ツノのある人間はふつうにいるそうだ。なにかの病気で皮膚が固くなって、ツノ状に隆起してしまうということだ。画像では老人ばかりだったが、子供でも発症するのだろう。遺伝的な疾病ということも考えられる。
頭の突起のことはさておき、これからのことを考えないと。
この少女は俺の慰みになるような可愛らしい玩具とはならなかった。かといって、今さら戻すのはどうだろうか。俺の顔を見られているし、通報される可能性大だ。そもそも騒ぎになっているはずだ。行方不明事件として報道されていることだろう。
スマホをとりだして検索してみる。少女をさらった付近の地名や誘拐といった言葉で探してみるが、それらしい犯罪事件の発生は何一つヒットしなかった。もう夜になっているので家族は心配しているはずだと思うが、一晩経たなければ警察に通報しないかもしれないし、さらに警察も、いなくなってから一日二日くらいでは事件として扱わないのかもしれない。そもそもネグレクト家庭だからな。まだ騒動になっていないと考えるのが妥当だ。
少女をさらった付近にでも捨ててこようか。子供が遊んでいるうちに眠りこけてしまうということは、それほど不自然じゃない。でも、被害者の家の近辺をうろついているところを見られでもしたらマズいか。少女自身が親に言いつけることは、ほぼ確実だしな。
ここは覚悟をきめて、少女を亡き者としたほうがよいだろうか。殺してバラバラに切断し、家の敷地内に深く穴を掘って埋めるのだ。土中で肉は腐敗し筋も残らないだろう。幾年か経過したら骨を掘り出して、粉々に砕いて川に流す。DNAは出ないだろうし、骨は川に流されてどこかに散ってしまうはずだ。完全犯罪となる。
いや、ダメだ。どんなに追い詰められても人殺しだけはできない。発覚することなくやり終えても、強烈な後味の悪さで死ぬまで悪夢にうなされる。俺は凶悪犯にはなれない。
性奴隷としての利用価値はないが、この少女はここで飼うしか選択肢がない。生かさず殺さず、末永く婆さんになるまで飼い殺しにするということだ。
なに、ハムスターだと思えばいいさ。ただし、一日中暴れられるのは勘弁願いたい。俺はほとんど人付き合いがないけど、我が家には、たまに宅配業者や母と介護士がくる。その際に悲鳴を聞かれでもしたら、そこでアウトとなるからな。
少女が眠っているうちに、外れそうになっている手枷足枷をより丈夫なタイプに替えた。いくつかの種類を注文した時に、間違ってひどく頑丈なものを買ってしまっていた。
届いた拘束具を見た時、これはトラか狼男用だと苦笑したものだが、まさか使うことになるとは思わなかった。こいつの常軌を逸した馬鹿力でも、さすがにこれを壊すことはできないだろう。床に固定していたフックも、アルミから径が太いステンレス製に替えた。ちょっとした恐竜でも大丈夫だと思う。
それにしても、ツノがあるというのは気味が悪いな。この少女には何か秘密あるのかもしれない。異常者の俺が言うのもなんだけど、とにかく普通じゃないんだ。そもそも人の子なのかと疑ってしまう。猪とか熊とか、獣と交わった末に造り出された獣人かもしれないぞ。我ながら妄想が過ぎるが、あの野獣のような暴れ方とバカ力を見せつけられている。いろいろと考えてしまうよ。
俺は行動することにした。
まず、追加の薬物を注文した。なみの睡眠薬は効かないので、特別調合の強力麻薬を売人に要請する。在庫があまりないとやつは渋っていたが、金を奮発すると断らなかった。料金は大概な額となった。明日、銀行でまとまった金額を下ろさなければならない。結局、金なんだよ。
