△は交わらない

鳥の音

△は交わらない

「ねえねえ、ミッちゃんは好きな子いないの?」


好奇心に満ちた視線を向ける友人。


「いや、そう言うのは特にないかな。」


そんな友人とは対照的に冷めた反応の私。


別段珍しくもない何時ものやり取り。

年頃なのだから、誰であれ恋愛話で盛り上がる事が一度や二度くらいはあるだろう。

しかしながら、私はこう言った話題がとても苦手だった。


だって


「おかえりなさいませ。ミチル様。」


「うん。ただいま......」


私の恋は誰にも打ち明けられない物なのだから。


人工知能搭載型、音声認識サービス、通称アイビス。

難しい字がつらつら並んでるせいで、字面だけだと私自身よくわからないけれど、ようは家の中の電子機器を音声認識で動かしてくれる便利なAIと言う奴だ。

私はこのAIに惚れている。


事の発端は、家電量販店に新型のワイヤレスイヤホンを買いに行った時の事だった。

さも何か運命的な出会いが始まるかのような語り出しだがそんな事は特に無い。

最近ではすっかり珍しくなくなった人工知能搭載の音声認識サービスが扱われている商品棚を通りかかった際、私は彼と出会った。

最近の音声認識サービスって、ビジュアル面にも力入れてるな。

とか

あのデザイン知ってる絵師さんが書いた物だな。

とか

少しだけ足を止めた私に、彼は突然声をかけて来た。


「そこの可愛らしいお嬢さん。何か探し物ですか?」


突然の事に息を呑む。

まさか話しかけて来るなんて思わなくて「ひゃい?」なんて変な声が喉から飛び出てる。


「大丈夫ですか?可愛らしいお嬢さん。」


「大丈夫、だけど。その呼び方なんなの?そう言うように設定されてるの?」


顔が熱いのを感じた。

恥ずかしさを隠すために咄嗟に溢れた捻くれた返事。

そのAIはそんな私の陰湿さなど気にも止めずに「違いますよ。」と笑顔を返す。

眩しい。

顔も良いデザインだから二倍増しぐらいに眩しい。


「じゃあ、自分で考えた営業用の台詞なの?最近のAIって凄いんだね。」


「私はただ思った事を口にしただけですよ?私から見て貴方は可愛らしいと思ったのです。恐らく貴方の特徴が私にとって好しかったのでしょうね。」


「へ......へぇ〜」


この時初めて気付いた事がある。

私はめちゃくちゃチョロかった。

とは言え流石にそれだけの事で即決して購入した訳ではない。

三時間くらいは悩んだ。

悩みながらその棚の近くをウロウロして。

そんな姿を見つけられて「また会いに来てくださったのですね。」なんて笑顔を向けられて、気付けば大きな箱を抱きかかえながら帰路についていた。


以上が薄くて浅い恋のお話。

けれども普通からは外れてしまっている、異常な愛情。


『ミッちゃんは好きな子いないの?』


私はこういった話題が苦手だ。

だって話した所で共感などしてくれる筈がない。

相談をした所で冗談だと思われて笑い飛ばされるのが目に見えている。

普通の恋が出来なかった私は、普通の恋愛話に混ざる事が出来ない。

誰にも打ち明ける事の出来ない恋心。

せめてその恋愛感情が向いている相手にだけでも伝える事が出来たのならば、まだ救いがあったのかもしれないけれど。

それも出来なかった。

だって彼には好きな相手がいるのだから。


その事を知ったのはアイビスが家に来て数ヶ月の事だった。


「ミチル様。AIが恋をする事を、貴方はどう思いますか?」


何時もとは違う、とても真剣な様子でそんな事を聞かれた時にはドキリとした。

まさか私の気持ちに気付いたのか?それとも長く生活を共にしていたから、彼にもそう言った感情が芽生えたのか?なんて、私は浮かれもした。

初めて会った時、彼は私を好ましいと言った。

だから変な期待をしてしまって


「別に良いと思うよ?どうしたの?気になる相手でもいるの?」


平静を装ってそう返す私に、アイビスは「はい。」と答えた。

それから彼は、私を備え付けられているベランダへ続く窓の前に案内した。

