幸せは小さな不幸の中に

お望月うさぎ

第1話

 外へ行こう。

 そう思い始めたのは随分と昔の話だ。と言っても、その時に大きな変化があった、という訳では無い。ずっと村の人々からは嫌われていたし、もし呼ばれても『‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪‪‪✕‬』としかよばれなかった。何の気なしに親に尋ねると、この国で不吉の象徴とされている花の名前らしかった。その親と呼んでいた人も、鏡で見た私の容姿とあまりに似ていなかった。ある日尋ねるとすぐ引き取った事を白状し、私の産みの親は私を産んだ時に2人とも亡くなった事を話してくれた。だからと言ってどうと言うことはなかったし、何故か日に当たり過ぎると身体が痛くなること以外は何不自由ない生活も勉強もさせてくれた。村で疎まれて学校では上手くいかないことを最初からわかっていたのか、邪魔の入らない環境と、とても進んだ情報を用意してくれた。変わらないことと言えばもうひとつ。毎月の初めに、私は不思議な結晶を生み出す。六角形の透明なそれは、生まれる時に周りの幸運を吸い取るらしい。とてつもなく不幸になる、といった大した物ではない。雪の日に歩いている時ちょっと躓くようになったり、外国への旅行が当たるルーレットのピタリ賞がニアピン賞になったりする程度だ。それでもそういった物の方がストレスは溜まる物で、「普通」とは違って原因があるのならばやはりその原因は嫌われる。

 だからずっと仕方ないと考えていたし、原因がわかってから少しの間は用途不明の結晶を少し恨んでもいた。それでも出て行こうとは考えもしなかった。

 それでも原因をあげると言うならば、それはきっとどこの国の物かも分からない図鑑だろう。

 そこには、不幸の象徴である私の花が、幸運の花として書かれていた。

 

 行きたい場所があると聞いた親は特に止める事もなく、旅に最低限必要な物をくれた。

 旅自体はそこまで苦しいものでは無かった。私に関わると顰蹙を買うので自分で様々なことをしていたので、一通りの事は出来た。食料も、月の初めに辺りを探せば不幸にも傷を負い草の陰で倒れた動物や落ちてしまった果実が見つかった。同じ「運が悪い」でも、安全な場所と厳しい自然界では、生死を分けることになるのか。売られていたものよりも血は臭かった。今日も木々が生い茂り、聞き分けが難しいほど沢山の鳥や獣の鳴き声がする森の中を歩く。初めこそ私を噂する人々の声に幻聴していた声も、今では安心するようになった。

 飲み物を取ろうとバッグを開いた時、コロンと例の結晶が落ちる。月にひとつ生まれるそれは、もう随分と数を増やしていた。それを拾おうとした時だ。

「助けてー!」

 急に後ろから叫び声が聞こえたと思った途端に、後ろの茂みをかき分けて人影が飛び出してきた。

 そしてその人影はそのまま私を通り抜け、

 思い切り結晶を踏み抜いた。

「あっ」

 子気味良い音と共に辺りに砕け散る透明な結晶は、差し込む光に透過しキラキラと輝いている。踏み抜いた人は、思わず立ち止まる。

「ご、ごめん!! で、でも君も逃げて!大きな熊が追いかけてきてるの!」

 鮮やかな蒼の髪をなびかせ、それに見劣りしない程の綺麗な白いドレスを手で持ち上げながら、踏んだ女性はそう言う。と同時に後ろから唸り声と木々を折り進む音が聞こえてきた

「ほら早く!」

 謎の女性はそう急かして走り始めて、木の根に足をぶつけて転ける。そしてその木の根にあった蜂の巣を落とす。さらに転けた所が丁度ぬかるみになっており、顔から倒れた女性は、結晶の次は泥を撒き散らした。