さらに、少女の身元を調べてみる必要がある。こんな野獣を飼い続けるのは苦労しそうだし、殺すのも性に合わん。だとすると、元の家に戻すこともありだと思う。こんなに狂暴なんだから、きっと家族は持て余しているはずだ。いなくなってせいせいしているかもしれないから、警察とかに届け出していない可能性が高いと思う。そうっと帰しておけば、あんがい表沙汰にはならないのではないか。いちおう、選択肢として残しておくことにする。あれこれ考えているうちに眠くなってきたので、その日は床についた。
次の日の朝、飯を食わせようと地下室に行く。薬が切れたのか再び暴れていたから、また注射しておとなしくさせた。高い薬なのでそうそう使いたくはないのだが、いい方法が見つかるまでは仕方がない。
少女を眠らせたのを確認してから車で出かけた。ナビの通りに走らせて、二時間ぐらいであの場所に到着した。
「あれ、こんなんだったっけ」
記憶にある雰囲気と違う。
あの少女をさらった時は、幅が狭くてもアスファルト路面がきれいな農道だったが、いま走っている道は荒れていた。未舗装の道路はヒビだらけで陥没穴もあり、ところどころ隆起している。ゆっくりと慎重に運転しないと、車が壊れてしまいそうだ。
「確かこの辺だったな」
けっこう大きな杉林があったはずだが、なくなっていた。いや、樹木はそこそこ林立しているのだが、これっぽっちも緑がないんだ。どれもこれもが枯れていて、まるで樹木の骸骨だな。酸性雨にやられて立ち枯れになったのか。おかしなことに地面に草も生えていない。荒漠としていて、気味が悪いほどだ。
少女の家を探しているのだが、あのボロ屋が見当たらない。ガタガタの道を何度か往復するが、それらしき建物がないのだ。道を間違えたのかと思ったが、ナビの通りであるので確かにこの辺だ。一体どういうことだ。
道を人が歩いていた。作業着姿のじいさんが散歩している。いかにも田舎にいそうな農民タイプだ。お人好しそうなので、訊いてみることにした。
「あのう、この辺に家がありましたよね」
ひとまず車を停めて、外に出た。スローな足取りで歩いているじいさんの背後から声をかける。
「あ~、なんだあ。いえ?」
「そうです。家です」
じいさんが立ち止まって、小首を傾げた。
「ああ、杉沢の家のことか」
杉沢っていうのか、あの子の家は。
「そうそう、杉沢です」
「あの家になんか用か」
「宅配を届けに来たんですよ」
宅配会社の配達員みたいな恰好はしていないのだが、どうせ田舎のじいさんはわからないだろう。
「彼岸の向こうに、なにを届けるんだ」
「彼岸のむこう?」
なんのことだろう。このじいさん、ボケているのか。
「あの家はあの世の底から、たまに来るんだ。ほんの一時だけどな」
「ええーっと」意味がわからないぞ。
「そん時に、ヘンなもんが出てくるんだが、それに触っちゃいけねえ。ぜったいに触っちゃダメだ」
ヘンなものってなんだ。まさか、人とかいうんじゃないだろうな。嫌な予感がしてきた。
「杉沢の家は、現れても十年に一回くらいだ。荷物を届けようとしても、もう彼岸の底に沈んじまったさ」そう言って、じいさんは散歩を続ける。
怪しまれなかったのは幸いだけど、情報収取という目的は果たせなかった。彼岸の向こうがどうじゃこうじゃと、わけがわからないぞ。
家がないのでは調べようがない。どうしようか。下手にうろついて警察に職質されでもしたらヤバいからな。これはもう、諦めるしかなさそうだ。飼い殺しにするしかないな。
あのじいさんの言ったことが引っ掛かるが、どうせ迷信深い年寄りのたわ言だろう。帰る途中、ショッピングモールに立ち寄って食い物を買った。ついでに女児用の下着なんかを買おうと思ったがやめた。思慮のない行動をすると、思いがけず証拠を残してしまうことになるからな。どうせ地下室から出ないのだ。俺のお古のパンツでも履かせるか。
