貝好き漁師は異世界転生して最強の貝になりました。

ヒダさん

1話 漁師、転生。

 息の出来ない水中で、犬飼美佐男わたし

 は安堵していた。私の大好きな貝を、最期

 に眺められたのだから。

 私の上に重なる黒いスポットライト、

 いや、船の影を浴びながら、深い深い

 海の中で、私はゆっくりと沈んでいく。

 仲間の素潜り漁師が私のもとへ辿り着く

 その前に、私の意識は途絶えた——


「———————」


「——………」


「……………あれ?」


 「えー、お待ちしておりました、犬飼美佐男いぬかいみさお様」


 そこは深い森の中だった、だが気味の悪い

 事に、森の中の木草全てに拳1つ程の大きさ

 の目が生えており、それらがはっきりとこ

 ちらを睨んでいる。そして、その草木を踏

 みつけつつ、上等なスーツを着た顔色の悪

 い男が、私に深くお辞儀をした。


 「ゔぅえっ…!」


 私はその草木に生えた眼球の血管や

 筋繊維までも目にしてしまい、その

 あまりの気色悪さに耐えられず、そ

 の場で嘔吐してしまった——


 ——と思ったら、吐瀉物が一瞬にして消え

 て、男の顔色がもっと悪くなった。


 「あー、今度から吐かないで下さいね、

 処理が面倒なので」

 

 「何で植物に目の飾りなんか…いや、これ

  本物…?というかここは何処だ?あと

  今何か…ゲロが消え——」


「んー、人間の世界でいう、三途の川

 ってやつでしょうか、その水を吸った

 せいで、ここの植物は全部こんな事に

 なってます、仕組みは私にも分かりま

 せんがね、あ、吐瀉物ゲロの処理は、この

 世界に伝わる魔法で済ませておきまし

 た」

 


 確かに、男の片手には魔法の杖らしき物が

 握られており、男の後方に大きな川が見え

 た。


 「今日は、取引をする為に急遽犬飼様を

  ここへお連れしました」


 「取引…だと?」


「あー、えぇ取引です、犬飼様にとっても良い話ですよコレ、なにせ、貴方を魔法で生き返らせるチャンス…ですからね。」

 

 「私を生き返らせる…って、本当にで

  きるのか!?」


「あー、但しこちらからは3つ、代価の

 要求をさせて頂きます」


「代価って、金とか…権力の事か?私は

 何一つとして持ってないぞ?」

 


「あー、とにかく説明するので、よく聞いて考えてくださいね?

 一つ目、異世界に貝として転生する事。

 二つ目、異世界で魔王を根絶させる事。

 三つ目、この先何があっても、私に文句を

 言ったり、反抗したりしない事。この三つ

 を約束するなら、私が犬飼様を生き返らせてあげます」


 「魔王を絶滅させるだと?討伐する訳じゃ

  なくて?」


 「あー、魔王が亡くなった場合、1ヶ月後に

 新しい魔王がなんらかの理由で生まれ

 るので、その生誕を阻止してもらう為

 に、貴方に異世界転生して欲しいんです、

 なので討伐より絶滅させるとの表現が適切

 かと」

 


 「異世界転生だと…最近漫画やら小説やら

  で流行りのアレを私が体現する訳か、と

  いうか、反抗して欲しくないのを条件に

  入れるのは分かるが…何故貝に転生しろ

  と!?」


「あー、それはですね…」


「私の住んでいる世界には、魔王に反抗でき

 る、いわば勇者的存在がいるものの、弱っ

 ちくてですね、ええ、ですから、生前は最

 強だったと云われる海の王に、何とか命を

 吹き込んで助けてもらおうと思って、生贄

 を探していたら、貝好きの貴方が溺死しよ

 うとしていまして、海の王は貝の体を持っ

 ていたので、貴方を転生させるのに丁度良

 いと思いまして…」

 

 「成程、私が貝好きだから、貝に転生させ

 るのが丁度良いとの考え方は理解不能

 だが、私を生き返らせてくれるなら

 何でも良いよ」


 「んー、今。何でも良いと…?」


「え?だって、生き返らせてくれるん

  だろ?」



「えー、では、注意事項の説明は省いて、

 異世界転生しちゃいましょうか、お仲間

 さん達も人間界で待っているでしょうし」

 

 「えっ?ちょっ、注意事項って—」


 気がつくと、私はさっきの気味の悪い森

 の中心部に居た。目の生えた植物達が、

 こちらを見ている、いや重要なのは私の

 視界が上下の白い板に阻まれている事だ、

 どうやら私は貝の内側にいるらしい、い

 や貝になったという方が正しいか。待て

 よ?そんな事は重要じゃない!