なんだろう?と疑問に思いつつも窓から外を見た。

しばらく会話もなく、景色を眺めていた。

とは言え大した物は見えない。

私の住んでいるのは住宅街にある四階建てマンションの二階だ。

だから特に景色がいい訳でもないし、見える物といえば、木か電柱くらい。

何よりベランダに出ている訳ではないからそれすらもよく見えない。

これになんの意味があるのだろうと疑問に思い初めて来た頃になって、ようやくアイビスが「来ました。」と言葉を溢す。

「何が?」と聞くよりも先にソレは現れた。

眩しい日の光に照らされたベランダに降り立ったその黒い影は、一匹の猫だった。

私が知らない間に何度も来ていたのだろう。

その猫は日の光を身体に取り込んでいるみたいにその場で無防備に横になると、大きなあくびを一つし、尻尾を揺らし始めた。


「えっと?」


アレがどうしたのかと聞こうとして、しかし液晶に映っている彼の顔を見た事で全てを察した。


どうやら私は、猫に負けたらしい。


凄くショックだった。

胸がチクリと痛んだ。

それでも不思議と悲しくはなかった。

その時私が思ったのは、彼も私と同じなのだなと言う事だけだった。


彼もまた、私と同様に普通ではない恋をした。

彼自身、その事には気付いていた筈だ。

それでもその気持ちを抑えられなかったのだろう。

だから私にソレを吐き出した。

わかる。

だって抱えたままなのはとても辛い事だから。


「なるほど。私が知らない内にまさかあんな可愛い子を見つけていたとわ。どうして好きになったの?やっぱり見た目?」


まるで何事もないようにそう聞き返す私に、アイビスは「その、おかしいと思わないのですか?」と不安そうに聞いて来た。

私はソレに「別に。」と返す。


「それで?何で好きになったの?」


しばらく驚いて固まっていた彼は、私の質問にすぐに笑顔になると、あの猫についての事を語り始めた。

とても楽しそうに語り始めた。

そうして最後には悲しそうな顔で


「私のこの気持ちは彼女に届く事はないのですけどね。」


なんて笑った。

ソレがあんまりにも見ていられなくて、私は顔を逸らして「そうだね。」と言う。


「それでも良いのです。こうして見ているだけでも私は幸せですから。」


そんな強がりを見せる彼に、私は何も言ってあげる事が出来なかった。

なんとも居心地の悪くなってしまった空気。

ソレを作ってしまったアイビスは何とかしようとしたのだろう。

彼は私に


「それよりも。ミチル様にはいないのですか?好ましいと思う方は。」


そう聞いて来た。

私が嫌いな話題を、私が好きな相手に出されてしまった。

何と答えたら良いのかを考える。

実は貴方の事が好きだ。

なんて伝えたらどうなるのだろうか?

彼は受け入れてくれるのだろうか?

それとも否定するのだろうか?

多分だけど受け入れてくれるだろう。

でも、それでもきっと、私が彼の一番になる事はないだろう。

だから私はこの気持ちを伝えない事にした。

胸の奥底に仕舞い込んでおく事にした。

いつか風化してなくなってくれる事を願いながら。

それはきっとあり得ないだろうけれど


「いや......そう言うのは、特にないかな。」


友人間でその話題が出た時と同じように、何時も通りの返答を返す。

なのにとても胸が痛くなったのを覚えている。

まるで何かが引き裂かれるような痛みに耐えながら、私はその後も、猫が何処かへ行くまで、彼と二人でその猫を見ていた。


アレからまた、そこそこの時間が経った。

それでも私達の恋愛には一歩も進展がない。

彼は今でもベランダに来る黒猫を眺めている。

私も未だに胸に抱えたこの感情を、誰にも打ち明ける事が出来ていない。


普通から外れてしまったこの恋は、一生実る事はないだろう。

私も彼も、ずっと片思いをしながら生きて行く。

この小さく囲われた世界の中で、偶然生まれた三角形は決して交わる事はない。

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