我が家に帰ってきた。腹がへったので、買ってきた出来合いのピザを食ってビールを飲む。タバコを一本吸ってから地下室に降りた。
「うわ、こりゃーひでえや」
臭かった。それもそのはずで、あたり一面に糞がばら撒かれていた。少女が排せつしたものを投げつけたのだ。
「それにしても、なんつう臭いだ」
臭気にスコビル値があるならば、極限なトウガラシで焼かれているようで、あまりの刺激で、鼻の中にある毛細な神経が爛れてしまいそうだ。とんでもなく狂暴であるが、排せつ物の量と質も、常人をはるかに超えるレベルだ。
糞をしてスッキリしたのか、少女は大人しかった。俺が壁や床に撒き散らされた汚物を掃除している間、敵意のこもった視線でじっと見つめている。心なしか、頭にある二つの突起が大きくなっているように感じた。触ってみたいが、腕を噛みちぎられそうだ。
糞をふき取るのに二時間ほどかかった。壁と床があらかたきれいになったところで、エサの時間だ。あまりにも人間離れし過ぎて性的な欲求は満たせないが、幼子を飼育しているという感覚は味わいたい。俺は奴隷主であるから、サディスティックにやるのが流儀だ。
「ほら、エサだ。食え」
プラスチックの平皿に賞味期限ぎりぎりの菓子パンを二つ載せて、モップの棒で、それを押し付けてやった。だけど、「ギュギャー」と唸って、皿ごと叩き投げやがった。
「なんだよ、食わねえのか。糞しすぎて腹へってるだろう」
しっかし、これほど性欲が減退する少女を見たことがないな。顔の形相が凄まじくて、人間が作れる範囲を超えている。まるで爬虫類系の妖怪みたいだ。ちょっと前まで可愛かったのに、どうしてこうなった。
それに足だ。長くなってないか。両足とも足枷をつけているのだが、昨日よりも伸びている気がする。先のほうが尖っているし、脛の部分の毛が剛毛だよ。毛深いっていう意味じゃなくて、毛の一本一本が太いんだ。真っ直ぐで気色悪くて。まるで昆虫の肢だ。
なんだよこれ。ここに監禁してから、少女の身体がどんどんおかしくなっていないか。もしかして、おとなしくさせるために使った麻薬が毒となったのかもしれない。
「おっとー」
突然暴れだした。ガウガウ唸って、牙をむき出しにして怒ってるぞ。手足を滅茶苦茶に振り回すので、金属が擦れてガチャガチャ鳴り響く。猛獣用に交換していてよかった。昨日のままでは、引き千切られただろうな。
「ああーっ」
おいおい、牙じゃないか。黄色く汚れた歯並びから、牙がはみ出しているぞ。八重歯とか可愛らしいものじゃなくて、いかにも牙してます、って感じの典型的な牙だよ。なんぞこれは。このガキ、吸血鬼か。
ヤバいぞ。
怒ってる、すげえ怒ってるって。暴れ方が、火薬過多のねずみ花火みたいで、うかつに近づけない。やっぱり腹へってるのかな。だけどパンは食わないんだよな。やっぱ肉なのか。そうだ、こいつはきっと肉食なんだ。牙があるってことは、そういう食性なんだ。
急いで台所に行き、冷蔵庫から豚バラ肉のブロックを引っぱりだした。階下に戻って、暴れまわる少女に投げつけてやった。
「おお、食ってる食ってる」
脂身だらけの生のブロック肉だけど、牙をたてながら毟るように食ってるさ。噛みちぎってはくっちゃくっちゃと、さもいやらしい音を立てるんだよ。よだれの量もすごくて、コップ一杯は超えているだろうな。こいつ、完全に肉食なんだよ。試しに、メシとか食パンとかカマボコなんかを与えても、見向きもしねえ。生肉が好みで、牛よりも豚のほうがよく食いつくさ。
冷蔵庫と冷凍庫の肉を全部やったけど、まだ食い足りないみたいだ。シャーって牙を見せて催促するんだ。けっこう買いだめしていたのに、なんつう食欲なんだよ。