「…ちょっと待った!注意事項って何だった

 んだ!?」

 

 「あー、すみません、こうでもしないと

 断られるかなと思いまして」


「ふざけるな、大事な事を言わないで、何

 が取引だ…馬鹿にしているのか?」


「あー、駄目です!そんなに感情を乱れさ 

 せては— 」


その瞬間、私の目の辺りから眩しい閃光

 が発射されたかと思えば、私の周りの草木、いや地盤ごと男が遠くに吹き飛んでいた。


 「んー、だから言ったのに、私の給料

 2ヶ月分のスーツ、ボロ切れになって

 しまいましたね…」

 

 いや、強すぎるだろ、海の王ってこ

 んなに強かったのか?これ案外魔王

 討伐、楽勝かもしれんな…あれ?

 

 「何でお前はこんなのを喰らって平然と

 してるんだよ…」

  

 「あー、私実は死神のはしくれでして、

  耐久力には自信があります、魔法を使えば

 神や王レベルの者でもない限り、生贄

なしで生き返らせる事ができますから、私、

 割と優秀なんですよ?犬飼様アナタ程じゃないですけど」

 

 死神か…だからコイツ、平気で命を扱える

 わけか…いやそれより重要な事がある。


 「デカいな…」


「あー、ですね、20メートルはあるんじゃ

  ないですか貴方?この大きさの事、一

  応注意事項としてお伝えするつもりだっ

  たんですがね」


  「体、動かないんだけど」

  

 「あー、仕方ないですね、貝ですし」


  「目、閉じれないんだけど」


「んー、仕方ないですね、貝ですし」


  成程、断られる事を恐れるわけだ。


 「んー、そろそろ魔王をちゃちゃっとやっつけてくれませんかね」

 

 「え、いや…でも、魔王ってそんな簡単に

 倒せるタマなのか?」


 「んー、私の国…いえ、アクロ王国の勇者は半年経っても倒せませんでしたが、貴方ならものの数秒でイケるでしょう」


 成程、ここは魔法が使える、限りなくファンタジーRPGに近い異世界だが、勇者が必ずしも魔王を倒せる世界では無いし、男の話か

らすると「れべるあっぷ」やら「くえすと」

とかいう言葉も無いようだ。離島生まれ離島育ちでゲーム機に触れた事のない私にとっては、ここは好都合な世界らしい。アクロ王国

か…宮殿とか、パレードの様なモノがあるの

なら、私のいた島には無い遊園地の感覚を味わえるのだろうか?まあ、動けない私には無理な話だが。


 「ものの数秒って…具体的にどうす

 れば良いんだ?」


 「あー、基本的には、さっき貴方が強い光線を撃った時と一緒の感覚です」


 「成程、でもどこに撃てばいいんだ?

 私からはお前とその気色悪い植物しか見えないぞ?」


「んー、構いません、今私の後方、距離

にしておよそ2キロメートル先に魔王城が

ありますが、ここからでは様子が見れませんので、私の魔法で中継映像をお見せしますね」

 

 男が杖を振り、その先端からアメーバのよ

 うなものが出現し、私の顔に被さったかと

 思えば、巨大な鳥の上にちょこんと建っている魔王城に加え、ご丁寧にLIVEの文字までもがアメーバに映し出された。


 「何か、この魔王城小さくないか?」


 「あー、魔王城が小さいんじゃなくて、そ

 の下の鳥が大きいんです、私の国の中でも

 最大級のモンスターですから」


 男の言う通り魔王城は、アメーバに映り込

 む地上の建造物の何倍もの大きさだった。

 

 「いや待て、こんなのを相手にして、

 私はこの世界で生き残れるのか?」

 

 「あー、そこなんですが、貴方の使える

 魔法の特性には偏りがありまして、その

 偏りさえなくせれば、犬飼様の命の心配は

 ないかと」


 魔法に偏りか…さっきの光線の圧倒的な

 破壊力があれば、弱点なんて無いと思う

 のだが、もしラスボス的な者が現れたら

 と思うと…やはり元一般人には荷が重い

 気がしてならない。

 

 「えー、貴方の使える魔法は—」


私の使える魔法は—?


超攻撃特化型魔法ちょうこうげきとっかがたまほう


 超攻撃特化型魔法ちょうこうげきとっかがたまほうと—?


