第2話 前編

 時は流れて、少女は病気もせず元気に年頃の乙女へと成長しました。

 周りの女の子たちは年相応に色恋沙汰に夢中ですが、少女には縁がありません。興味がないのではなく、縁がないのが哀れなところ。しかし町の男性どころか、馬牛家畜にすら恐れられる剛力です。一度1人の男が花輪を渡しにきてくれましたが、照れてそのまま握りしめ、折角の花を全部ダメにしてしまいました。尋常ならざる握力を間近で披露したせいで、それ以降周囲からは一層恐れられることになったのです。

 そしてどうにでもなれとその翌年のこと。賞金欲しさに村の強者を決める剣闘士の催しに出場しました。男性の出場者は全員彼女のデコピンで撃沈。さらに出し物のクマは一睨みで萎縮。圧倒的な力を示し、次の年からは催しに出禁となってしまったのです。

 もう何の用もなく彼女に近づく人はいませんでした。


 普段は村の雑務を引き受けて暮らしています。

 あの塀を壊してほしい。大量の木材を運んでほしい。馬が暴れて手がつけられないから助けてくれ。食事と金貨のために、彼女はどんなことも引き受けました。

 それでも村人たちが少女を恐れている気持ちは伝わってくるのです。

 来る依頼はどれも、運んでくれ、折ってくれ。壊してくれ。

 せめて仕事をくれた人を怖がらせないように、笑顔だけは貼り付けて少女はにこにこ愛想よく小麦を運びました。


 そんな日々を過ごしていた時。

 突進してきた暴れ牛の主人から引き攣った笑顔と数枚の金貨をもらった後、少女は急に喪失感に襲われました。主人の足元に隠れてこちらを見上げていた小さな子供。家の窓から心配そうに覗いていた、3人目を妊娠中だと噂で聞いたその母親。

 今までどうとも思わなかったのに、疲れていたのでしょうか。心がドッと冷たく黒い水の中に沈み込みます。

 ふらふら森を彷徨って、適当な木を素手で倒しその丸太に腰掛けると、もらったばかりの金貨がポケットの中でチャリンと虚しく音を立てました。

 何を考えても無駄なこと。

 彼女に家族はもういないのです。

 どれだけ悲しくとも事実。そしてその孤独は少女自身に理由があるのだから仕方ありません。

 ため息が漏れそうになるのを唇を噛んで耐えます。

 耐えていると、視界が歪んできました。

 誰もいないなら泣いてもと心が挫けそうになりますが、慰めてくれる人もいないのならと今まで一人で生きてきた意地がぶつかり合います。


 ぎゅうと小さな拳を膝の上で作った時、唐突に声が降って来ました。


「すみません、お嬢さん。この辺に宿はありますか?」


 驚いて顔を上げると、目の前には痩身の男性が立っている。いつの間に来たのでしょうか。全く気づかなかったことに驚愕すると共に、男の風貌にギョッとします。

 痩身。高身長。黒髪に、身なりはよれよれの衣服を身につけていましたが、それよりも気になるのは肌。わずかに覗くその色は、朝咲の百合よりも白いではありませんか。そしてと表現するしかないのは、彼が全身に包帯を巻き付けていたからです。五分袖から覗く腕にも、無造作にぐるぐると巻かれています。

 「あの……?」

 少女が聴こえていないと思ったのか、男はそう言いつつ一歩前へと踏み出しました。

 いくら力が異常に強いとはいえ、少女にだって恐怖心はあります。見知らぬ怪しい男が急に近くにいたのです。その恐怖はいかばかりでしょう。

 思わず腕を勢いよく前に突き出しました。


 屈んだ男を彼女の伸ばされた腕が押し返した、その瞬間。


 少女の腕は男の胸を突き抜けたのです。


 ざらりとした感触に、僅かに歪められた男の顔。

 それは痛みではなく、悲しみのようでした。

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