腹へっていると暴れるので、仕方なく大量の生肉を買ってきた。包装パックを外して投げつけてやると、水族館のオットセイが調教師から魚を食うがごとく、パクパク食いつきやがる。一万円分の豚肉を平らげやがった。汚らしいゲップを吐いて、足で首元を掻いているよ。おまえは犬かって。
「こいつ、普通じゃねえな」
あのじいさんが言っていた彼岸の向こうにいる住人って、この世のもんじゃないんじゃないか。この少女、人なのかケモノなのか化け物なのか、わからなくなってきた。
コイツを飼育すると、食費だけで大枚な金が必要になる。おとなしくさせるための薬を追加注文するが、売人はすぐには用意できないと言った。相当にヤバい薬なので、時間がかかるとのことだ。
まさか、あの薬を注射したから化け物じみてきたわけではないだろうな。もともと彼岸だか護岸だかからきた得体の知れない子だけど、薬中にしちまったからこんなになっちまったのかもしれない。
「おいおいおいおい」
そんなことを考えていたら、なんだよ、なんだよ。
たらふく肉を食って、少女の身体が成長し始めたぞ。大きくなっているのではなくて、長く伸びているんだ。ジタバタと爆ぜながら、長くなっていくよ。
「伸びてる伸びてる」
胴体もさることながら、手足の伸び方が異常すぎる。振り出し竿のように、しゅしゅしゅっと見る間に長くなった。直毛がびっしりと生えたまま、その毛も太く長くなっていた。甲虫の肢をルーペで拡大したら、こんな感じなのだと思う。
「ぎゃっ」
左右の横腹からなんか出てきたぞ。ジャージを突き破って、細長くてクネクネしたホース状のものが出てきた。寄生虫か。でっかい虫が腹を食い破ったのか。
いや、違う。あれは身体の一部だ。そうか、腸だ。腹の皮を突き破った腸がヘビのようにうねっているんだ。
少女が、いや、少女だったものがジャージを脱ぎ始めた。まるで脱皮するようだが、孵ったのは蝶でなくて、巨大なミミズに覆われた何かだ。
「わっ」
あ、足に絡みついたぞ。なんぞ、これ。気色悪い。ヌルヌルして柔らかいのに、イヤになるくらい強靭じゃないか。ぶっ叩いても蹴っ飛ばしても離れないぞ。
「やめろ、離せ」
ヘロヘロした長いものが、俺にがっちりと巻き付いている。一本じゃない。何本もだ。ぎゅうぎゅうと絞めあげてくるので、身動きできなくなった。
あっ、外れてるじゃないか。あいつに施していた手枷足枷が床に転がっているぞ。
あはは、それはそうだろうな。なにせ、足だけじゃなくて手まで伸びきって細くなったんだからな。人の手足から、昆虫の肢に変わってしまったんだ。
いったいなんだろう、こいつは。天井に張り付いて、逆さまになりながら気色悪い触手で俺を緊縛しているんだけど、どう見ても人間じゃないな。化け物ということなんだけど、こんな形状の妖怪や怪物を知らないぞ。ちょっとネットで検索したいんだけど、手足が動かせないから無理だ。
「うわあ」おいおいおいおい。
俺が引っぱり上げられてゆく。天井にくっ付いている蜘蛛とミミズとヘビが入り混じったような不快な生き物に、触手でぐるぐる巻きにされた俺があがっていきますよ。
「あぎゃあ」
き、気持ちわるっ。あんなに可愛かった少女だったのに、どうしてこうなった。
彼岸の向こうでゾンビにでも噛みつかれたのか。それとも強力な麻薬の副作用で毒虫に変身してしまったのか。ザムザじゃあるまいし。
それよりも、俺が天井の隅に張り付けられている。すごく粘々した強靭な糸で包まれて、指の一本も動かせない。息をするのがやっとの状態だ。
うわうわうわー。
巨大なミミズだらけの甲虫少女が俺に尻を向けた。お互いに逆さになって天井に張り付いているのだが、これからいったい何をされるんだ。
「うおおお」