 しかし、巣を落とされていきり立つ蜂は後からやってきた大きな熊を攻撃目標に定め、熊は追い返される。さらに蜂の巣が落ちた衝撃で半分に割れて中にいた蜂たちも我先にと逃げて行き、中からは液体が流れ出ていた。

 倒れた女性は暫くしてからゆっくりと立ち上がる。

「いったーい……もう、ありえない。こんなのじゃラッキーガールの名前が廃れるわ」

 そんなことをぼやきながら立ち上がった女性は、まだ私がいることに気が付き、恥ずかしそうに口に手を当てる。

「これはこれは恥ずかしいところをお見せしました……」

 恥ずかしいところ、と言うのは先程の転けたことだろうか。あれは恐らく私の月初めのせいだろう。

「いえ、ごめんなさい、私のせいで不幸な目に遭って……」

「え? あなたのせいじゃないですよ?」

「あー、あの、そんな汚れたままだとあれなので、ここから少し行ったところに大きな湖があります、そこで軽く汚れを落としては如何でしょうか?」

「あ、そういえばそうでした……。案内して頂いてもよろしいですか?」

 湖に着いた女性は意外と大胆で、服も汚れてるので、と言って湖に入った。顔や服をじゃばじゃばと流す。

「あー、泥がまだ染み込んで無くて服綺麗になりそうです、ラッキーですね!」

 結局幸運にも目立たない程服が綺麗になった女性は陽の当たる場所で服を乾かし始める。

「そういえばさっき自分のせい、って言ってましたね? あれ何か理由でもあるんですか?」

「私、月の初めに周りから運勢を奪ってしまうらしくて、周りが不幸になるんです。例えば 雪の日に歩いている時ちょっと躓くようになったり、外国への旅行が当たるルーレットのピタリ賞がニアピン賞になったりとか。今は月の初めではないので確かではないですが、きっと私のせいです」

「なるほど……それであんなことに」

「ごめんなさい……」

「いえいえ、怒ってるとかじゃなくて。これでも私、運勢には自信があるんです。なんか変なことに聞こえますけど。知ってますか?カマニ国の『幸せの青い姫』」

「あ、本で読んだことがあります! え、じゃあお姫様……? も、申し訳ありません、変なことばかり言って……!」

「良いんです。順当に行けばしばらくすれば姫ではなくなるので。まぁ、自分で使ってるので何言われても仕方ないですけどね」

「そうなのですか?」

「まぁ、私の事はともかく、そういうあなたはどうしたんですか? 見るからに遠出する格好ですけど」

「私はこんな体質ですからみんなに嫌われてたので、適当な理由をつけて外へ行こうと思い立ち旅に出ました」

「旅に……、あ!」

「ど、どうしたんですか?」

「今目指してるところとかってありますか?」

「いえ、別にありませんが」

「それなら、私の行く場所へ着いてきてくれませんか?」

「どうしてですか?」

「私も利用するようなので断って貰っても構わないのですが、あなたの体質で私が不幸になれば、この重荷も降ろせるかと思ったんです。目的が出来たらすぐ別れてもらっても構わないので、お願い出来ないでしょうか」

 不幸にすることを望む人など、今まで見たことも無かった。だから私が必要とされることは絶対になかった。

 私の旅は、1人のお姫様と一緒になった。


 どうやら彼女の幸運体質は凄まじいようだ。湖から森を抜けた先にある集落で宿を取り、夕食を食べているとここまでの道のりを聞かれた。素直に答えると、あの森は熊などの大型動物と、進化した蔓性植物とが奇妙な共存関係を築いており、熊などに追い詰められて蔓に絡められて殺されるらしい。傷を負った動物や人間のような弱い動物が餌食になるそうだ。

