オムライスは、いかが?〜何があなたを突き動かしていたの?〜

雪月華月

第1話 オムライスを作る交換条件は、私をかくまってください!!

「また、コーヒーだけだった……」


 じわじわとくる衝撃で、僕はがっくりと肩を下げた。

 

 僕の家の近所には、二代続く洋食店がある。大学の進学で、他の土地から引越してきた僕ですらびっくりするほどに、土地に馴染んでいて、いつ行っても、家族連れや恋人同士が、楽しそうに食事をしている。オムライスとか、ビーフシチューとかが、特に有名らしい。実際店の前を通ると美味しそうな香りがする、それに引き寄せられて、僕は何度も店に通っていた。


 コーヒー飲みに。


「洋食屋で、飯も頼まず、コーヒーだけって……」


 話を聞いてくれた友人にも軽く引かれた。他に食べたいものがあるのに、なんでコーヒーなんだよって聞かれたら、俺はおどおどと目線をそらしながら……。


「あそこで、独りでオムライスを食べるのは、虚しい……」


 周囲は家族連れが多く、一人で食べてるやつなんていない。おいしいねと笑い合う人々。そんな中で、独り……。


「ハードルが高すぎるんだ……」


 ただ、それでも、コーヒーだけを飲んでいく客として、おそらく店側の人間には覚えられている気がする。洋食屋「こっこ」は家族経営で、調理長の奥さんがホール担当をしている。その奥さんにこの間「また来てくれたのねー」と元気よく言われたときは、冷や汗がどっとで出た。幸いお手伝いしにきた、娘さんだろうか。高校生くらいの女の子に。


「お母さん、声大きい……動揺しているよ」


 と、言ってくれて、さらに、別の話題で俺への注目をそらしてくれた。

 ありがたかった、しかも、セーラ服が似合う可愛い子だった、ありがたい……。


 あ、と唐突に声を上げ、友人は軽く頭を下げた。

 

「そういや、トマトありがとな……お前んとこの仕送り、毎度助かるわ。俺が」


「いやいや、俺、自炊全然だし、もらってくれるだけでありがたい」


 僕は愛想よく応えると、友人は黙り込んだ。それから人の仕送りをもらっている奴がいうセリフじゃないけど、と前置きして、口を開く。


「自分で、使えっ、親が泣くぞっ」


「は、はい」


 俺は友人の勢いに押され、背筋をぴんと伸ばした。


 友人との会話から数日後、大学そばの公園に僕はいた。この公園、本来は市民のために開かれた公園であるのだが、大学近くということもあって、昼間は食事や休憩にくる学生が多い。土曜日の今日は学生半分、親子半分……楽しそうにベンチで喋ってる男女もいる……しかもちょっと年の差ありそうな感じの二人だ……。


 僕はため息をついた。

いやいや、己に女性の影があまりにないからって、見知らぬ男女に黒い感情をもってどうするんだ……。そそくさと公園内を移動する。

 東屋(あずまや)で俺は塩にぎりに海苔を巻いただけのおにぎりをむしゃむしゃ食べた。大人の拳くらいの塩にぎりは、まずくなかった。美味しい。米の研ぎ方をろくに理解してない僕ですら、よく出来ていた。

 親の用意したものは、大したことのない料理でも美味しくなるくらい、いい素材だ。けれど自炊に対しての知識もやる気もない、僕は、腐らすだけは阻止しようと、友人に配ったりしていた。


「本当、最悪だな」


 僕はがっくりと肩を下げた。頑張って自炊を覚えるか……本でも買って? 動画でも見て? めんどくさいもあるが、所詮の自分の料理だしな、と思う僕がいた。あまりにレトルトや割引弁当になれすぎて、料理自体にありがたみが……。ひたすらに良くない傾向だ……ただその中だけでも、あの洋食屋のごはんは美味しそうに感じていた。


「オムライス食べたかった……」


「一人でぶつぶつ、大丈夫ですか……」


 ぽんと言葉がなげられた。びっくりして目が丸くなる。え、誰と思って、声のした方を向くと、そこに、彼女がいた。

 怪訝な顔をした、「こっこ」で僕を助けてくれた、セーラー服の彼女だ。独り言を聞かれたということを、僕はようやく理解し、赤面した。


「あ、あ、すいません……」


 彼女はずいっと前のめりになった。


「いや、謝らなくていいので、というか、うちのお客さんですよね……コーヒーを飲みにくるお兄さん」


「バレてましたか……」


「かなり珍しかったので……」


「ですよね……」


 僕は深くため息をついた。

顔を覚えられると、途端に店へ行くのが億劫になるところがある。

「こっこ」も、そうなってしまうのか……うっと、胸の奥が詰まるものがあった。そんな僕に少女は小首をかしげた。それからおずおずと聞いてくる。


「さっき、オムライスを食べたかったと言ってましたよね、それってもしかしてうちの……?」


 そこまで彼女に聞かれていたら、ごまかしがきかない。僕はから笑いをしながら頷いた。


「はい……食べたかったんです、ホント、美味しそうで……」


 僕の言葉に彼女はにんまりと笑った。本当に可愛い、アイドルかと思うほどの笑顔であり、同時に小悪魔的とも……


「もしよかったら、完全再現じゃないですけど、作りましょうか、私」


「えっ!!」


 彼女の言葉に仰天した。あのお店の味を、作ってくれる?

 僕はあわあわとして、声が震えだす。


「これでも、元跡取りだったんです、食べたかったんでしょ?」


 僕と違って、彼女はどやっと言わんばかりの自信満々な顔だ。

僕はぶんぶんと頭を縦に振った。


「迷惑でなければ、お願いしたいですっ、あ、でも」


 元跡取りってどういうことですかと言おうとした瞬間、遮られるように、口元で彼女は手を開いた。パーの手で、言葉を止められる。唖然とする僕に、彼女は目を細めた。少しためらうような感情が、目から伝わったが、それをふりはらうように、彼女は言った。


「その代わり、今日、私をかくまってくださいっ」


 彼女の声は朗々と僕の頭に響き、混乱させた。

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