 「— それだけです」


 「いや少なっ」


「んー、天は二物を与えないって事です

 ね、貴方は敵からの攻撃に、攻撃魔法で

 しか対抗出来ません、幸いにも海の王は

 眠気がない体質なので、寝込みを襲われる

 という事はまずありません、ですが結界や

 防御魔法が使えず身動きができないとなる

 と、日々貴方を守る護衛が必要という訳で

 す」


 じゃあお前でいいじゃねえか、と思った

 が、それなら最初からこんな事言わねぇ

 か、とも思った。


 「あー、私は犬飼さんの護衛をしたい気持ちは山々なんですが、仕事が忙しくてです

 ね、まあ王国に話はつけてあるので、か

 なりの強者を護衛に寄越してくれるでし

 ょう、なので、安心して魔王城に一発

 かましちゃって下さい」


 「まあ、それなら良かろう」

 

 呼吸を整えてから身体に力を入れる、

 私が素潜り漁で唯一逃した魚の

 憎き姿を強くイメージし、あの魚の腹に穴を開ける気持ちで、魔法を放った。


 アメーバに映し出された鳥の羽を、閃光

 が貫き、そして魔王城が光にえぐられていく。


 「これで…いいのか?」


「あー、肝心の魔王がまだ生きてますね、二発目、お願いします」


閃光が当たった部分から、城が徐々に灰

 になっていく。中継映像では音は聞こえ

 ないが、数多もの悲鳴が上がっていると

 思うと、いくら魔物相手でも気分が悪い。


 「あー、情けは無用ですよ、彼らのせいで

 多くの命が犠牲になりましたから、歴代

 勇者から王国アクロの要人、村人に女子供、果て

 は私の家族まで— ね、ですから、あくまでこれは貴方と王国を守るための行動です。この選択に間違いはありません」


 「大丈夫、情なんて湧かないさ、私を生き返らせる為だからな、私の仲間に寂しい思いをさせるくらいなら、あんな魔物…」


 「その調子です、貴方が強く生きたいと

  願っていれば、護衛の方も、さぞかし

  やりがいがあるでしょう」

 

 「あ、そういえば私を護衛する奴はどこにいるんだ?王国とやらから派遣されるわけだ

し、さぞかし強いんだろ?」


 「んー、魔法で顔をお見せしようか、とも

 思ったのですが、ここは元人間の貴方に合

 わせて、写真をご用意しました」


 男は杖を服の中にしまい、胸ポケット

 から一枚の写真を取り出した。


 写真ソレには顔の整った、いかにも異世界

 ファンタジーモノの主人公のような若い男

 が、自慢気に剣を掲げ爽やかな笑みを浮

 かべている。


 「コイツか…何か凄くイケてるな、服装

 がこんなギラギラした防具じゃなければ

 私まで惚れてしまいそうだよ」


「彼の名前はカロン・レグレートだそうです、役職は…王国の勇者みたいですね」


 「勇者は弱っちいんじゃ無かったのか」


 「あー、補足すると、それは2年前に

 彼が魔王との決闘に負けたからであって、

 一般的な解釈をすれば彼はかなりお強い

 お人なんですよ」


 まあ、それなら適任か、自分よりイケてる

 男を、毎朝貝の採集に駆り出すのはとて

 も心地よさそうだしな。


 「では、私はもう次の仕事があります

 ので、そろそろお暇させて頂きますね」


 「おい!まだ聞きたい事が沢山—」

  

 「あー、私は役目を果たしましたので、

 これでお別れです。ですが貴方の役目は

 まだ終わっていません、これから魔王は

 何回も復活し、アクロ王国を攻撃するでしょう、しかし、貴方がいるだけでも失われる筈だった命をいくつも救えるのです」


 「えー、何かあったらこちらの水晶に向かって私の姿を強くイメージしてください、そうすればすぐに私が向かいますので。では」


 そう言いながら、男は水晶を私の前に

 置いて、杖を振るったかと思えば、彼

 は突如現れたつむじ風で姿をくらまし

 て、気付けば私の前から消えていた。


 — と思ったらまた現れた。


 「んー、何かあるの、早すぎやしません

 かね?」


 どうやら私が無意識に彼を呼んでしまった

 らしい、まあ少し気になる事があっただけ

 なのだが。


「…すまない、君にお礼が言いたくて」


 「お礼、ですか」


 「ああ、君の話し方が、私の好きだった

 漫画のキャラと少し似ていてね、こんな

 訳の分からない世界でも、君には親近感

 が湧いたからある程度冷静でいられた、

 それに、取引だったとはいえ私を生き

 返らせるチャンスを与えてくれた事、

 本当に感謝している」


 「…こちらこそ、魔王討伐を

 手伝って頂きありがとうございました、

 ご武運をお祈りします」


 「ありがとう!」


そして男は一礼し、私の前から消えていった

…笑顔で。



私はやる事が無くなったので、暫く瞑想でもして、勇者を待つ事にした。


  



 

 





 


 

 


 

 

 



 



 

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