 部屋に戻ると、お姫様、ラナン様はベットに勢い良く倒れる。

「疲れました! あんなに走ったのは産まれてこのかた初めてです」

「気づかない所で危なかったみたいですしね」

「ですね。あー、でも今のうちに書いておかなきゃ」

「? 何をです?」

「国へのお手紙です。忘れると怒られてしまうのです」

「なるほど」

 そう言って湖でも絶対に濡らさなかった鞄から紙を1枚取りだし、書き始める。

「えーと、今日はくまに追いかけられて転倒して蜂の巣を落としました。私の幸運の力はもう無くなったみたいなので帰還命令をお出しください」

 ラナン様は口に出しながら書いていった。

 ラナン様は彼女の言う目的地へと向かいながら、不幸になる方法を探していた。その中で、彼女は出会った時にあった結晶を砕くという方法を見つけ出す。

 月の初めに生まれるそれが、やはり私の体質を完全に解明するきっかけになるのだろう。

 ラナン様は少しずつ町や村を転々としつつ溜まりに溜まった結晶を少しづつ割って行き、その度に起こる不幸を手紙に書き留めて送り付けている。しかし彼女の言う帰還命令が来ることもなく、ある月の終わりに、彼女は宿の人と懇意に話していたのにも関わらず遠出の準備を始めた。そして大きな山の麓へとたどり着いた。

「結局こなかったわねぇ、大分不幸話を送ったと思うのだけれど」

 麓で寝る前に火を焚きながら、私たちは話す。

「そもそも、ラナン様はどういう目的で、どこに向かっているんですか?」

「……あー、そういえば抵抗に必死になって伝えてなかったわね。一緒に旅して決心も着いたし、明日には着くし、話しましょうか」

 ラナン様は、そう言って、ぱちぱちと音を立てて燃える焚き火を見つめる。

「始まりはどこだったかしら。……そうね、随分と前に世界中で大雪が降った時のこと覚えてる?」

「その年の滑落死亡者が倍増したって言う」

「そうそれ。うちの国は基本的に穏やかな気候で死者も少なく、ついでに代々私のような人が産まれるから幸運の国なんて呼ばれてるの。でもあの時は違って、うちの国でも多くの人が死んだわ」

「私はその頃ほとんど外に出てないので知りませんでした……」

「それでうちの国で、私の先々代が生み出したのがこの制度。この山の上には幸せを司る神様がいて、その人に幸運を渡して国を幸せにしてもらうの。つまりは、幸せの姫の命ね。先代はうちの国が主体となって、全国でルーレットを実施して、ピタリと当てた幸運な人を旅行に連れていくっていう企画をした結果、行く途中に使っていた飛行船が墜落。すぐにこの制度が使われたわ。今回も似たような感じ」

「そんな馬鹿な」

「……まぁ、国が信じることってそんなものよ。それに今まで人との付き合いなんて、あばよくば自分が幸せのお零れに預かりたい、って人しか行かなった。でも今回はある意味関係無い付き合いが出来たから、踏ん切りも着いたわ」

 ぱちん、と木が崩れる。

「そういえば、目的が出来たら別れる、って言ってたわね。何かできたかしら」

「……何も」

「じゃあ、多分明日が最後だから、明日までよろしくね」

「……分かりました」

「まぁ、ここまで付き合ってくれたお礼は、考えてあるから、それもね。じゃあおやすみ」

 火の始末をして、真っ暗の星空を見ながら眠った。

 朝起きると、ラナン様はまだ起きていなかった。そして、私の手元には、透明な結晶が落ちていた。

 今日は月の始まりだったのだ。急いで荷物をまとめ、出発の用意をする。

 今日は大切な日なのに、私の不幸に巻き込む訳には行かない。山をおりたところに、前日にお世話になった集落があっただろう。ここ最近で随分と軽くなった鞄を持ち、頭を下げるだけで離れた。

 山道を降りながら、ずっと村の人の声と、あるはずの無い恨めしそうなラナン様はの顔が脳裏を過ぎる。

 それを振り払おうとしている内、集落に辿り着く。だれにも会いたく無かったけれど、外にいる訳にも行かないのでもう一度宿を取ろうとする。入ると、驚いた顔で前日と同じおじいさんが受付からこちらを見る。