化け物の尻がぐぐーっと伸びて、肛門がつきだしてきたんだ。どんだけ伸びるんだよ、この肛門。まるで、雨後のタケノコじゃないか。その気色悪い穴が俺の目の前で止まり、もへ~もへ~と呼吸をしているかのように閉じたり広がったりしている。
「くっさ」
臭い。めちゃくちゃ臭い。
こら、やめろ。こういうエロさを望んだわけでないぞ。いや、そもそもちっともエロティックじゃない。ゾンビに口づけされるほうが、まだマシだって。ウジ虫だらけの腐肉に顔を突っこんだほうが、なんぼか気が休まるぞ。
うおおおおお。
な、なんか出てくる。肛門が、ぐわって開いて、その死ぬほど臭い穴の奥から、白くてつるっとした物体がひねり出された。しかも、一つじゃないぞ。次から次へと出てきて、なんでか俺の身体にくっ付いてるんですけど。首や腹や股の大事なところに、ちょこんと乗っかってんだ。天井に下を向いて貼り付けられているから落ちそうなもんだけど、よほど粘着質なのか離れやしない。
あはは、これたぶん卵だろうな。なんてたって、あのミミズ甲虫な化け物は少女だったからな。まあ、メスだってことだ
「ぎょえ」
首になんか刺さった。すごく痛くて、脳ミソが引き裂かれたような衝撃だった。
たとえるなら、麻酔なしで歯髄の神経にドリル針が勢いよくぶっ刺さった感じだ。あまりの激痛で、全身がコンクリートみたいにカッチカチになった。背骨が伸び切って、張りつめた皮膚がいまにも破けそうだ。小便がしたいと思ったら、すでに垂れ流していた。尻のあたりが生温かった。糞も漏らしたようだ。
あれれれ。
巨大ミミズ甲虫が、俺をおいて去ってゆくではないか。地下室への出入り口を、のっそりとした動作で上がってしまった。ガタガタ音がしているからなにかと思ったら、バタンと音がした。跳ね上げ式のフタが閉められたのだ。
「おいおい、どこいくんだよ」
可愛い少女を監禁して飼育奴隷にしようとしたら、見たことも聞いたこともない化け物に変化して、外に出て行きやがった。あんなのが住宅地をうろつき回ったら、えらいことになるぞ。ゾンビなんて生やさしいって。善良な市民は、一目見ただけで卒倒してしまうぞ。
にしても、身体がしびれて動かん。あの時、伸びてきた尻の穴が俺の首に針をブッサしやがったんだ。そんで、なんかの毒を注入したんだな。すげえ痛みだったけど、どっくどっくって、汁っぽいものを入れられているのがわかったさ。
胸のあたりにくっ付いている卵が微妙に動いている。なんか、毛玉のようにもじょもじょした物体が出てきたぞ。卵は白かったのに、中身は黄色と茶色でひどく汚らしい。
うひゃあ、なんじゃこれは。極太野グソに無数のイトミミズが涌いたみたいだな。気持ち悪いったらありゃしないぞ。その見かけ通りに、臭いがまた強烈すぎて泣ける。オエー、この糞便臭が目に沁みるう。
痛たたた、った。
野グソミミズが俺に噛みついてるよ。鎖骨のあたりが強烈に痛い。弾けまくるネズミ花火みたいな激しい動きで、俺の肉をえぐっているんだ。スクリューしながらグリグリとめり込み、血が滴り落ちている。これ、喰いながら内部に入り込もうとしているんだ。俺の身体を突き進んで、そんで、やわらかな内臓を貪り喰うんだ。
そうか、俺は幼虫たちのエサなんだ。狩り蜂が芋虫に毒針を突き立てて動けなくして、自らの子供たちに新鮮な肉を食わせるみたいに、これから俺は生きたまま食い殺されるんだ。
ここは俺の監禁部屋だ。俺自身が捕らえられ、逃げ場がない状況に追い込まれているんだ。
うわああ、股が痛い。
ぎゃああ、尻が痛い。
下半身の幼虫どもが、とんでもないところに齧りつきやがった。そ、そこはダメだって。ダメなんだって、もうっ。
おわり
俺の監禁部屋 北見崇史 @dvdloto
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