「おや、最近泊まってくれた子じゃないか。あの子は今日くらいが大事な日で2人で頑張るんだって言ってた気がするが、やめたのかい?」

「あ……、いえ、事情があって私だけ降りてきました」

「ふーむ、そんなに大事なことなのかい? あの子、明るく振舞っていたけど、まるで最後の晩餐みたいに張り詰めてたよ? 一緒にいてあげた方がいいんじゃないのかい?」

「……私がいても、あの人の為にならないんです」

「それが事情かい?」

「え?」

「……こんな見ず知らずのじじいにこんなこと言われて意味がわからないと思うけれど、私は子供を自殺で亡くしていてね。あの子は似たような雰囲気しか無くてどうしても覚えちまった。だからこれだけ言わせてくれ。どれだけ何もしてやれなくても、迷惑をかけても、そこに居てやる事が何よりもいい事なんだよ。私には君に強制する権利は無いけど、少しでも迷いがあるなら、覚えておいてくれ」

 急に言われた言葉なのに、何よりも脳裏のラナン様の顔が、泣いていた気がした。


 山道を駆け上がり、途中大きく口を開けていた洞窟へ入る。ほぼ真っ暗な道を進むと、そこだけ大きく開け、外からスポットライトのように丸い光が差し込み、一面が紫色の花畑になっている。近づくとそれは一枚一枚はふんわりと薄い花弁で、それが何層にも重なって円状に開いている。その中心に、ラナン様は倒れていた。近づいて近くに座ると、音に気がついて微かに動く。

「おそ……いよ」

「ごめんなさい……今日はラナン様を不幸にしたくなかったんです」

「ああ……あれさ。思った、んだけど、あなたのそれは、周りを不幸にするんじゃなくてさ……逆なんだよきっと。大きな不幸を、もって、いって、くれるんだよ」

「……え?」

「雪の日に、躓いたら危ないけれど……滑落する所までは行かないし……ニアピン賞なら、さ、墜落する飛行船に乗ることも無いんだよ」

「そんな……」

「あの森でも熊から逃げ切れてなかったら蔦で死んでるし……、きっとあなたは、不幸中の幸いを、うみだしてるんだよ。だから結晶には、人から集めた不幸が、詰まってる」

 息が苦しくなって来たのか、ラナン様はゴホゴホと咳き込む。それでも話すのを辞めようとしない。

「私も、君がいるなら死んでも、きっと最悪の、不幸じゃないんだって思えるから、君と会えて、幸せだった。うん。不幸中の幸いだね。…………あ、お礼、バッグの中にはいってる、から。ありがとう、きっと、幸せに」

 一方的に言うだけ言って、笑ったまま彼女は動かなくなった。その顔から、涙が零れる。

 それが花畑に落ちて花に当たると、紫色から晴れ渡る蒼空のような色に変わる。そしてそれは色が広がるように次々と変わっていった。

 いつかどこかで見たその花は、確かに不幸で、それでも幸せの花だった。


 バッグには、彼女の国で彼女の友人として招き入れる事と、その国への道筋があった。随分と長く来たようで、辿り着くまでに2ヶ月程かかった。着いてからも嘘だろうと言われたらそこまでだったのだが、彼女の手紙は信用されている用で、国に直ぐに迎え入れて貰えた。友人を一般住宅では、などといって本当に良い暮らしを提供してもらったが、私はそれが目的ではなかった。

 それからその国では産まれた姫が不思議な友人から透明な結晶の付いたブローチをうけとる事が増えた。

 そして、不幸な運命を受けたラナン様以降は幸い、二度と『幸せの青い姫』が山へ送られる事は無かった。

 結局私の体質が何なのかはわからない。けれど、もう疎ましくは思わない。

 私の旅は青い「花」と共に終わりを迎える。

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幸せは小さな不幸の中に お望月うさぎ @Omoti-moon15

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